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世評ほどピンとこない映像作品、海外ドラマの方では比較的揉めにくいのを感じる(国内は…朝ドラを追った結果割と面倒な世界なんだなと理解しました。いや朝ドラが特殊っちゃ特殊なんですが)あと海外小説もたいして揉めてるのは見たことない。ターゲットが違うとこにはいかないからフラット化しないみたいなとこがあるのかな。やはり映画は誰でも見られる、かつ所属する層によるナラティブの差が大きすぎるってことなんかな。ちなみに私はなんでそんな評価高いん?が割とわからないのは映画よりドラマに多い。

『恋愛の抜けたロマンス』見てた。なんか昨日のフレッシュもマッチングアプリものでこれもマッチングアプリから始まり。近頃のアラサーは恋愛というより恋愛と名づけていい関係をつくるのが苦手(やることはやってるし側からみれば恋愛なんだが)なんで、どうもこんがらがってしまいます。なチャーミングなセックスコメディ(実際の性描写はそんなにない)という意味ではマイPSパートナーっぽい。あれがフジ月9黄金期ならこっちはTBSの10時代ドラマっぽさ(あんまり見てないのでどっちも概念としての…だと思ってください)を感じるような。仕事の解像度にやや難を感じるとか、画面づくりはそんなに好みではないかなーと気になるとこもあり、でも典型的になりそうでならないキャラクターの作り方(台詞と編集のリズムが独特のとこがあって面白い)魅力的。2021年のイケメンの代名詞はパク・ボゴムなんだなー

都合の良い相手にされがちな男女、女子がグイグイ行ってて男子がアワアワする、話でもあり。たあいうルポ的な恋ブログ読者が多いのは実際そうなんだろうなと思うんで、よのなかみんな恋愛したいというか恋バナ好きってことなんかな…私はあまり…

こっちを感想を投げまくる場所にすると、あっちで書く理由なくなっちゃうな?

筋はあんまり似てないんだが『フェティッシュ』を思い出す。このくらいの映画がドシドシ作られていけばいい。

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『フレッシュ』みた!デイジーエドガージョーンズの正しい使い方!セバスチャンスタンの正しい使い方!シャルロットルボンの正しい…かどうかはともかくなんか合ってはいる使い方!フェミニスト・ホラーとしては直球すぎるくらい直球なんだが、エクスキューズなく堂々とやるべきことをやっているのがいい。夜道で鍵を握って生きてる側の(それでも恋愛はしたいんだが…)のやってらんなさの極み。『バーバリアン』とセットで見るとなんでこうもやってらんないのかがよくわかります。

ジュリアのおとうさんの「生まれた時からこうさ」とか、地味にいいんだよな。そこに意味なんてなくていいのよ。まあ大団円が雑という欠点もあるんだけど、でもあの「気づいてないけど、そこにはもうずっといたんだよ」の表明はこどもさんにとても大事なことを伝えているのでは。まだここか、と言ってしまうには勿体無いと思うよ。

こどもにも仕事があるのが当たり前だった頃を舞台にしてしか描けない児童の児童らしさってあるよねー、と前日にみた「エンドロールのつづき」とタッチはまったく似てないのに近いところがあまりに多いのに(あのラスト!)少し笑う。定型の強みが見直されているとしたら、それは良いことだと私は思う。

やはりどこかで人形劇とアニメーションのまとまった論考を読みたくなってきた。ソウルフル・ワールドやレッサーパンダで少し心が離れてしまったんだが、この路線でキャラクターのパペット化(なんかひとみ座っぽいの)が進んでくれたら期待できる気がする(むしろそこしかないよねとも思うし、その路線のほうが好きというだけですが)。見逃してたミラベルとかマイエレメントとかも見てみようっと

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夏も終わりの気配がしてきたので『あの夏のルカ』を見たのですが、え、これ普通にすごくよくできてるのでは。小品としてなんだけど。体育館でみる児童映画的なポイントがかなりきっちり押さえられている。ジブリの影響下にある作品において最もきちんと「児童映画」をやれてるのではないか(カートゥーン・サルーンとか好きだけど「児童映画」は作ってないと思ってるので)。やはりポイントはイタリアなんだろうか。

そうなんですよねー!物語と撮影の話にならずどこまでも物理的に「映画」をやろうとするのがすごかったです。そうそう、列車もフィルム的だった!溶鉱炉のとこが悲痛なだけにラストも好きでした。世界は映画でできている!しかしあそこで挙げてる監督で小津や黒澤より先に勅使河原宏があがってたり女性監督で最初にあげるのマヤ・デレンなのとかもすご!となりました。あんまりそこからいく人いないでしょ…

だいたいサマイくんの名前の意味「時間」だよ!光を集めて語る「時間」の話!シネがフィルってると言いたくもなるわよ

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淀長先生とか、あとハスミン氏の幼少期の記憶の話にもあったかな、映画の記憶より前から「既に光がかたちを映すことに気づいていて魅せられてた」(後付け記憶だとしても原体験であることは間違いないだろうし、少なくともそれを自身のナラティブにする姿勢があるということではある)というタイプの人、どこの国にもいるんだな…いや当たり前といえば当たり前なんだが、自分とは遠すぎてだな…

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『エンドロールのつづき』が想像以上に面白かったので驚いた。事前にどうやらインド版ニューシネマパラダイス売り(するしかなかったのもわかる)の雰囲気とは違うらしいということは聞き及んでいたのだが、物理的に映画とは…というか「映画を上映する」とはどういうことなのかの話をずーっとしていて、むしろ情緒を隅っこに追いやりまくる。一応のストーリーラインは映画少年もののフォーマットに則っている(し、自伝ベースらしいし)のだが、興味はそこじゃないひとだね監督?

「映画になりたい」「いや映画を作りたい、だろそこは」という先生との会話があるのだが、あの子(監督)実際「映画になりたい」んだよな…作る側には画面を見つめる子だった人ももちろんいるとは思うのだが監督になるタイプでこういう最初から「映画とは何か」を射抜く目の子がいるのか…

根っからのDIY体質が冒頭で示され、最初から「映画とは光だ」と気づき、マッチ箱紙芝居で語ることはもともとやっていて、映写室で見たことでフレームに気づき、実験しては「回転」「運動」「音」とか映画の原理的なとこを次々に物理的に発見して実践しているのがどこまで実話ベースかはわからないし思い出の色フィルターはついてる、とは思うが結構リアルっぽいのでビビる。すげーよ

見る前にどうかなー?と思ってたというのはコメディが難しくならざるをえない世界線を生きてる…と思うからなんですけど、今作は良い意味で少し前っぽい(オープニングがシザーシスターズですからね、そのくらいの前さです)笑いの感覚でつくられてる気がした。いじけたとこがないしフェミニストコメディにも向かわない。しかしガワが変われば当たり前に描かれるものも変わるので古くはない。これだから色んな人が出てくるアメリカ映画が楽しいのだよなー。なんてことを語るような映画でもないのですが。

基本的に言葉で笑わせる話でありながら最終的に前振りの回収をフィジカルにやって感動させるとこがうまくいってる。「いいのかそれは」は微妙に残るけど、全体には綺麗に律儀に回収してまわれてたんでは。「これでいいのだ」の鷹揚さが感じよかったです。

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『クイズ・レディー』どうかなー?と半分不安も持ちつつ見てみたのですが、よかったです。リプリゼンテーションのその先へ、が端々に。

サンドラ・オーがギャル中年、歳の離れた地味女子のクイズ番組を見るのだけが生きがいの妹にオークワフィナ。オークワフィナは「かしこいこども」の無茶さと居心地の悪さの人なので、適当にはっちゃけた役与えられてるときよりこういう役の方が絶対いいんだよなー。あのとんでもない猫背!化粧っ気のないパッツン前髪!モゾモゾゴソゴソした動き方!ジェイソン・シュワルツマンにトニー・ヘイルとキャストが妙に通好み(2000年代の感覚で)。ダムファウンデッドが出てるのは昔からオークワフィナの友達だからかな。バッドラップは良いドキュメンタリーだったなーと思い出したり。あとホランド・テイラーのお隣さんの使い方に笑う。そんな!

もっとひねくれた笑いなのかと思ったら、コメディ定番のアメグラエンディングのパロディみたいなことをしているのがいちばんネタ度高くて、本筋はとてもまっすぐに撮られている。ハートウォーミングで脚本がちゃんとしているアメコメの伝統芸を見せてもらいました。「おもしろ」をアジア系女性コンビに任せてサポートに徹したウィル・フェレルの株もあがるってもんよ。

最初から風の様子がおかしいし「こんなおかしな天気ははじめて」だし霧はヤバいし晴れ渡った田畑の日々は束の間で、馬が荒れ、城が荒れればネズミが逃げ、風はますます強くなり、自然という物怪の話に翻案されていたような?と考えるとき浅茅さんのヤバさ、あれは人ならざるものが愛する人のために妻に擬態して過剰に人間化してしまった自然界の何かの悲痛にもみえ、つまりベルさん様の奥行きすげえ(マジで表情動かないところの徹底的な動かなさ、登場の台詞の場面とか暗闇からヌーンのとことかたまらんかったね、それでいてあのダイナミックな衣さばき)

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女性が「女装した人間ではないなにものか」に見えるので、オールメールキャストの舞台を見ているような感覚があった。って歌舞伎か(志としては能かと思いますが)…当然か。

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蜘蛛巣城見てた、これも謡ではじめて謡で終わる系だったのかー、ジョエル・コーエン版マクベスが本当全然好きくないやつだったので(カーゼル版は割と好き、ときどきゲームのムービーに見える問題はあったが何をやるかを決めてて、やりきれていた)これはどうかなー?と思ったんだがかなり面白かった。ベルさん様と浪花千栄子様がすごすぎる。あの身体表現、人間ではなさすぎる。
上昇志向の話ではなく(そこの書き込みもナチュラルで見事なんだが)自然という物怪にやられたらなすすべはない、という角度にしてて、あの異様に長い彷徨いとか動く森のこの世のものじゃないもの(に見えてるのだからそうじゃないとね)感とか。台詞は聞き取れなくていいとはいえ「今なんて?」が連続するので多少は困りますが、まあマクベスの筋くらいはわかってみるのがいいやつとは思いますが、しかし面白かったな

あとこの「本人たちが歌わないが心情や状況を歌で解説する」はインド映画でみるやつだ!となった 時代ものによく合う気がするね

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ん、ちょっと表現としてわかりにくいというかマズい言い方になってるので(男性美とクィアリーディングを結びつけてるようにとれる)言い直し。家にあった古い子ども向け古典の本で、安宅の筋に「主従の記号の中に名づけられない感情の何かが書いてある」をこども心に感じたのですね、その挿絵が伊藤彦造だったんですよ。で、黒澤明の映画の男の人にどうもわたしは伊藤彦造の絵と同じものを感じることが多いんですね。なので「あー!ここでそのまんまなのやってたか!」というリンクを感じた次第。とはいえ観客の感情誘導係となるエノケンのマスコット的かわゆみアピールの強さとかがあってそれだけが由来でもないわけだが

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