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パミョ、アイデアは面白いし、俳優さんみんな素敵だし(オンニがあの方とは!)儀式とか風水とかルール全般「そ、そうなの?」みたいなのが常識!みたいな顔でポンポン出てくるのは最高だったという前提で(特に序盤から前半のそれらしさが良かった、後半でも鬼遊びとかはすごく好き)これってシネマティックゲームだよなあ(私は後ろで見てる側なので乗り切れないのかなー)という印象が強かった。キャラクターのモノローグと章立てもそんな印象で、でも同じ感じでも「映画だー!」って思うこともあるので、この差はどこなんだろうな…

どうもこのキャストにこの世界観にしてはいちいち整い過ぎているのを感じ、「考察」ありきの余白さえきっちりした線なのがあんまり。これはプリーストでも思ったが、こういう題材にはグラグラしたもの、よくわからないものがもっとほしくなる。それは多分今求められてるものではないんだろうけど。プリーストも好きじゃなかったので(脚本の「時間回廊の殺人」は好き!ベネズエラ映画のリメイクだけど絶対原典にないネタがあり、そこはパミョと直接繋がってるよ)たぶん監督と映画として何を魅力に感じるかの勘所が違うんだろなと

地形を見せる空撮は韓国映画とスペイン映画に多い気がする。ぐねぐねした山をゆく車。

10年以上使いまくってるのになぜかまったく不具合がないデスクトップPC、キーボードが反応しなくなったのでそれだけ買ってきたんだが、さすがにそろそろPC自体も買い替えた方がいい時期だよな…

未見でしたら、ぜひとも3部作を順番通りに見ることをおすすめしたいと思います。「スープ」で実家の前の景色が出てきてオモニが軒先で水まいてる時点でもうねえ…見覚えがある景色が出てくるたびにもうねえ…最強の実家映画ですよこれは…

それぞれの物語があって、それぞれの人生があって、家族であってもこうしたタイミングまでは知ることが困難なことはいくらでもあって

監督が基本的にすごい両親にかわいがられてきた娘感が強くて「末っ子力」みたいなのが発揮されてるのもいいんだよな

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『ディア・ピョンヤン』がとてもよかったヤン・ヨンヒ監督の家族ドキュメンタリー三部作(という認識でいいのかな?)の続き『愛しきソナ』(こどもたちが本当にかわいい、90年代~2000年代の映像資料としてもかなり貴重な情報が詰まっているのではないか)を見てから『スープとイデオロギー』を見たので今とても感慨深く、その奥行を噛み締めている。これは再び『ディア・ピョンヤン』から見返したくなるね…もはやよく知っている親戚とか近所の家族の話を聞いている感覚になっているので…

老いゆく親となかったことにしたいほどの記憶を記録することの困難さ、語られなかった言葉が飛び出すタイミング。

スクリーンを飛び越えて家の匂いまで伝わってくるような「実家の感じ」を自分の姿を含めて撮ってきた監督の集大成。もっとも劇映画的な撮影・演出がなされている(点滅する階段上のライトとうろうろするオモニ!スコアはチョ・ヨンウク!)。そしてそれがとてもうまくいっている。一方でダーリンの謎Tシャツセンスとかギョッとするような電話で声を荒げるシーンとかドキュメンタリーでしか撮れない感じも。

家族の記録を撮り続けることってこういうことでもあるのよね。「つらすぎたことは忘れるのもいいのかもね…悪いことしたほうは忘れちゃだめだけど」

こっちに感想バーっと書いて思考のリハビリでもしないといけない気がしてきた

仕事ちょっとだけしてチョコザップしてくるか

あっちで何か言う気になれずこっちにきて、きたところで特に言うことがないな…と気づく

こっちは青空より見てる人少ないだろと思って好き勝手書きたくなるが、インターネットはインターネットですからね。好き勝手書くものではありません

韓国のサバ番、アイドルのやつに限らず最初めっちゃ人数多いのな(インフルエンサーはちょっとだけ見て最初がいちばん面白いやつだなと思ったので多分脱落、白と黒のスプーン見てる、おもしろー)

私はTwilogがあるから離れないという…ライフログがあるの便利だし私は私のファンなので面白いこと言ってるー😊とか思いながら昔の自分を他人みたいに面白がれるツールがあるのは捨てられない…

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どんな改変があっても結局パキッとついったらんどから離れた人って少ないよね、私も含めて。

ユリイカクイズおもしろかった。私がインターネットで好きなのはこういう感じの遊び方が見られるところ…

こんばんはー!これ思いますよね、実際に割とよくあることだったのですかねー、確かに家出まではいかないけど実家から出たい女子の行き先は限られてたんだろうなあと…「めし」と「驟雨」の原節子さまがとても好きなので感想ニコニコで読みました😊

最近はどうも妙な映画ばっかり見てる気がするので、ここらでそろそろ正調のやつを見ないと…と思いながら選んでしまうのが「復讐 運命の訪問者」で(面白かったー!)、いや本当にそろそろ戻らないと戻れなくなりそうである

監督はどちらも40代前後の女性、なんならボディーズのほうが上なんだな。演出がどうも映画らしくない気がしてしまうことに別に作り手の世代は関係ないかー、うーん、でもあれどうしたって若い子に受けるように作ってある気がしてならなかったんだよな…ゾラはそういう感じがないのが好きだったんだよな…

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A24の見逃しから2本。「BODIES BODIES BODIES/ボディーズ・ボディーズ・ボディーズ」は全然いいと思わなかったんですよ。暗闇でネオンとスマホのライトだけというのが語りに全然活かされないし。脚本を読んでるみたいな映画の典型で、映画を見てる気分にならない。リッチキッズの感じ悪さやメンタルのあぶなっかしさを最初からそのまんま撮っちゃうせいで(ルーペニアンの原案どうだったんだろ)ミステリとしての仕掛けに想像がついてしまうのとか興ざめ~となってた。ただ、おそらくこれは今の20歳そこらだとアクチュアルな感覚なんだろうなと思う。「映画的な感覚」をもはや気にしてはいけないのかもしれない…自分が中年になったのを感じる。

一方、「Zola ゾラ」がやたら面白くてですね。撮影アリ・ウェグナーと音楽ミカ・レヴィという人選からわかるとおり「スタイル先行で撮るべき内容をひたすらスタイル先行で撮る」ができているので安心して見られた。2015年くらいの話なのでそのくらいの時期の感覚に忠実なとこも好き。「アフター・アワーズ」とか「眠れぬ夜のために」とかで美女と出会って悪夢に巻き込まれてたのは男だけど、それが現代で女になるとこういう語りになる、みたいな新鮮さも。そして圧巻のライリー・キーオのよくわからなさ。何だあれ?

いろんなものせっせと見てたら感想書けないモードに突入

ランティモスが一応見とくかなー枠になっちゃったわけだけど(鹿殺しに近い自己模倣の極みだけど常にテーマが模倣になってる人だから仕方がないかな…RMFがかわいいからこれはこれで良い)しかし憐れみの3章とかクラウドとかが普通の映画の顔でシネコンの大きな綺麗なスクリーンでやってる2024年、嫌いじゃないわよ

ゴーストの解釈が違うので基本的に相容れない監督なんですが、こういうガワがついた企画だと良い塩梅だなあと思うわけです(転売ヤー設定周りがマジで適当すぎるのですが、あれはそれでいいんですよ!)バスの後ろの席からの何かが乗り出してくるのとかよくわからないとこから光が当たったり外れたりするのとか、「組織」とか、あと暴力と断片。意味がわからないままで最高にいい「何か」を見せてもらえた。やはり直前に著作読んでおいて大正解、何をしたい(している)人なのかの把握という補助線あるとグンと見方がわかってくるタイプの監督なのよね…機械!物理攻撃!謎廃墟!湖畔のおうちは血を吸うシリーズっぽかったな。見る前に勝手にしやがれシリーズ(あれくらい歩み寄ってくれてるのは事実)なんかな?と思ってたら、より遡って地獄の警備員まで戻るとこでも笑った。見といてよかった…

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クラウドすごい面白かったけど、これを面白がってていいのか?とかも思った、2024年に!これですか!転売ヤーの話なのは実のないところから何かを無限増殖させている存在イメージだからだよね?例によって行動原理のかけらもない仕事も生活も雑描写ー!女の扱いー!しかしそれでいいのである、異界の話で、こう在るときめたらこう在るなので!という確信に満ちた語りでここまでいくと、もはや笑いにつながってくる。執拗なまでに出てくるはっきり顔を映さないショットとか、あと身体が遺体になる瞬間がいずれも「本気見せます」を感じて紛れもなく「映画」していて、そんなとこにも笑ってしまった。

一方で哀川翔ってすごかったんだなと思わずにいられない。今作の主要なキャラクターをひとりで全部やれるのが翔さんだったわけで…他におらんよなそんな人

いやまてよ。「初恋」が三池さんの縮小再生産どんとこい、ならこっちは拡大再生産というか無限繁殖型再生産というか、でどっちにも素晴らしい素晴らしい素晴らしい!と声をあげたくなるような窪田正孝が。ということは窪田正孝は最後のVシネ的なマインドを有するスター?いや実際そんな気がしてきたな(適当言ってます)

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