@sethgodman
中学・高校の部活の場がいちばん影響大な気がしますがどうでしょうね。「集団」で「勝利」を目指す系は特に。。
小学校まではそんなこと無関係なのに、中学に入って部活選ぶ場面から突然「怖い先輩だったらどうするー?」みたいな会話が発生した記憶があります。
@yubnubnub 確かに。部活に限らず、中学校に上がったらいきなりヒエラルキーに自分から組み込まれにいって豹変した友達が多かった気がします。「自分よりも大きなナニカの一員となることへの憧れ」みたいなものがあったのかどうかはわかりませんが、自分が何をするのかよりも、自分がどこに「所属」するのかが重要な自己評価基準になっていった人が多かったような気がします。
自分が強くなることよりも、強い学校、強い部活に所属したい、という方向に意識が行ってしまうような。。。
「お前どこ中よ?」とかも、よく考えると意味不明ですよね。部活と違って公式に学校を代表して不良をやってるわけでもないのに、自ら「看板」を背負ったり、相手にも背負わせようとしてしまう。
@sethgodman わたしの周囲では、積極的に強い側に組み込まれていくタイプより、むしろ委縮させられていく効果が強い感じでした。どこからか耳に入ってくる「中学に入ったら(部活での)先輩後輩関係が大事だ」みたいな言説、おそらくそれは年長のきょうだいのいる子あたりが出元で、実際いくつかの「怖い先輩事例」もあるのでしょう。しかもたぶん「友達のことを思って」先に注意喚起してあげよう、と思って伝えてる。でもこれって「演説に野次ると捕まるぞ、気をつけろ」と同質ですよね。実際に「怖い先輩」「厳しい上下関係」に直面する/叩き込まれる以前から、そういう明確な意図を持たない噂や「空気」だけで脅し効果がじゅうぶん効いてしまう。恐ろしいです。
@sethgodman 入学前から噂一つで「支配される側」の態度を自ら整えてたんだわ、と思うと戦慄します。
わたしは弱小吹奏楽部で、顧問もやる気がなかったので、厳しい練習や上下関係にも遭遇せず、わりと呑気な「後輩」でしたが、いつも怖そうな先輩とかはいました(全方位に不機嫌を撒き散らす系だったと思います)。自分が嫌だったので、上級生になって下級生を委縮させるようなことは絶対すまいと心に決めてて、それはわたしが卒業するときに後輩にちゃんと伝わってたことが分かって、うれしかったです。
あの、自分たちがやられたから他の者にやりかえす、仕返しみたいな再生産が嫌いなんですよね。なんでしょう、あれ、気持ちいいのかな。
いまは、部活も必須じゃなかったり、やりたいスポーツも学校以外のクラブがあったり、もっと「相対化」していけばいいのにな、と思います。「学校と家がすべて」になってしまうと、合わせなければ生きていけなくなってしまう。。保身というか、生きてくために積極的に順応していってるのかもしれないですね。ま、この国では、不良グループみたいな外部組織や、あらゆる場所に、年齢による「上下関係」はあるかもですが。。
友達からは、学校は嫌いだけど塾は喜んで通ってるお子さんの話もよく聞くので、それはそれで良いな、と思います。
@yubnubnub 自分がやられたことをそのまま別の人間に対してやる人はいますよね。
それこそ子供のいじめからパレスチナ問題まで、より弱い立場にいる人に向かって流れる暴力の再生産は、誰かがどこかで止めるか、怒りの矛先を間違えることなく、その暴力を振るった加害責任者に向かってパンチアップしないといけないのですが、無関係な弱者に対して「仕返し」したり、加害者と同じ属性を持つ無関係な人々に憎悪を向けてしまいがちです。
もちろん、被害者だけに正確性や高い倫理観を要求するのは酷ですし、憎悪の連鎖はそう簡単に断ち切れるものではないので、ある程度致し方ない部分もあるとは思いますが、こちらが加害する側になってしまわないためにも、自分がそういう状況になった時には踏みとどまれるように意識しておきたいなと思います。