国立映画アーカイブの『逝ける映画人を偲んで 2021-2022』で短編集2を見た。
生態系-29-密度3(DCP)
監督 小池照男
上映前に光の点滅に関するアナウンス。以前トニー・コンラッドの『フリッカー』を狭い部屋で見たことあったけどあれほどはキツくなかった。
かっちょいいタイトルからわかる通りガッツリ実験映画で、テレビの砂嵐画面に金属音、ドローン音、雅楽っぽい音などがまとわりついているようのような映像。それが徐々に形を変え音を変えって感じで変化していき時折赤や青一色の画面が認識できるかできないかくらいの短さで挟まったり、何かの写真を砂嵐風に加工したような映像が流れる。それが35分間続く。
タイトルから察すると地球に存在するすべての命や魂をビスタサイズの画面に押し込めてそれを絶え間なく運動させているような、そんな印象だった。人の顔のようなものや映画の字幕っぽいものも見えた気がしたけど、少し目を薄めるだけでも見えるものが変わってくるので自分の見たものに自信が持てない。しかしそれも含めての混沌表現なのかもしれない。
冬の日 ごごのこと(35mm)
監督 杉原せつ
あらすじだけなら5〜6歳の女の子がおつかいついでに散歩させてた犬が逃げ出しちゃってそれを追いかけるっていう話なんだけど、セリフが普通に録音されてなくて、映像と完全にはシンクロしてない上に脳内で響いているようなエコーがかかってて、時間を切り取ったというよりは誰かがこの風景を思い出していてそれを見させられているような感覚になる。音楽もやけに不気味で全然美化されてない思い出というか、大人にとっては些細なことでも子どもにとっては大きな不安を感じる出来事だということを表現している気がした。
そして映像のあまりの鮮明さに驚く。1964年の作品なのにめちゃくちゃフィルムの状態が良い。流石に若干のがたつきやチリはあって「昨日撮ったような」とは言えないまでも、カメラを激しく動かしているショットや水面だけを映すショットなどはデジタル撮影したものをフィルム風に加工したと言われても信じてしまいそう。この鮮明な映像が逆にグロテスクさを増すというか、嫌な記憶ほど忘れらない脳の構造を表しているようでなお不気味に感じられた。