新しいものを表示

#ノート小説部3日執筆 『ギャングにもルールってのがありますから』(お題『バトル』) 

月雲(つくも)市内のギャングの取り立て屋は、割と命懸けだ。
催促に来た奴を潰せば、それは『来なかった』ことと同じになる。と一部の者は思っているからだ。
催促に行けば死ぬ、無視すればつけ上がる。それが蔓延しているから、治安はどんどん悪くなる。

「――なので、早急に払ってもらいます」
俺、取り立て屋“
ブルー・キュラソー(Codename:Blue_Curacao)”は、督促状を全て音読してから述べた。こうでもしないと聞かない奴が多すぎる。

テーブルに督促状を置き、椅子に座り直す。この椅子、見た目は良いけど、座り心地がクソ。それになんか軽い。
部屋の中を見回しても、貴族っぽさ“だけ”は立派だ。

相手のご婦人は豪勢な椅子に座ったまま、口元を扇子で隠して、余裕の顔をしている。このまま茶会でもしてそうな優雅さだ。
「貴方、家族はいらっしゃる?」
脈絡が無さすぎる質問に驚くが、あくまでも淡々と答える。
「血縁なら一人」
あえて間柄はぼかしておく。詰められると面倒だ。
すると、婦人は目を細めて笑いだした。
「あらまぁ、可哀想ねぇ。本ッ当に、可哀想」
憐れまれる筋合いは無い。だがどうやら、憐れまれているのは俺ではないらしい。

「今から天涯孤独になるその方、本当に、可哀想ねぇ!」
その言葉と共に、婦人は細めていた目をガッと開いた。超常発光している。
※超常発光 合成半獣が能力を使う際に見られる、瞳の発光現象。
雷のような轟音と共に、シャンデリアやら天窓やらが割れ、四方から破片が飛んでくる。
咄嗟に身を翻し、椅子を蹴り上げて防御する。だがさすがに限界はある。

ならば、全部迎え撃つ。粉々にすればいい。

左のレッグポーチから柄を取り出し、超常力でナイフの刃を展開する。いつもの得物だ。
それと、替刃をいくつか展開して、弾幕のように飛ばす。上から来るやつは、間合いに来ないうちにツブしてやる。

上で細切れになったガラスの雨の中を大回転し、ナイフと尻尾で叩き落とす。多少の傷は問題ない。死ななきゃ安い。
それより、切り裂いたガラスが甲高い音を立てるのがキツい。それが数秒間に数えられないほど。こっちの方が堪える。

一通り捌いて静まり返った所で、現状確認をする。
まず、部屋の内装がいつの間にか変わっている。さっきの、豪邸の一室とは打って変わって、大量の武器が並ぶ部屋になっている。
婦人は奥に移動していたが、相変わらず扇子で口元を隠している。瞳もまだ発光している。

外は雷雨らしい。時々雷が光って、耳と目にデバフをかけてくる。

間合いと出方の確認のために、一歩前に出る。粉々のガラスがジャリっと鳴った。さすがにこれを飛ばしては来ないらしい。
「……ダンスがあるなら言ってくださいよ。礼装用意したのに」
冗談めかしてヘラヘラ笑う。実際に笑えているかは関係ない。
「これはまだ前菜。メインはまだですわ」
「へぇ、食後のコーヒーが楽しみだ」
噛み合わない適当な会話は、戦術を立てるための時間稼ぎ。情報がない以上、無闇な突撃は悪手だ。

合成半獣の戦い方は、超常能力と物理火力の合わせ技だ。特殊な能力でねじ伏せる奴もいれば、アホみたいに物理でゴリ押す奴もいる。
おそらく、ご婦人は前者だろう。
となると厄介だ。今の内に相手の能力を推理しないと、立ち回りが厳しくなる。

合成半獣の能力は『〇〇する』といった一文にまとめられる。これを上手くトンチみたいに使う奴も多い。
婦人がガラスを割った時に使って、今でも使い続けているのは判っている。起こった事といえば、雨が降り出したくらい。

「……雨ですね」
ちょうど会話が切れた。天気しかネタがない。
「これからもっと激しく降りますわよ」
「うわ、傘持ってくりゃ良かった」
「その必要はありませんわ」
婦人の目がまた細くなった。ひときわ強く発光が見える。

「これから降るのは“血の雨”ですもの」
婦人が扇子をぴしりと閉じる。それを合図に、周囲の武器が一斉にこちらを向く。
「ご機嫌よう。さようなら」
雷の音。一斉に武器が落ちる音。空気を切り裂く音。それ以外の音は、一層激しくなった雨音に掻き消されてしまった。

――
「……ハァ、散々ですわ。どれもこれも、わたくしの負債ではないのに」
足音。椅子の軋む音。ため息。
親も旦那も、借りるだけ借りて蒸発した。関係ないはずのわたくしが全部負った。返済のために、わざわざギャングに仲間入りさせられた。人生(ヒトでは無いけど)本当に散々。

「まぁ、いいですわ。自由に動けるのはここだけですもの」
雨の音。雷の音。お湯を沸かす音。鼻歌。
カタツムリ特有の貧弱な体のせいで、雨が降る時しかまともに動けない。だから能力で、部屋周辺だけでも常に“雨を降らせる”必要がある。

“〇〇の雨”と言えるものであれば何でも降らせられる事に気付いたのは、初めて取り立てが来た時。初めて“血の雨”を降らせた時。
対処を続けている内に、雨の例えや慣用句になるものも降らせることができる事も分かってきた。“槍”とか“竹”とか。上から降れば何でも凶器になる。だから、今回の子が粉々にしたのは予想外。いつもはアレだけで済むのに。

部屋を一瞬で模様替えするのは、わたくしの力ではなく、この部屋の特性。鍵の所有者であれば、好きに変えられる。
おかげで、憧れだった中世貴族になりきることができた。ドレスは自作だし、一部の家具はハリボテだけど、それで十分。

「さてと、今日はグアテマラにしましょうか」
雨の音。豆を挽く音。お湯が沸いた音。

――何の音?
「……もうコーヒーですか?俺、オードブルもいただいてませんけど」
ヘラヘラ声。どこから?反響のせいで分からない。
「で、支払いの件ですけど」
周りは槍の山。埋もれてるわけじゃないみたい。
「ゴッドファザー&マザーの分と、ウォールバンガーの分。それと、今まで“追い返した”先輩たちの分も含めて……」
どこにいるの?周囲にはいない。あんな大きな子が隠れられる場所は無い。

「聞いてます?貴方の事ですよ。特級債務者“
ラスティ・スネイル(Codename:Rusty_Nail)”」
ドスの効いた声。近い。
目線だけ下に向けると、そこにいた。いつの間に。なんで?
背の高い蛇がよくやる、蛇睨みの姿勢。腰を折って顔を覗き込んで、下から圧をかける、お決まりのポーズ。

動けない。何も考えられない。
「さて、血反吐と泥水を啜る覚悟はありますか?」
反撃しないと殺される。何か。何も無い。
「今サインしてくれれば、殺しはしませんから」
眼前に誓約書。目を逸らせば、いくつものナイフがこちらに向いている。
選択肢が無い。
「――はい」

ペンが震える。コードネームは初めて書いた。
書類を返すと、彼は何も言わず踵を返した。槍の山を切り裂いて、帰り道を作り出しながら。

なるほど、相性が悪かった。蛟龍に雨雲を渡してしまった。たかが水蛇と侮った。
というより、文字通りに年貢の納め時だったのかも。

今はただ、去っていく青い蛇を眺めることしかできない。
窓から青空が見えるのは、何年ぶりかしら。

#ノート小説部3日執筆 お題「バトル」 題目「あるイかれた戦闘狂とパートナー」   :seibun_hyouji:グロ描写 

今、皮膚一枚を裂かれた。
が、それを気にしている暇はない。

左右と前から放たれる線状の殺気をしゃがんで避ける。
そのまま、手に持っていた刃物を投げて、前の相手の胸に突き刺し、血反吐を撒き散らして地面に突っ伏した肉塊には必要無くなった槍を代わりに持った。
「ーーーーーーー」
左右から突いて来てた奴等が何か叫んでいやがる。

「あー、あー。」
怒声に混じってるせいで何を言ってるのかはよく分からないがどうせ
「どうでもいいこと喋ってんじゃねぇぞ!死を、悼むならァッ!」

死骸の頭を踏み砕く。
血と脳漿が飛び散って、靴と服に付く。
「俺をぉっ!殺してからにぃっ!するんだなァッ!!」
そのまま持ってた槍を投げつける。
右の奴の左眼に槍は吸い込まれ、そのまま壁に突き刺さる。

死骸の胸から獲物を抜いて、左の奴に肉薄する。
そいつは無様に手に持ってた槍を取り落として俺がそいつの上に乗る形になった。

「た」
「助けてくれ?」

こくこくと頷く体格のいい髭の生えた禿頭。
「さっきは仇を討つとかなんとか見栄えの良いこと3人で叫んどいて?」
ハゲがもう一度頷いてみせた。
「ははっ、面白い冗談」
後ろに刃物を投げる。
「だな、本当は4人なのによ。」
驚愕するハゲの顔面に思いっきり拳を叩き込む。
軟骨がひしゃげる感覚のあとに拳に伝わる骨の折れる感触と若干柔らかいプリンでも潰すような感覚。
残念、お陀仏だ。

「さてーー」
感覚的にコイツが1番強いな
「待たせたか?」
フードを目深に被った棒を持った同じくらいの身長の存在。
俺が投げた刃物は見事地面にはたき落とされていた。

フードがブレる。
衝撃。
ついで背中から衝撃。
ああ、速い奴か。
遠心力で威力も上げる、技巧系。

横から薙ぎ払うような殺気。

を、掴む。
フードの奥の目が見開かれるのを感じる。
そのまま、棒ごとぶん投げーー軽いな。
顎に衝撃。

成程、普通なら掴んだまま叩きつけられるが、コイツは普通の一段上の技巧派だ。
しかもーー追撃の手が止まらない。
俺がギリギリ気を削がれる威力で1発1発打ち込んできている。
ハッハッ、頭を揺らされて酩酊感まで出て来た。
笑える程強いな。
このまま頭をパンチングボールみたいにされて昏倒したあとにぶっ殺される未来しか見えない。
速度も上がって来てるしな。

まぁ、俺が1人ならだが。

耳を劈く音が湾曲して響く。
俺の目の前に来ていたフードが頭だけスイカ割りのスイカみたいになりながら横に吹っ飛んだ。

「横槍でしたか?」
「ーーあー、いや、……助かった。」
「でしょうね、ボクシングのぶら下がってるやつみたいになってましたもん、頭。」

相変わらず憎たらしいほど美人なツラがこっちを見る。
「そもそもなんで置いてったんですが自分の獲物を。」
そう言いながら手渡されるクソでかいケースに入った俺の相棒とウェスタンハット。
「前にぶっ殺した師範がクソ雑魚だったから余裕だと思っ」
「舐めプで死にかけてたんですか!?」
まぁ、キレるわな。

「まぁ、それは置いといてだな。」
「置いとーーッ……!」
「お前何人引き連れて俺を助けに来たんだ?」
扉の外から30人は下らない気配。
「……えーっと……撒いたと思ってたんですが……。」
「まぁ、俺のことも助けてくれたからおあいこだな。」
手をちょいちょいと払うと合図通りに離れた。

デカいスーツケースから取り出される俺の相棒(杭打ち機)。

やや、外の気配から響動めく感覚。
「んじゃ、前菜も主菜も食って、酒まで呑んだしーーハッピーなデザートの時間だ。
 今度は横槍はいらねぇぞ。」
「分かってますよ、巻き込まれて死にたくありませんし。」
「俺もお前に撃ち殺されるのは真っ平だから、おあいこだなァッ!!」

連射式の杭打ち機が勇んで飛び込んできたカスに穴を開ける為に駆動する音が会戦の合図になった。

後は、血と骨と肉と脂肪があたりに飛び散る惨状だ。
酸鼻極まる悪臭があたりに立ち込めて。
俺とアイツは血だったり、ゲロだったり、排泄物だったりに塗れて半壊した建物と一緒に朝日を迎えた。


「帰ったら飯でも食うか?」
「いえ、その前に風呂ですね。」
「何時も持ってる着替えは。」
「貴方を助けるために急いで来たのでありません。」
「そうか、悪かったな。」
「ええ、これに懲りたら私の手を煩わせない程度に遊んで下さい。」
「でも武器忘れたら届けてくれるんだろ?」
「……」
「怒んなって、わーった、わーったよ!」
「『エルメラ』の化粧品一式。」
「えぇ……」
「………………」
「わかったって!それでチャラだぞ!?」

おわり

#ノート小説部3日執筆 たぶんよくある「海老天バトル」 

たぶんよくある海老天バトル

 ここに世界の行末が決まろうとしていた。
 勇者と魔王、その決戦が始まったのだ。

「魔王、聖女を返すんだ!」
「ふふ、聖女には究極のエビテンを作ってもらわねばならん……」

 魔王は手を広げ、背後に巨大な渦を生み出した。

「いくぞ、勇者。エビテンズゲートを開く!」

 現れたのは光り輝くいく本ものエビテン。衣は薄く、見るからに身が大きい。

「なめるな、魔王。エビテンとは厚い衣を楽しむものだ!」
「おまえは半分以上が衣のエビテンに涙したことはないのか?」
「あるとも。しかし、だからこそ衣をも楽しもうと決めたのだ!」

 勇者は魔王を睨みつける。その手にはまっすぐなエビフライが二本、握られていた。

「魔王よ、油の貯蔵は十分か!? このエビフライソード受けてみろ!」
「エビフライなぞ所詮は西洋かぶれの食べ物よ」
「卵とパン粉がいかにエビを強化するか知らないのだな?」

 勇者は隣の魔法使いに指示を出す。

「援護してくれ!」
「もちろん! ソースドバドバ!」

 勇者のエビフライに濃厚なソースがまとわりつく。
 それを見た魔王はバカにするように笑った。

「ふん、シンプルにシオこそ至高よ」
「は、笑わせる。テンツユはどうした? シチミは?」
「タマニハタルタル!」

 もう一方のエビフライにはタルタルソースがかかる。

「タルタルソースとの二刀流だろうがエビテンには勝てん!」

 魔王は蓋つきのドンブリを取り出した。

「こちらはアツアツのエビテンをエビテンドンにする! 蓋をしてすこし蒸らすぞ!」
「なに!?」
「ゴハンと一体化したジェットストリームアタックをくらえ!」

 蓋をあけたとたん、匂い立つ蒸気が漂ってきた。

「確かに、エビフライはしっとりとすると食感が損なわれる……!」
「ここまでだな、勇者」
「……俺は力不足かもしれない。だが!」

 勇者は旗のついたチキンライスを出した。小さなハンバーグ、ナポリタン、そしてオレンジ。
 そこに大きなエビフライを乗せて、魔王に見せつける。

「お子様ランチといえばエビフライだろう!? ワクワクしてこないか!」

 魔王は思わず唾を飲み込んだ。

「ふ、やるな。おまえもサクサクだ……」
「ああ、もちろん、プリプリのエビだとも……」

 男の友情が結ばれようとしたそのとき――。

「私を無視してカラッとあがりやがって! エビノカラゴトカラアゲに勝るものなし!」

 聖女が叫んだ。なので今日の夜ご飯はエビのカラアゲです。

『海老天バトル自由形』 #ノート小説部3日執筆 お題「バトル」「海老天」 #みづいの スピンオフ 

「あ、上海老天丼だ」
 ――目の前に立つそいつの一言で、戦いの火蓋が切られた。
「見るな、減る」
「減らないよ。でも美味しそうだね」
「そこに食券機があるだろうが。買ってこい」
 顎で食券機を示してやっても、そいつ――千秋はニコニコ笑ったまま動こうとしない。……まさかとは思うが、たかりに来たのだろうか。
「自分で買え。上司が部下にたかるな」
「僕は何も言ってないよ?」
「目で訴えるな。そもそも『好みじゃない』くせにどうして私が食べてると寄ってくるんだ」
「美味しそうだよね」
 追い出そうとしてものれんに腕押し、糠に釘。千秋の表情は変わらないまま、それでも笑顔の圧を感じる。私はそれに負けじと目に力を込めた。
「欲しがるな、自分の金で買ってこい」
「新手の標語かな。……わかったよ、それじゃあ席だけ取っておいてほしいな」
 千秋はさも「譲歩してやった」かのような口ぶりで食券機へと向かっていく。何なんだ一体。見た目や穏やかな声のトーンは普段と何一つ変わらないのに、それ以外の要素が異質すぎる。はっきり言えば鬱陶しい。
 言語化しづらい不気味さを抱きながら、私は箸を進めずに戻ってくるのを待つ。別に食事を進めてもいいのだが、あいつが面倒だ。普段の千秋ならばいざ知らず、鬱陶しい奴に絡まれるリスクは減らしておきたい。
「お待たせ」
 顔をほころばせて戻ってきたそいつの手には、プラスチックのトレーがあった。その上には、茶色い衣と赤い尻尾が見える。海老フライだろう。……いや待て、どうしてそうなった。
「……上海老天丼はどうした?」
「見てたら海老フライの方が美味しそうだったんだ。一つ交換しない?」
「誰がするか」
 一考の余地なく吐き捨てる。私は海老なら天ぷらが好きだし、何より上海老天丼と海老フライ定食では値段が違う。自分でもせせこましいとは思うが、数百円の差を無視できるほど私は富豪ではないし、できた人間でもないのだ。
 タレのかかった海老天を箸で持ち上げ、口へ運ぶ。タレの甘辛さ、油分とわずかな香ばしさを感じる衣、そして弾力のある海老。月一回の「ご褒美」は、今回も変わらぬ美味しさだ。……正面に恨めしそうな顔がなければ、もっと楽しめただろうに。
「いいなぁ」
「お前の決断の結果だ。羨ましいなら指でもくわえて見ていればいい」
「わかった」
「実際にやれとは一言も言ってない。さっさとやめろ、みっともない」
 立派な成人が幼児のように指をくわえている様は、みっともないを通り越していっそ恐怖すら覚える。本当にこれは千秋なのだろうか。実は「精神が幼児退行している」とでも説明された方が納得できるのだが。
「やれって言ったりやめろって言ったり、千波は忙しいね」
 呑気な顔で笑いながら、千秋は箸を手に取った。そして伸ばす先は――私の海老天。
「おい……!」
 慌てて丼を持ち上げ、箸を躱す。しかし奴は気にしたそぶりもなく追尾してきた。ひょい、ひょい、と躱し続ける。
「お前――」
 何を考えているんだ。そう糾弾しようとしたとき、意識の端で電子音をキャッチした。

 がばり、跳ね起きる。……もしや、今のは。
「夢、か……?」
 恐ろしさはない。しかし、それでも「悪夢」と言い切れるだけの不気味さがあった。千秋の真似をする「何か」と、海老天を巡って争う夢。最初から最後まで意味がわからない。
 熟睡できた気はしないものの、今日も今日とて仕事がある。身支度を済ませつつ夢について考察することにした。
 上海老天丼は毎月のご褒美。それは事実だ。千秋が海老天より海老フライを好んでいることも、事実。だが、千秋は人の食べ物をねだるような性格ではないし、何より人の食べかけには絶対手をつけない。そこが唯一にして最大の不可思議だ。
 夢にリアリティを求めてはいけないが、他の部分は整合性が取れているだけに引っかかる。記憶の整理を担うのが「夢」だとすると、千秋の奇妙な言動も記憶を探れば思い当たる点が見つかるだろうか。
 身支度を済ませ、家を後にする。歩きながら昨日の出来事を振り返った。昨日は普段通りに仕事をしていたはず。
「……あぁ」
 思い出した。班を率いる者たちで会議があったのだ。他の班のリーダー三人が持つ嫌な部分を合わせ、昨晩最後に会話した千秋の姿を取ったのだろう。真相は文字通り夢の中だが、理由をこじつけると安心できる。
 自分なりに解き明かした不可解な夢は、仕事に追われているうちに記憶の彼方へと追いやられていった。どうにか午前のタスクを終え、昼食にしようと向かった食堂にて。
「大崎」
 高校時代の先輩、萩原さんに声をかけられた。わかりにくく眉を下げて、手には食券が一枚。
「萩原さん? ……どうかしました?」
「いや、大したことじゃない。……買う食券を間違えただけだ」
 使えるなら使ってくれ。そんな言葉と共に渡された食券は――上海老天丼。ふっと夢を思い出す。
「いいんですか……って、そういえば萩原さんは揚げ物苦手でしたね。では遠慮なく」
 いやいや、そんなまさか。脳裏をよぎった泥仕合は見なかったことにして、私は彼から貰った食券を上海老天丼と引き換える。席を取り、さて食べようと箸を手にした、瞬間。

「あ、上海老天丼だ」

#ノート小説部3日執筆 二郎系ラーメンが食べたいのじゃね……/お題「バトル」 

「ニンニクヤサイマシ、アブラカラメ、濃い目、麺柔らかめ」

 ホシザキの給水器に一杯の水を汲み――
 無言の店内で大ラーメンのタグをおく。

 そして、順番にお決まりのコールを店員に返すのが合図だ。

 隣に座った巨漢の口角が期待で上がる。
 きっと俺も気付かぬうちに笑っている事だろう。

 店内は無言だ。
 少なくとも、昼間のカウンター席でラーメンを啜る間、
 俺たちが会話をする“暇”はない。

 何故なら、目の前のラーメンは俺たちに語りかけてくる。

 乳化された豚骨ベースのスープ。
 野菜とカネシ醤油が奏でる暴力的な旨味のハーモニー。
 ヤサイと呼ばれるもやしとキャベツのくたっとした繊維質。
 ブタと呼ばれる分厚いチャーシューから感じ取れる肉と脂の旨味。
 わしわしとした見た目の太麺が伝える小麦の味わい。

 目の前の丼と対話しているときに、
 傍にいる部外者と語り合う時間はない。

 何より、このロットバトルは――
 プロレスのような共興ではない、河原で行う決闘なのだ。

◇◆◇

 目の前に丼が着丼するのが合図だ。
 まるで山のようなヤサイに冠雪したアブラが美しさすら感じる。
 豪勢なブタの威容は例えるならローマのファランクス。
 贅沢なご馳走に心が躍りつつ、ほぼ同時に隣の巨漢と共に箸を割る。
 
 ロットバトルの幕が切って落とされた。

 俺たちの敵は俺たちの敵は強大だ。
 だが、敵は決っして隣の巨漢ではない。

 俺たちが向き合うべきは目の前の丼に他ならない。
 むしろ、隣の巨漢もまた、戦友であり好敵手と呼ぶべきだろう。

 残された時間は決して多くはない。
 俺たちの菊花賞は、思いのほかシビアだ。

 ヌードル亭麺吉の時代は終わった。
 失敗しようと、ネット掲示板にさらされて叩かれるようなこともない。

 だが、己のプライドのためにも、失敗は許されないのだ。

 故に二郎のセオリーに則り、まずはブタと野菜を喰らう。
 箸で持てば小さな目玉焼きくらいの重みが伝わるデカいブタを一口。

 ああ、スゲーうまい。
 口に入れた瞬間に、あれだけの威容がほろほろと解けて崩れた。

 醤油と肉の旨味がガツンと閉じ込められた、
 開戦の号砲を伝えるド級のブタを俺は味わっている。

 だが、感動はまだ早い。
 肉の旨味を感じながら、スープとヤサイを頂く。
 しっかり茹でられ、くたっと柔らかくなったモヤシとキャベツに、アブラとスープの旨味を混ぜて味わう。

 乳化されたスープに溶け込んだ旨味――
 醤油と豚骨にネギが溶け込んだカドの取れたまろやかな味わいに、
 ニンニクの旨味、かすかな辛さ……背脂の肉の味わいをヤサイが吸う。
 
 二郎の旨さは表現が難しい。
 混然一体とした、シチューやカレーに例えた方がいいだろう。
 旨味が重合して溶け込んだ、強烈な旨味が胃の中にすっと入ってくる。

 正直、このスープだけで、米は丼でイケる。
 ラーメンじゃなくても、あらゆる麺類はこのスープに入れれば美食に代わる。
 そんなスープのおかげで、ヤサイがもりもりと消えていく。

 かくして並みの二郎程度まで野菜とブタを喰らった俺は――
 箸を丼のスープの中につっこみ、ゆっくりと麺とヤサイをひっくり返す。

 麺がスープを吸い、食のキャパシティーを凌駕しない様に行う。
 天地返しは、一般的にヤサイが丼に納まる様になったタイミングで行われる。

 ブタを先に喰ったのは、量の多いブタを残さないため――
 そして、この“天地返し”の際に邪魔にならないためだ。

 こうして初めて――
 オレたちの前に、しっかりと茹でられた柔らかい極太麺が現れる。
 たっぷり給水し膨れ上がった麺は、茹でる前は400g――なら今は?

 物怖じしている暇など一刻たりと存在しない。
 隣の巨漢も、丁度天地返しを終えたところだ。

 条件は平等。
 俺たちは器へと厳かに頭を垂れながら、極太面を一心不乱に啜る。

 ズルズルズル――っと、麺を啜る音だけが響く。
 こうして俺たちは二郎という店と一体になる。

 ああ、それにしてもメッチャ美味い。
 柔らかめの麺特有の飲めるような食感と共に、
 絡んだスープがこれでもかと旨味の濁流と共に脳のニューロンを楽しませてくれる。

 これが、半ば食レポだから俺は冷静にいられるが――
 実際は、そんな思考を巡らせる暇はない。
 
 ズルズルと己の食欲の赴くままに麺を啜り上げ、スープを啜れ。
 三角食べを忘れてはいけない。スープに沈んだ野菜を引きあげて、麺のしょっかんとの対比を楽しみながら、豚のように麺を喰らい続けろ。

 己に合った丁度良い麺量を見極めて無心で啜りあ終えたたころで――
 余裕があったら、ぐっとスープも飲み干してやれ。

 命が縮む様な感触がするが、
 米がない分、家系より健康というデータも出ている。

 ああ、それにしても腹が減るものだ。
 二郎を食っていると、急に牛丼が食べたくなるというデータもある。

 気付けば隣の巨漢も丁度、スープを飲み干したところだった。
 他の客はまだ、麺を啜る途中であるところを見ると――
 少々俺たちの戦いは、ハイレベルが過ぎていたようだ。

「ごちそうさまでした」

 そう言って、テーブルを拭いて俺たちは退店する。
 客の自治行為なんて、だれも望んでいない。
 俺たちはただ、食って去るのみである。

 隣の巨漢と反対の方向に歩みながら、
 俺は吹き抜ける晩夏の風の涼しさを感じていた。

 店内は場所にもよるがエアコンがない。
 それはそれとして、帰り道に至らないよう注意されたし。

#ノート小説部3日執筆 お題「バトル」(彼方よりきたりて) 

「おいシリウス。手合わせに付き合え」
「慎んでお断り致します」
 後期試験が終わった日の放課後。サルガスが開口一番に冒頭の言葉を発して──それを聞いたシリウスは間髪入れず断りを口にした。
「お前……少しは悩むとかしないのか……」
「疲れそうなんで……」
 顔を引きつらせたサルガスに対してシリウスがさらりと言葉を返し、横にいたリゲルは苦笑いを浮かべてから口を開く。
「また唐突な誘いだな。どうしたんだ」
「どうもこうもない。やっと試験が終わったから思い切り体を動かしたいだけだ」
「あー……なるほど」
 リゲルはその言い分に納得したように声をもらして──それから楽しげな笑みを浮かべた。
「確かに体を動かしたいのはあるな。俺で良ければ付き合うぞ。……前の続き、って事でどうだ?」
 以前リゲルとサルガスは手合わせをした事があるが、決着がつかずで引き分けになっていた。サルガスもその事を思い出したらしく、小さく笑って「いいな、やろう」と二つ返事を返す。
 それを聞いたリゲルは横にいるシリウスの方を向く。 
「……先に寮に戻っていても良いが、お前はどうする?」
「…………」
 主の質問にシリウスは一瞬考え込むような仕草を見せたがすぐに顔を上げる。
「前回の手合わせを拝見していませんし、お邪魔でなければ立ち会いしたいです」
「……良いか? サルガス皇太子」
「別に良いぞ」
 視線を向けられたサルガスはあっさりと了承を返し、それから三人揃って教室を出て行った。
 
「元気ですねぇ」
「…………」
 少し離れた所でやりとりを見ていたアリアが呟きをもらす一方、エルナトは三人の背中をぼんやりと見ている。それに気付いたアリアは僅かに首を傾げて。ひとつ思い当たったようにぽん、と手を打つ。
「そういえばあの時、エルナトさんもお二人の手合わせを見てませんでしたね。折角ですし、私達も同席させて頂きましょうか」
「……え? あ……」
 アリアの言葉にエルナトはハッと我に返り、迷ったような表情を浮かべた後。
「……はい」
 と、小さな声で返してきたのを聞き。アリアは柔らかく微笑んだ。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「相手の体に一撃加えるか、参ったと言わせた方が勝ちでいいな」
「あぁ、それで良い」
 場所を変えて修練場。
 互いに向き合ったリゲルとサルガスは短く言葉を交わす。リゲルはロングソード、サルガスはシミターの模擬刀をそれぞれ構えている。
 間に立ったシリウスが二人を見やって──
「……始め!」
 掲げた右手を一気に振り下ろした。

 開始の合図に合わせてすぐに動いたのはサルガスだ。床を蹴り、リゲルとの距離を詰めてシミターを相手に向かって勢い良く振るう。
 一方のリゲルは腰を落としつつ、刃の腹をサルガス側に向けた状態で縦に構え防御の体勢を取って──シミターが当たった瞬間に剣の角度を僅かに変えて攻撃を受け流し、その勢いを利用してロングソードをくるりと回し、逆手に持ち変えてから一気に薙ぎ払った。
「……っ!」
 サルガスはギリギリのところで身を屈めて薙ぎを躱した後ぐっと膝に力を入れ、シミターを下から上に大きく切り上げる。その攻撃をリゲルは体を反らして躱し──そのまま流れに任せ、後ろに下がって距離を取った。

「相変わらず器用な事を受け流ししながら何であんな簡単に持ち替え出来るんだ」
「演舞をやってると出来るようになるぞ。今度教えようか?」
「いらん」
 舌打ち混じりにサルガスが呟けば、リゲルは口元に笑みを浮かべて言葉を返す。……しかし一度剣を左手に持ち替え、右手を軽く振ってから持ち直しをしている辺り、全くダメージがない訳ではなさそうだ。

「前に拝見した時も思いましたけど、リゲル様とシリウス様の動きって似てますよね。サルガス皇太子に対しての動き方とか、剣術大会を思い出します」
 アリアがリゲル達を見ながら声をこぼせば、シリウスも二人の方に顔を向けたまま口を開く。
「僕がリゲル様の動きを真似してるだけですよ。こういう時はこう動く、っていうの叩き込まれてますので」
「……習っても普通は出来ないんだよ」
 ぽつりと呟いたエルナトの言葉に視線をそちらに向けて──その表情を見たシリウスは何か言う事はなく、困ったように少しだけ笑って視線を正面に戻した。

 視線の先では再び打ち合いが始まっていた。
 回転を加えたシミターの連撃を剣で器用に受け流しながら、リゲルは演舞をするような動きでタイミングを合わせて剣を振るう。
 リゲルの剣術は演舞が基礎になっており、相手の攻撃を受けて返して攻撃をするというのが基本の動きだ。もちろん相手の得物に合わせて受け流し方は変わるけれど、受け流した後の動きは変わらない。
 そうは言っても、実力が拮抗している相手では受け流すだけで手一杯になる事もあり。長引けば長引く程動きを読まれてきて不利になってくる。事実サルガスは攻撃が受け流された後の隙が少なくなってきており……かといってリゲルから攻撃をしかけても力で弾かれてしまい、互いに一撃を加える事が出来ずにいた。

「……ちっ」
 何度目かの距離を取った状態で一度間が空き。流れる汗を乱暴に拭いながらサルガスは吐き捨てるように舌打ちする。一方のリゲルも汗を拭って深呼吸をした後、息を整えて剣を構え直した。
「……膠着してますねぇ……」
「……うーん……」
「?」
 僅かに場が落ち着いたところで息を吐いたアリアが呟くが、シリウスはチラリと壁の方を見る。エルナトがつられてそちらに視線をやって──「あ」と何かに気付いて声をもらす。

「……いい加減、決着つけたいもんだ。オレの勝ちで」
「そうだな、流石にきつい。……負ける気はないが」
 お互いに言葉を交わした後、ぐっと腰を落とし──床を蹴って互いに距離を詰め──……
 
「すみません、打ち合いそこまで!!」

 二人の間に鋭い声が飛び、リゲルとサルガスはぐっと足を踏み込んで自身の動きを無理矢理止める。
 ……叫んだのはシリウスだった。
「何だシリウス!」
 邪魔が入った事にサルガスが苛立った声を上げるが、その相手はスッと修練場の壁を指差した。
「興が乗ってるところ大変申し訳ないんですけど。……後半刻で寮の門限です」
「…………」
「…………」
 シリウスが指差した先、壁にかかった時計を二人は見て……そのまま何も言わず、両者共に得物を下ろした。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「また決着つかなかったな……」
 全員門限ギリギリで寮に戻った後。
 入浴をすませて部屋に戻ってきたリゲルは残念そうに呟きをこぼす。そんな主の姿を見ながらシリウスは淹れたお茶をその前に置いた。
「今度やる時は時間無制限で出来る場を作ってみては?」
「それだと門限のある学期中は厳しいな……」
 ぶつぶつ呟きながら考えをまとめつつ、フッと笑ってシリウスの方を見る。
「今度はお前も加わるか? 三つ巴戦も楽しそうだ」
「お誘いは有難いですがお断りします。……あの打ち合いを見て間に入る度胸はありませんよ」
 苦笑いしながら断るシリウスにリゲルは少しつまらなそうな表情を浮かべた。

 ……その後、結局シリウスも交えて三つ巴戦を行なう事になるのだが、これはまた学院卒業後、先の話。

#ノート小説部3日執筆 お題『氷』『氷(漬け)の悪魔』 

シベリアの永久凍土には、古代生物の亡骸が幾つも眠っている。自然の驚異と呼ぶほかない極寒の大地から見つかるそれらは、数万年の時を経ても腐ることなく、その形を保っている。状態の良いものが見つかるたびにニュースとなり、古代生物に関心のある者は心を躍らせる。
 しかしある日発見されたそれは、マニアだけでなく、全世界を驚愕させた。
 氷漬けの姿で発見されたのは、日本の角と蝙蝠のような翼を持っていた。まさに、神話や伝承に伝わる『悪魔』そのままの姿だったからだ。
 それだけでも常識外れだったが、あろうことかその悪魔は――研究施設に移送された途端、動き出したのだ。



「暫く見ないうちに、人間界も随分様変わりしたものだ。それで……お前が一番偉い人間か?」
「この施設の中でなら、そうですが……」

 悪魔の正面に座り応対するのは、この施設の所長だった。三十年以上古生物学一筋だった彼は、既存の生物に当てはまらない存在を前に、命がけで対話を試みた。『一つでも何か間違えれば、最悪人類が終わるかもしれない』という恐怖心を引きつった笑顔で隠す。
 とはいえ、現状悪魔に、人間への敵意は見られない。何しろ遠近両用の眼鏡越しに彼が見る悪魔は――いちごシロップがたっぷり掛かったかき氷を味わっていた。

「氷を砕いて甘い液体を掛けるとは、貧相だが悪くない」
「ははっ……お気に召して頂けて何よりで……」

 目覚めた悪魔は最初、研究所を当てもなく歩きだした。彼は研究員がおやつに食べていたかき氷を見ると奪い、食べた。そして同じものを再び要求し、今は三つ目だ。

「それにしても……どうして凍土で氷漬けになっていたか、お聞きしても……?」
「ああ、元々我は冷たいものを好むのだ。あの凍土は涼むには丁度良かったのでな。そうして何年か昼寝をしていたら――」
「気が付いたら凍っていた、と?」
「いや。家内が怒って我を氷に閉じ込めたのだ」
「悪魔も夫婦喧嘩するんですね……」

 話の情報量の多さに、所長は間抜けな相槌しか返せなかった。しかし、悪魔は変わらず愉快そうにしていた。

「まあ、こうして目覚めたのだ。魔界に帰る前に、一つ仕事でもしていくとしよう」
「仕事、ですか?」
「ああ。悪魔にはそれぞれ司る概念があってな。例えば我の家内は『氷の悪魔』だ」
「でしたらわざわざ人間界に来なくても、奥様に頼めば良かったのでは?」
「アイツの冷気はもう浴び飽きたのだ」
「そんな夜の営みに飽きるみたいな……」

 もしかしてこの悪魔、思ったより人間みたいな感性をしているのか。
 イメージ像と異なる姿に、所長の緊張も解れて来た。

「貴様、故郷は何処だ?」
「え? 日本ですが……」
「そうか。ならばそこに我が力を貸してやろう」
「え? どういう事ですか?」
「そのままの意味だ。我の力をお前の国に対して使ってやろうというのだ」
「……具体的には?」
「例を出せば……冷気で気温を下げるなど出来るな」
「ほ、本当ですか!? 確かに日本の夏は過酷ですが……しかし、悪魔の力を使うとなると、対価が要るのではないですか?」
「気にするな、今回は特別だ。我を起こした褒美に……コレを作る道具で勘弁してやろう」
「まあ、それぐらいなら……」
「では、お願いしてもよろしいですか?」

 所長は深く悪魔に頭を下げた。彼が『氷の悪魔』なら、今年の日本の夏は快適になりそうだ。故郷の家族も喜ぶだろう。
所長はかき氷機を悪魔に差し出した。彼は満足そうに受け取ると、おもむろに椅子から立ち上がった。

「確かに代価は受け取った。では貴様との契約、果たすとしよう」

 次の瞬間、悪魔は消えていた。恐らく、逃げるだけならいつでも出来たのだろう。
 


 その年――2024年、日本列島は記録的な猛暑に連日見舞われた。
 そして所長は気付いた。彼は一言も、自分が『氷の悪魔』だとは言っていない事を。
 そう。彼の正体は、『炎の悪魔』だったのだ。

#ノート小説部3日執筆 「新婚旅行はエンケラドゥスで」 お題:氷 ※今回も遅刻ですみません! 

今より未来。人類の太陽系進出は留まることを知らず、遂には火星、木星を超えて土星にまで版図を拡げるに至った。
そして無人探査機による無数の調査と数十回の有人探査を経て、土星の衛星タイタンおよびエンケラドゥスへの民間人旅行が解禁されたのである。
宇宙オタクの新婚夫婦であるミトとカイは、そのエンケラドゥスへの第一回ツアーに見事当選したうちの一組であった。
「あたしたち、ホントに宇宙にいるのね! 夢みたい!」
スペースシャトルのモニタ越しではあるが刻一刻と近づく青白い星を見ながら、ミトは歓喜の声を上げた。
「あぁ本当に、夢みたいだ! ……キミみたいに同じ夢を持った人と出逢えて、ちょうどいいタイミングで土星ツアーが解禁されて、しかも婚約した日に当選通知が来るなんて、きっと僕たちはエンケラドゥスに導かれたに違いないよ」
カイは宇宙服越しにミトの手を取り、ふたりはくるくると回って喜びを全身で表す。
宇宙服がなければそのまま熱く抱擁をしキスを交わしていたに違いないが、生憎いろいろな装備がついた宇宙服ではハグすらままならないのが現状であった。
それでもこの旅行はふたりの念願そのものだったので、その不自由ささえ愛おしく感じているところである。
「あー、そこの新婚さん? これから俺たちが行くのは大気もなければ気温も-200℃以下の過酷な場所だぞ? 浮かれるのはこの船にいる間だけで頼むぜ?」
ツアーコンダクターを務める宇宙飛行士がそれとなく釘を刺すが、生憎このふたりは新婚旅行にわざわざ死と隣り合わせの場所を選ぶような数寄者だ。
「はぁい!」と返事は返ってきたが、おそらく糠に釘というやつだろう。
そうこうしているうちに、機内にアナウンスが流れる。
『当機は間もなく着陸準備に入ります。総員所定の座席に戻り、身体を固定してください』
エンケラドゥス着陸の瞬間が迫っていた。
浮かれていたミトとカイも他の乗客同様アナウンスに従い、自席に戻ると厳重にベルトで身体を固定する。
気密性の高いスペースシャトルでは、飛行機のように空を切り裂く音は聞こえない。
誰もが固唾を飲み、機内が静寂で満ちる。
そして──鈍い衝撃が機内を揺らし、アナウンスより先にエンケラドゥスへの着陸が成功したことを知らせた。
空気が歓喜に緩む。しかしまだ固定解除の指示は出ない。
先に宇宙飛行士たちが降りて、周囲の安全を確認しているのだ。
じっと待機していると、やがてアナウンスが入った。
『当機は衛星エンケラドゥスに着陸しました。固定解除、ハッチオープン。乗客の皆様は乗務員の指示に従い、番号順に下船してください』
エンケラドゥスに降りる準備が整ったのだ。
乗客は気が急く手で固定ベルトを外し、我先にと立ち上がると番号順に下船待機の列を成した。
ミトとカイも同様に列に加わり、ふたりは順番に念願のエンケラドゥスに立ったのである。
見渡す限りの銀世界。太陽は高く遠くに上っているが空は宇宙色で、氷の大地が光を反射して眩く輝いていた。
その神秘的な光景ときたら!
宇宙服のヘルメット越しにしか見られないのが残念ではあるが、溜息をつかずにはおれない美しさだった。
撮影係のクルーが降りた人から順番に、着陸記念の写真を撮ってくれる。
宇宙空間に耐えうるカメラはまだ民間人の手に届くものではないので、写真は随時クルーが撮影したものを後ほど買い求める修学旅行形式なのだ。
「この景色を好きなだけ撮れないだなんて、ちょっと残念だな」
写真好きでもあるカイはそう呟いたが、ミトに「その分この目でいっぱい見て記憶に残して帰りましょ」と言われたので、頷き返してそれ以上未練を溢すことはしなかった。
撮影タイムが終わると乗客は大型探査車に乗せられて、一路南極へ向かう。
南極には水蒸気の噴出口があり、それは地下海が広がる洞窟に繋がっている。
ここでこのツアーの目玉とも言える、氷床洞窟の探検体験をするというプランなのであった。
「絶対に勝手な行動を取るんじゃないぞ。迷子になったら生きて帰れないと思え。あとこちらで許可したもの以外は持ち帰り禁止だ」
ツアーコンダクターは厳しい口調で観光客たちに注意する。
彼の本業は観光客案内ではなく命をかけて宇宙を飛び回るスペースマンなので、言い方が強くなりがちなのも無理はなかった。
そして第一回ツアーに当選しただけあって観光客の方もそのあたりは知悉しており、誰一人として彼に反発するものはいない。
かくてつつがなく氷床洞窟探検が始まったのである。
地球の七分の一しかない重力でややふわふわしながら、一行は慎重に永久凍土を踏みしめて洞窟の奥へと向かった。
するとどうだろう。始めは氷しかなかった洞窟内に少しずつ液体の水が流れ始め、やがて噴出と氷結を繰り返す美しい地下海が露わになったのである。
薄く凍った波が寄せては返すその不思議な光景を、ミトとカイはきっと一生忘れないだろう。
ツアーコンダクターの話によれば、水面こそ0℃と低温だが海底の噴出口近くでは水温は90℃ほどもあるらしく、空気や水温、水質等の問題が解決できれば「エンケラドゥス温泉」も夢ではないらしいとのことである。
氷床洞窟を見ながら入る温泉はさぞかし気持ちがいいことだろう。
ここでも海をバックに写真を撮ってもらい、さらには試験管が一本ずつ配られ、開封しないことを条件に地下海の水を採取することが許された。
なけなしのエンケラドゥス土産というわけである。
「次来る時にはこのヘルメットなしで、直接海を見られるといいわね」
「温泉に浸かりながらね」
そんなことを言い合いながらミトとカイは試験管を海水で満たして厳重に封をした。
全員がお土産を手にしたのを確認して、一行は元来た道を引き返す。
そして最後はスペースシャトルが停泊している付近の平原でスケートボードのようなものを楽しみ、エンケラドゥスを後にした。
たった数時間の滞在だったが、参加した誰にとっても一生記憶に残る素晴らしい経験となったことだろう。
帰りのシャトルの中では、行きは見知らぬ者同士に過ぎなかった者たちも互いに思い出話に興じていたのだった。

おわり

大遅刻申し訳ありません!【#ノート小説部3日執筆】『炎、氷、そして煙』 

***

 夜勤が終わると、ママチャリを思い切り漕ぐ。国道沿いの歩道のアスファルトはひどくひび割れていて、サドルのクッションが役に立たないほどの衝撃が走る。曙光が照らすガードレールの向こうを、轟音をたててトラックが走り抜けていく。昼も夜も関係なく物流をつなぐ彼らに、そこはかとなくシンパシーを覚える。

 国道を山側に曲がって、鈍行しか止まらない小さな私鉄の駅を越えると、坂がきつくなる。市民病院、駐車場がバカでかいスーパー、墓石と河童と招き猫のサンプルが並ぶ石材店。

立こぎのリズムに合わせ、ハッ、ハッ、ハッと息が上がるのが、動物みたいだといつも思う。冷えた空気が一気に流れ込んで、喉が、肺が痛む。

そこから路地に入ると、ブロック塀に囲まれた一軒家やアパートが並ぶ住宅街を抜ける。すべてが古く、風雨に黒ずんでいる。

 視線の先、路地が尽きる場所に、椿やら松やらの常緑樹が茂っているのが見える。「城址公園」と書かれた石柱の前にママチャリを留めて、
人気(ひとけ)のない石畳の道を歩く。やがて現れる、土を固め、丸太で補強された階段は、両脇を枯れた笹に囲まれている。階段の先には、薄い水色が広がっている。

 階段を登り切ると、葉を落とした広葉樹と松に囲まれた小さな広場に出る。この時間はいつも無人だ。その心細さを吹き飛ばすのは、いつだって広場の先に見える風景なのだった。

高台になったこの場所からは、かすむように広がる紺色の海と、港湾を囲むコンビナートが見える。複雑に絡み合うパイプや、周囲に直線的な階段が規則正しく巡されたプラント、円柱型のタンクからひと際大きく丸いガスタンクまでが並び、そこかしこに煙突が天に向かって伸びている。赤と白に塗り分けられた煙突は末広がりのひと際安定感ある形だ。今日もその先端からは白い煙がもくもくと立ち昇り、暖色を残した早朝の空にたなびき、消えていく。

 と、工場地帯の端にある、黒っぽい煙突の先端から炎が上がる。廃ガスを燃焼させるフレアスタックだ。激しいオレンジ色の炎を見た瞬間、わたしは反射的にリュックを下ろして中をまさぐり、真空断熱ボトルを取り出していた。冷えた水にむせながら、ボトルを傾けていくと、カランと涼やかな音をたてて、冷たい塊が口内におさまった。

氷。

口の粘膜が冷えて、呼吸をするたびにひりつく。それでも舌の上で氷はゆっくりとなだらかに溶けて、わたしはそれを噛み砕く。ガリガリとした歯ごたえとともに、風味が鼻に抜ける。カルキ臭だけではない、水の味、としか言いようのないもの。

キン……と冷たく張りつめた冬の空気に上がる炎。その熱を思いながら、わたしは氷の冷たさを味わっている。

「氷、よく食べていると聞きましたが」

 そういえば、この前、面談した産業医に尋ねられた。同僚から聞いたのだろうか。「ええ、まあ」と曖昧に答えると、「貧血じゃあないですか」と、産業医は手元の紙にサインペンでマルをつけてよこした。その「食生活にしおり」には、「貧血には豚レバーや赤身肉を食べましょう」「小松菜などは肉といっしょに」と書かれていた。

 まだフレアスタックは上がっている。
 炎と氷。

 わたしは炎を思い出す。写真を飲み込んでいったあの火。

 わたしはあの日、写真を燃やした。花火をするために買ったライターを引っ張り出して、チャイルドロックの固さに顔をしかめながら着火する。鍵置きにしているトレイから鍵をどかし、その上で小さな炎を写真に近づけると、火はあっという間に燃え移った。

「あっつ!」

火の回りの速さと勢いに驚き、台所へ駆け込んだ。いまや炎そのものになった写真をシンクに放り出す。蛇口のハンドルを思い切りひねると、勢いのよい水流に、火は存外簡単に消えた。安心すると同時に、指先がじんと痛みはじめる。冷凍庫の製氷皿に残っていた氷を出して、指先にあてた。

 写真はあと2枚あった。わたしは製氷皿の氷を茶碗に全部出すと、慎重に写真の端をつまみ、シンクの上でふたたびライターの火をつけた。誰かの笑う顔が、なめるような炎に包まれて、灰になっていく。指先を離し、炎の真ん中に氷を投げ入れる。ひとつ、ふたつ。四角い水の塊が炎に包まれて透明感を増し、やがて火のほうが負けて消えていく。そのときの氷のきらめきが、わたしの心を心地よく刺した。あとに残ったのは、黒い燃えかすだけだった。

 もう一枚に、火をつける。「写ルンです」をわざわざ買って、フィルム撮影した写真。星空を撮るはずが、現像してみれば、真っ暗な中にわたしの背中だけが映っていた。目の前で、星空だったはずのものが、わたしの背中が、炎に包まれて、黒く変色し、縮み、崩れていく。わたしはまたそれに氷を投げ入れ、火が消えてからも、ただただ溶けるようすを見つめ続けた。

 そして今。氷をもうひとつ、口に含む。ガリ、キャリ、ガリと噛み砕き、歯が軋むたび、あの日、炎に包まれた氷のなめらかな光がよみがえるのだった。

いつの間にか、フレアスタックは消えている。真空断熱ボトルをひっくり返したけれど、もう氷は残っておらず、冷えた水が喉を伝った。薄い水色の空が水平線の上に広がり、まだ若い陽光に、プラントが、海が、きらめいている。

 炎と氷に、夜は尽きた。口内に体温が戻ってくる。この日課ができてから、よく眠れるようになった。

 帰ったら、来たる夜勤のために、眠りにつく。目が覚めるころには、狭いアパートには西日がさしているだろう。そんな今日一日を始めようと、わたしは広場を横切り、帰路についた。

#ノート小説部3日執筆 「でもさ、お冷の氷とドリンクの氷って違うじゃん?」 

さっくり数えて5年前。気温が人間の体温と同じになったくらいで、大きなニュースになるような頃。そんな月雲(つくも)市の、とあるカフェの一角。
「おっ来た来た。待ってたぞ」
窓辺の席に座っていた蛇の合成半獣が手を振った。緑の髪に緑の尻尾、夏に不向きな長袖の赤いパーカーだ。
「奥に陣取るのやめてくださいよ兄さん。探すの面倒くさいんで」
手を振られた方も合成半獣、こっちも蛇(
海棘蛇(かいきょくじゃ))だ。青い髪に青い棘付きの尻尾、こっちはジャケットも青っぽくまとめている。

この二人は別に兄弟ではない。そういう仕事をしているので、そう呼んでいるだけである。

「まぁいいじゃん、とりあえず座りな。メニューはソレな」
当時としては珍しい、電子端末のメニューを指差す。青い方が触れようとした時、ポンと画面が変わった。
『ご注文の送信がまだの商品がございます』
ポップアップを閉じると、先に入力されていたらしい商品の一覧が出た。兄貴分がよく飲むタピオカと、かき氷が4個ほど並んでいる。
「こんなに食べるんですか?腹冷やしますよ」
「食べないよ。タピオカと、練乳のやつだけ」
「じゃ、なんでこんなに入ってるんですか」
「消し方わかんない」
どうやら、画面をスクロールする際に押し間違えたらしい。よくある事だ。青い方が手際良く削除していく。
「あ、お前もかき氷?」
「パンケーキです」
「ちぇ」
「なんですか『ちぇ』って」

――さてさて。
注文をした後は、適当な会話の時間にうってつけだ。
「んで、次の
標的(あいて)なんだけどさ」
兄貴分の方がステープラー(ホチキス)留めされた書類を突き出した。取り立てる相手の個人情報、負債額などが書いてある。
「どー思う?良い子だけどさ、面倒臭い子なんだよね、こいつ」
青い方は気に留めず、こいつ呼ばわりされたその情報を読み漁っている。見た限り、大きな問題を起こした事も無さそうだ。収入源が春頃に絶たれていることを除けば。
「どうもこうも。滞納してる以上、どうしようもないでしょう」
文字通り、どうしようもない。家と本人に事情があって稼げない。それ以上でも以下でもない。

ただ、滞っている理由は、取り立て屋には関係ない。帳尻が揃いさえすれば、手段はどうでもいいのだ。だからこそ、こういうアングラな社会では、命の中身がよく売れる。

そうならないように、兄貴分はできるかぎり穏便になるように奔走しているのだ。職を斡旋したり、金に余裕のある
伝手(ツテ)をあたったり。本当に最終手段になれば、書面上だけ舎弟にすることで借金を肩代わりすることもある。
「こいつに良さそうな職場、ある?」
今回は職をつけてやるらしい。上手くやれなくてもいい、働く足掛かりにさえなれば、なんでもいい。そういった感じだ。

青い方はちょっとだけ店内を見回した。このカフェは、客の入りは少ないが、穏便な客が多い。おやつ時になれば少々忙しくはなるだろうが、それでもファストフードの繁忙期より比較的マシだろう。
「“ここ”とかどうっスか?」
それ以外にも思いつく場所はいくらかある。他の候補を出せと言われたら、それも提案するだけだ。
「あ〜、いいかもね。ほどよく人付き合いできそうで」
好感触の返答をして、兄貴分はお冷の水を一気飲みした。一緒に入っていた氷を噛み砕いてから、次の言葉を出した。
「ま、結局はこいつのやる気次第だけどさ」
「身も蓋もデリカシーも無いですね」
青い方は軽蔑した。水を飲む気力さえ起きなかった。

――だいたいのカフェは、作るのが早い飲み物から提供される。なので、かき氷とパンケーキの前に、二人が頼んだ飲み物がやってきた。

「……兄さん、かき氷食べるのに冷コーヒーですか」
「違うよ。これはタピオカの分」
テーブルには現在、お冷が二つとコーヒーが温冷一つずつ、それとタピオカ入りミルクティーのグラスがある。

兄貴分は真っ先にタピオカに手を伸ばした。底に群れをなしていた黒い粒たちが、かなりの速度で減っていく。
「すげー。カエルの卵貪ってるみたい」
「やめろよ食欲なくなるだろ」
蛇がタピオカを吸っていると、こういうことがよく起こる。なんなら、このカフェのオーナーはヒキガエルだが、あまり関係はないだろう。

そしてある程度飲んだら、アイスコーヒーを
呷(あお)って、またタピオカを吸い尽くす。
青い方はホットコーヒーを飲みながら、この繰り返しを眺めている。『蛇のクセにカエル食わないんだ……』と思いながら。

「聞きたい事があるんだけどさ」
兄貴分から突然話しかけられて、青い方は軽くむせてから応対する羽目になった。
「間にあるヤツ、どうすりゃいいかな」
見てみると、ほとんど飲み尽くされて氷だらけのミルクティーに、粒がチラホラ見える。これをどうしても食べたいらしい。
「諦めるか、氷ごと食うかですね。溶けるまで待ってもいいですけど」
「でもさ、これ待ってたら、来た時に回収されちゃうだろ」
たしかに、そろそろスイーツが出来上がる頃合いだ。店の人から見れば、『空いてるグラス』判定になるだろう。
「じゃあ氷ごといってください。掘り出すのは行儀悪いんで」
「氷食うのも行儀悪いだろ」
言い返された青い方は納得した。がすぐに反論を思いついた。
「これから氷食べるじゃないですか。なんならさっきお冷の氷食べたじゃないですか。同じですよ」
「そう……そうか?」

しぶしぶ、兄貴分はグラスを呷って氷ごとタピオカを流し込んだ。あからさまに不服な顔で。
「もちもちでごりごり」
「全粒食べれたなら、良かったじゃないですか」
「う〜ん……」

なんとか食べ切ったところに、ちょうど良くメインスイーツが運ばれてきた。ほかほかのパンケーキと、キンキンのかき氷だ。
「で、氷食べるんですよね?」
「当たり前だろ」
「行儀は?」
「なんとかする」
なんとかとは何なのだ。青い方は首をかしげた。

意外にも、兄貴分は粛々としゃくしゃく食べている。かっ込んで頭痛を起こすでもなく、静かなものだ。
わざと行儀を良くしているのか、これが普段通りなのかは分からない。兄貴分と青い方でおやつを食べる時に、かき氷を選ぶことが少ないからだ。

「んで、行儀良くかき氷食いたいんだけどさ」
やはり突然の話し始めだ。今度はむせなかった。
「溶けたやつ、どうやって食えばいいかな」
「それはまあ、スープみたいに飲めばいいんじゃないですか?」

#ノート小説部3日執筆 みぞれ酒が飲みたいのじゃね……/お題「氷」 

「ただいま、帰りました」

 真夏の夜。
 仕事帰りの身体が、飛び切り冷たい酒を欲している。

 私はこうなることを見越し、
 妻にあることを頼んでおいた。

 今日は、金曜日。
 せっかくの華金はみぞれ酒で喉を潤そう。

 冷凍庫から酒瓶を取り出し、
 冷やした二つのグラスに注ぐ。

 するとグラスの中、キンキンに冷えきった酒が、
 半分ほど、シャーベット状に凍り付いていく。

 見た目は何もかかっていないかき氷のように、不透明なかき氷。ただ、先ほどまで液体だった酒が即座に凍る様は、何度見てもマジックのようだ。

 まぁ――と、驚く妻を前にしたり顔にもなる。

 乾杯して、一口。
 酒のシャーベットが舌の上でジュワリと溶ける。 

 すると、鋭い冷たさが一気に喉を駆け抜ける。
 フルーティーなアルコールの香りが広がり――
 爽やかな辛さと旨味を感じ取れるようになってくる。

 二口目は、一気に飲まずに口の中で転がす。
 きゅっと冷えた酒が体の熱を持ち去る。

 やはり、日本酒は香りがよい。 
 爽やかな、酒の香りに一段と腹が減る。

「お刺身があってよかったわ」と、妻も笑う。

 三口目は、鮪の刺身を一切れずつ、摘まみながらいただく。
 仕事をされて、赤身が強まった鮪は、水っぽさとは無縁だ。

 ワサビのぴりりとした風味。
 冷えた身にしっかりと染みた醤油の味。

 何より漬けになっても残る、
 濃い鮪の味わいとさっぱりとした脂が――

 本当に日本酒に合う。
 ぐいっと、残ったみぞれ酒を流し込む。

 背筋を伝わる冷たさと共に、
 ビールでもないのに、ため息がこぼれてしまう。

 それにしても、美味しい鮪だった。
 妻に、美味しかったと伝えると。

「よかった。今夜は、漬け丼なんですよ」

 と、台所へ消えていく。
 幸い、酒瓶には冷えた日本酒がまだまだ残っている。

 今宵は、刺身で白米を掻きこみながら、
 日本酒をたらふくいただくことを考えると――

 年甲斐もなく、腹が、ぐう――と鳴り、
 台所に引っ込んだはずの妻に聞かれて、笑われてしまった。

#ノート小説部3日執筆 お題【氷】氷、溶けちゃった(ほんのりBL)#おっさん聖女の婚約  

「氷みたいに冷たい男かと思ったけど、むしろ熱いじゃないの」

 それは、ジークヴァルトという男を知る内に抱くようになった感想だった。



騎士ジークヴァルトを知ったのは戦場である。当時、俺の周囲を固める騎士は入れ代わり立ち代わり、とにかく人員の回転が早かった。

 別に騎士が欠員になって、ということではない。
 単純に、聖女の筆頭騎士と呼ばれる専属の騎士以外は特定の聖女に拘らず、自分の能力が発揮できる場所で活動するからだった。

 聖女の筆頭騎士とは、いかなる時も聖女を最優先にして動く騎士のことだ。専属の護衛であり、相棒のような存在だ。

 聖女は狙われやすい。というのも、対象が即死でなければ――死んでいなければ、どんな大怪我でも治癒させることができるからだ。そのおかげで、騎士の欠員は最小限に留められている。
 魔獣もそれを理解しているのか、そういう習性があるのか、聖女を狙ってくる個体が多い。混戦状態になった時、聖女の守りが薄くなる。
 だから、聖女に専属の騎士が必要なのだ。

 聖女と騎士の活動は単純だ。魔獣を倒すことだけを考えて巡業のごとく移動しながら包囲網を狭めていき、最終的には魔界の扉を封印する。それだけである。
 やること自体は複雑ではない。だから、普通の騎士の所属がゆるいわけだ。
 まあ、聖女の間を移動し続ける義務はないから、と特定の聖女に付きまとう騎士もいるが……。

「ヴァルト?」
「一瞬、守り切れなかったかと……」

 深く、長い息と共に彼の本音が吐き出される。
 少し前、ジークヴァルトの守りをすり抜けた魔獣が俺に襲いかかった。気がついていた俺はすぐにそれを斬り捨てたわけだが、そのことについて思うところがあるらしい。

 彼はつい先日、俺の筆頭騎士になった男だ。俺と共闘して以来、専属ではない一般騎士のくせに俺にずっとくっついてきていた変わり者である。

 若いくせに誰よりも冷静で、周囲の状況に惑わされずに俺のことだけを考え、俺が動きやすいように支えてくれる。
 彼は筆頭騎士になる前から、ほとんど筆頭騎士みたいな状態だった。だから、筆頭騎士にして俺の手元から離れないように縛りつけちゃったんだけど。

 いわゆる青田買いってやつだ。
 ジークヴァルトは聖女という存在にかなり強い考えを持っているらしく、普段から俺に従順なのだが、どうやら今日は少し違うようだ。
 俺は彼の言葉から推察し、安心させるように微笑みを向ける。

「これでも元々騎士だったからね。そう簡単にはやられないぞ」
「……」

 おっと? ジークヴァルトはとても不機嫌そうだ。普段の無表情に表情が乗っている。案外激情家だったりするのかね。
 彼のその表情が意味するものは……心配をかけられた保護者の気分だろうか。まだまだ彼については分からないことが多い。
 今は手探りで彼を理解しようとしているところだ。
 今の俺の想像が正しいとしたら、ジークヴァルトのことを氷みたいだなと思っていた俺の評価が変わるかもしれないな。

 むすっとしている、と言えば良いのだろうか。それとも静かに怒っているとでも言えば良いのだろうか。眉間にしわが寄っている。
 とりあえず、彼の話を聞かなければ相互理解が進まない。さりげなく言葉を促した。

「どうした?」
「ラウルが」

 ジークヴァルトが俺の頬についていたらしい汚れを拭きとりながら口を開く。ああ、フルプレートで小手も金属だからハンカチ使うのね。準備が良いなあ。
 それこそ母親に汚れを拭ってもらう子供のようにされるがままになりながら、彼が言葉を紡ぐのを待つ。

「ラウルが強いことは知っている。俺が初めて聖女ラウルが戦の戦う姿を見た時、綺麗な剣劇に見惚れそうになったから」
「へぇ……?」
「だが、それとこれは違う話だ」
「うん?」

 俺が強いという事実と、今回の件は別? 彼のこだわりがどこにかかっているのか分からず俺はただ首を傾げた。それにしても、この屈強な騎士に戦う姿を評価されると嬉しいものだ。
 騎士時代、俺はそれなりに強かった。三十も半ばに来てしまった今だって、聖女の力を使わなかったとしても下手な騎士よりはうまく立ち回れる自信がある。

「俺の強さとは別の要素ってことだよな?」
「俺は、自分の不甲斐なさを実感しているところだ」

 不甲斐なさ……。いやいや、他の騎士に比べるべくもないくらいに甲斐性があるけど?
 できたはずだと自分の能力を過信しての言葉なのか、能力不足を実感しての言葉なのか、分からないな。謙虚な男だから、前者ではないだろうが。

「あー…………俺が防御行動を取らなくても、きみが守れたはず――ってこと?」
「そうだ」
「どうしてそう思った?」

 少しずつ彼の思考を掘り下げていく。彼は俺に質問され続けているにも関わらず、態度を変える素振りを見せずに返事をしてくれた。

「俺の読みが甘かったから、こういうことになった。俺が未熟な証だ。
 俺がもっとラウルの動きを読めるようになれば、あらゆる可能性をあぶり出して瞬時に判断できるようになれば、お前を危険な目に遭わせずに済んだはずだ」

 語るねえ。俺は頷く代わりに瞬きをした。ジークヴァルトは、そのまま語り続ける。

「俺は、聖女ラウルの筆頭騎士だ。お前を守り続けることが、俺の職務だ。俺は、お前を守りたい」

 ああ、そうだった。感情の乱れや表情の変化が表に出てこないから氷のように感じられるが、彼の目には強い輝きが、そしてしっかりと燃え盛る炎があるんだった。
 彼の目の奥でちらつくその炎が、そのことを俺に思い出させる。

「ヴァルトってさ。冷たい氷みたいに見えるけど、本当は苛烈だったんだっけな」
「……?」

 むしろ、俺の思考の方が氷みたいだ。損得ではないが、結果や効率ばかり考えて動いている。そこに、人情的なあたたかさはない。
 俺の言葉の意味が分からなかったらしいジークヴァルトか、俺のことを訝しむように見つめていた。

「いや、氷みたいだって比喩するのにふさわしいのは、きみより自分のことだなって思っただけ」
「ラウルは氷ではないと思うが」
「それはきみの主観だろ? 俺、けっこう冷徹よ?」

 ジークヴァルトの反論を笑い飛ばすと、彼は少しムッとしたようだった。へえ、俺に対してちゃんとそういう感情も抱けるんだ。
 やっぱり彼は氷じゃないな。

「この国のことを最優先に考えているからだろう。この国の人間を大切に思うからこそのものであって、氷だと比喩するようなことではない。
 ラウルの考え方は尊ぶべきであって、卑下するものではない」

 饒舌すぎる男を目の前に、俺は反論する言葉を持たなかった。

「ラウルは、氷ではない。氷なのだとしても、それはいつか大地を潤す水になるものだ。それは、全ての人間を生かす水だ。
 ラウル自身が自分のことを氷だと思うのなら、そのことを忘れないでくれ」

 彼は一気に語り、最後に「若輩者だが、相棒の言葉だ。お前を大切に思う相棒の言葉を、どうか聞き入れてくれ」と言って締めた。
 その熱烈な言葉に、俺はただゆっくりと頷くことしかできなかった。

#ノート小説部3日執筆 「夏日の双月」 お題:双子 ※今回も遅刻申し訳ありません 

火星には月がふたつある。
西から登り、東の稜線に急ぎ駆け抜けていく大きなフォボス。
東から登り、ゆっくりと時間をかけて西に沈んでいく小さなダイモス。
マルスと同一視されるアレスの息子の名を冠したその衛星たちは回転周期も方向も異なるし、火星から見えるサイズも全然違うので、このふたつ星を双子と思うのは無理があると思われる向きもあろう。
けれど火星の──特に地球から来た──人々は、親しみといくばくかの郷愁を込めてそれらを双子の月、双月と呼んでいた。
「じ、実際、フォボスとダイモスは元はひとつの星だったと、……そういう説を唱えている学者もいます」
ティールーム・マリーカで店長のウルリッヒと物販用のアクセサリーを納品に来た音希がフォボスとダイモスについて話していると、ちょうど客として来ていたオタク風の黒縁眼鏡の男がそんな豆知識を披露してくれた。
なんでも、元はひとつの小惑星だったものが火星に衝突しふたつに分裂した説があるのだとか。
「で、でも……フォボスはいずれ火星に近づきすぎて崩壊し、ダイモスは逆に遠ざかって火星の軌道から離れていってしまうとされています……も、元は同じだったのに真逆の道をたどるなんて、不思議、ですよね……」
男性客はそんなことを言い残して、仕事に戻るのかお代を払ってそそくさと店を後にする。
「真逆の運命を辿る双子とは、なかなか詩的ですね。僕が小説家だったらそれで一本話が書けそうだ」
「昔、実験のために全く違う環境で育てられた双子の話なら読んだことがありますけど」
「僕も同じような感じのマンガを読んだことがありますねぇ。やはりすれ違うニコイチのシンメトリーとアシンメトリーに魅力を見出す人は多いのでしょう」
「……そういうものかなぁ」
ウルリッヒと音希は男が立ち去った後、彼の話を受けてそんなことを言い合う。
「音希さんの作品にも結構あるでしょう、同じパーツを使ったアシンメトリーなデザインのもの。あれ、結構売れ行きがいいんですよ」
「……そう言われるとちょっと納得せざるを得ない……」
今日補充のために持ってきたアイテムもアシンメトリーなものが多い音希はぐぅ、と唸るしかなかった。
でも元々話していたのは双月の真逆の運命についてではない。
そう気を取り直した音希は話題の軌道修正を試みる。
「いやそれよりフォボスとダイモスを月って言い張るのは無理がないかって話ですよ。ダイモスは遠すぎるし見えっぱなしだし、フォボスは満ち欠けも登り沈みもせわしないし、全然違う代物じゃないですか」
そう、最初は
火星の双子星(フォボスとダイモス)を月と呼称することが妥当か否かという話をしていたのだった。
ちなみに音希は否定派で、ウルリッヒは肯定派である。
「確かに見え方は違いますが、そこに敢えて類似性を見出すのが侘び寂びっていうものでしょう? それに衛星という点では同じですし」
「カテゴライズが雑すぎる……!」
音希の嘆きには世間のカテゴライズの大雑把さに対する憤慨も多分に含まれていた。完全に私怨なのだが。
「まぁでも音希さんだってこの『火星銘菓 夏日の双月』を見て『萩の月』みたいなものって言ったでしょう? これも萩の月とは違った味わいや見た目を持つ別のお菓子ですけど」
「……言い合いじゃやっぱウルリッヒさんにはかなわないや」
完膚なきまでに言い返された音希は両手を挙げて降参の意を示し、カウンターの上に置かれている『火星銘菓 夏日の双月』を見やった。
フォボスとダイモスをモチーフにしたその菓子は、ふたつ星を模して敢えていびつに形作られており、スポンジでカスタードクリームを包んでいるという点では萩の月と共通しているが、色味をフォボスとダイモスに近づけようとした結果なのかスポンジ生地には萩の月と異なる風合いがあった。
確かに、フォボスとダイモスを月とは別物だと言い立てておきながら『夏日の双月』と『萩の月』を同列に扱うのはダブスタの誹りを受けても仕方がないというものだろう。
「そういうわけですから、論議はこれくらいにしてお茶にしましょう。『夏日の双月』に合うのは……紅茶より珈琲ですかね」
「砂糖なし、ミルク多めでお願いします」
「もちろん! その方が
このお菓子(夏日の双月)の良さが引き立ちますから」
こうして、音希とウルリッヒはいずれ離れゆく双子星に思いを馳せながら、菓子と珈琲のマリアージュを堪能したのだった。

おわり


※夏日:火星の別名『
夏日星(なつひぼし)』から。

#ノート小説部3日執筆 『うん、双子ちゃんにもいろいろある、かな?』 

ここは月雲(つくも)市の一角にある廃ホテル。と言ってもボロくはなく、きっちり整備されている。
この街を牛耳るギャングが、自分たちの寝泊まりのためだけに買い取ったからだ。おかげさまで、そこの程よく高い階級にいれば、いつでも一等室クラスの部屋で寝泊まりできる。
まあ僕はビジネスクラスで十分。一人だし、わざわざ広い部屋に行く気は無い。

ガラの悪い子達の蹴り跡がついたドアを引いて入れば、営業当時の品性そのままのエントランスホールだ。
「「これはこれはブルー・ラグーンさま。お帰りなさいませ」」
今日の受付係は双子の兄弟、ギルビーズだ。どっちかがジンで、どっちかがウォッカだ。どっちがどっちか分からなくなって、結局両方に名前を訊くんだよね。
ここのギャングは、酒の名前(種類、銘柄、カクテル名も含む)をコードネームにしている。初代の頭領様が好きだった、とある漫画から引用してきたらしい。

まあ、その話はさておき。
「やあ二人とも、お疲れ様。208号室は空いてる?」
いつもの部屋をお願いする。わざわざビジネスクラスに行く子は少ないし、一番奥の部屋だから
人気(にんき)も人気(ひとけ)もない、取りやすい部屋なんだ。
「おやおや、申し訳ありません。208号室は、ただいま使用中でございまして……」
「いやはや、申し訳ございません。他の部屋ならご案内できるのですが……」
二人は順番に首を横に振った。

「そうなんだね。誰が使ってるの?」
さっきも言った通り、わざわざ奥の部屋を使う者は少ない。その子のプライベートに踏み込むのはアレだけど、純粋に興味があるだけだ。
「それはそれは、お客様のプライベートになりますので」
「これはこれは、我々にも守秘義務がありますから」
さっきと逆の順番で断られた。
普段なら「そう、仕方ないね」で終わりなのだが、今回はちょっと違和感がある。彼らが受付の時は、ちゃんと誰が使っているか教えてくれるからだ。プライバシーもへったくれもないのは、いつものこと。

それにあの部屋、ちょっとした異状があるんだよね。他の子が居るときに問題が起きたら困るから、できれば僕が使っていたい。

しょうがない。ここは“迷惑なお客さん”の動き方をするか。
「そうは言っても、ね?あの部屋は、ほぼ僕が占領してるようなもんだし、なんとかならない?」
やはりクレームをつけるのは苦手だ。応対する側は慣れてるけど、ひとたび立場が変わると難しい。
「繰り返しになりますが、プライベートですので」
「繰り返しになりますが、教えることはできません」
効果は無さそう。二対一じゃなおさら。

慣れないイチャモンを吹っかけて時間を潰していると、奥の階段から足音がした。音からして、軽い音が二人分と、中くらいの音が二人分。上の階から降りてくるらしい。
「ギルおじさん。この子達、帰りたがってるぞ」
「おじさんたち〜、そろそろ仕事終わんない?」
中くらいの足音はこの子たち、エッグノッグ姉妹だったようだ。ギルビー兄弟と違って、双子なのに言動や容姿に統一感が無い。

それを聞いた兄弟たちは、慌ただしく受付カウンターから出て、階段まで飛んでいく。
「おやおや、部屋から出るなと言ったろうに」
「こらこら、僕たちの仕事は終わってないよ?」
その子どもに何か言っているらしい。
「ダディ、ずっとヒマでつまんない、だよ」
「ダディ、おうち帰りたい、かな」
その子たちの声だろう。
息の合った話し方や、言葉の順序立てが、この兄弟たちによく似ている。

見てみると、やはり、顔のよく似た女の子が二人で並んでいる。くるくる尻尾の方と、まっすぐ尻尾の方がいるのも親譲りだろう。彼らに子どもがいるとは、初耳だ。

「やれやれ、とにかく部屋で大人しくしてなさい」
「ダディ、お荷物ぜんぶもってきた、だよ」
「ダディ、これ鍵、だよ」
「こらこら、まだ帰らないと言ってるだろう」
子どもが持っている鍵には208号室と書いてある。なるほど、あの子たちが使っていたのか。部屋の影響は無さそうで良かった。

双子の親子たちを眺めていると、エッグノッグ姉妹がやってきた。
「あれ、ブルラグせんせー。何してるの?」
「先生、奇遇だな。おじさま達と世間話でもしてたのか?」
こちらの双子は、話し方が全く合っていない。そういう子たちだ。話し方に始まり武器やら食の好みやら、相違点を挙げればそれなりに出てくる。

「いや、彼ら、息が合ってるなと思って」
長年生きている父親たちはさておき、娘たちも同じような言動をするのは興味深い。
「それは何だ先生。私達の統率が取れていないと言いたいのか?」
どうやら逆鱗を撫でたらしい。
「ひどーい!双子だからって、なんでも一緒にするのは違うでしょ?」
「私も、統一すべきとは思っている。実行しないだけで」
「えー!?」
こちらはこちらで、ある意味息が合っている。

「そもそも、私達と比較する方が野暮だ。一つの卵から産まれれば、それは似るだろうさ」
「そーそー!“双子ちゃん”でひと括りにすると良くないよ、せんせー!」
エッグノッグたちは耳についた羽を
扇(あお)ぎながら言った。いつも通り闊達な子たちだ。
「キミたちも一つだったはずだけどね……?」
この姉妹は結合双生児だったはず。一体という意味では、彼女たちに敵う子はそういないはずだが。

ギルビー兄弟やその娘たちのように鏡合わせにそっくりな双子もいれば、エッグノッグ姉妹のように凹凸を補い合う双子もいるのだろう。
「やっぱり面白いもんだねぇ。生命の神秘を感じるよ」
双子ちゃんたちがこぞってこちらを向いた。
「「おやおや、そうでしょうか?」」
「「むん、そう、かな?」」
「そうかなー?」「そんな訳あるか?」

#ノート小説部3日執筆 お題【双子】ラッキー(ほんのりBL)#おっさん聖女の婚約  

「おっ、双子だ!」

 割れた卵の中身を認めた俺は、思わず声を上げた。あまりに騒がしかったのか、何人かの騎士と俺の筆頭騎士が振り向く気配がする。

 いよいよ魔界の扉が近づいていて自炊を余儀なくされていた俺たちは、それぞれ調理という名の作業をしていた。
 魔界の扉と炊き出し組の中間に俺たちがいるから、彼らのことは守り切れると思うのだが、さすがに補給できる町から遠くなってきた今、彼らにこのままついてきてくれと言うのは酷だ。
 ということで、非戦闘員と離れた俺たちは、鶏などの家畜類を引き連れて自炊生活をしながら魔界の扉に向けて進行しているというわけだった。

 で、俺はとりあえず卵を焼こうとして双子ちゃんを当てたというわけだ。熱されたフライパンの上にポトリと落ちたその双子の卵がじゅわっと音を立てる。うん良い音だ。
 俺がその音を堪能していると、ジークヴァルトの気配が近づいてきた。そちらに視線だけを向ければ、彼はそわそわとしている。

「ん? どした?」
「いや……何が双子なのかと思えば、卵だったから」
「珍しいよな。いや、ちょっと卵の大きさが違ったから何かあるかなとは思ったんだけどさ」

 俺がへらりと笑うと、ジークヴァルトがきゅっと口を締めた。ああ、照れてるのか。照れる理由はまったくもって分からないけど、まあ良いか。

「ヴァルト、ちょうど双子だから半分こできるな」

 いつも通り食べ物の半分こを提案すると、彼は勢いよく頷いた。今日も元気だな。
 ジークヴァルトは大人しくて、真面目で、良い男だ。それは筆頭騎士になる前も、なってからも変わらない。少しだけ、俺に対しての考え方があれだけど、別に俺は困らないしな。

 それにしても、今回も彼は金属鎧を脱がずに休憩か。よく体力がもつものだ。
 金属鎧、暑くないのだろうか。この戦いは延々と続いていて、いつの間にか九年が経とうとしている。何度もこの季節を超えてきたが、彼は夏でもお構いなしに鎧を身に着けたままだった。

「ヴァルトさ、暑くないの?」
「何がだ」
「金属鎧。フルプレートはさすがにきつくないか?」
「……まあ、慣れだな」

 卵の黄身が固まって色が変わっていく姿を確認しながら、俺は思いつきでその鎧に触れた。火傷するほどではないが、それでもずっと触ってはいたくないくらいに熱い。

「うわ、結構熱いぞそれ」
「そうか?」
「卵は焼けそうにないけどな」
「くく……っ」

 おや、珍しい。ジークヴァルトが笑ったのは、いつぶりだったろうか。彼は元々無表情な男だったが、十年近くも一緒にいれば慣れてくるし、徐々に彼の表情は豊かになってきていた。が、あまり笑わないのだ。
 微笑むくらいならば、増えた。だが、滅多に声を出して笑うことはない。珍しい姿を見ることができた俺は、思わず呟いた。

「俺のベルンはご機嫌だな」
「いや、別にそんなことは――いや……双子の卵が見れたから、あながち間違いでは、ない……か」

 俺の言うことを否定しようとして、やめた――ってなんだよ。いや、別に俺の言うことすべて肯定する人間になってほしいわけじゃないから、別に否定して良いんだけどなあ。
 聖女ラウル至上主義は嫌いじゃないけど、そこまではする必要ないんだぞ。そんなことを思いながら、二つ目の卵を割った。
 おっと、すごいことが起きた。

「また双子だ」
「何だって!?」

 すごく前のめりだな? キラキラした目で双子の卵を見ている。目玉焼き、好きだったのか? それとも、こういう偶然が重なったりするのが好きだとか?
 もしかしたら彼は、案外夢見がちなところもあるのかもしれない。

「ラウル、こんな偶然滅多にないぞ」

 はしゃいだ声を上げる男に、俺はうっかり口を滑らせた。

「俺からすれば、笑顔のヴァルトを見れたことの方が貴重で素晴らしいんだけどね。もっと笑いなよ」

 俺が言った言葉が耳に入ったのか、彼は笑顔のまま固まった。そしてじわじわと顔が赤くなっていく。

「もっと自分を出してよ、俺のベルン」
「な……なに、を」
「きみのことだ。失礼じゃないかとか、そんなこと考えてるんだろう? 俺の相棒なんだから、普段の生活も対等にいこう?」

 戦闘中はもう、対等どころか一心同体って感じで一体感のある俺たちだけど、戦いの気配がない状態だとジークヴァルトは俺に従属してしまう。
 従属自体は悪くはない。だが、俺が求めているのは下僕じゃなくて相棒。バディとして信頼できる人間だ。つまり、俺に同意するだけの人間じゃない。

「何でも分け合ってきた仲じゃないか。今さら笑顔を出し惜しみするなんて、ずるいと思わない?」
「いや、出し惜しみでは……」
「なら、隠さないで俺に見せてよ」

 フライパンを火から遠のけながら、ジークヴァルトとの距離を詰める。じいっと見つめれば、彼は大きく目を見開いていた彼が、音がしそうなくらいに大きく瞬いた。
 初対面だった時よりもやつれた顔の男がその瞳に映っている。あー……見つめるんじゃなかった。
 年齢を思い出すと一気に老け込むから考えないようにしてたのに。

「ラウル」
「ん?」
「俺は、双子を食べたい」
「えっ? あ、ああ、双子ってこの双子ね」

 突然話題が戻り、双子が何を意味しているのか分からなくなって焦った俺は、フライパンを振りそうになる。瞬時に気づいたジークヴァルトが俺の腕を掴んだ。

「ありがとな」
「いや、別に」

 至近距離で会話を交わす。良い男に育ってきたよなあ。顔が良いってお得。でも楽しい時間をこんなことに費やしちゃってまあ……もったいない、と思ったけど。この男のことだから、俺と一緒に戦っているだけで楽しいんだろうな、と思い直す。
 俺もジークヴァルトがいるだけで、助かっているし。
 手放したくない、と思ってしまう卑怯な大人な自分もいる。だって、命を預けるに足る人間なんて、滅多にいない。そう簡単に手放せるわけがない。
 まあ、そんな大人の事情は口にできないが。

「双子の卵は二つだったけど、どっちも半分ずつにして食べような」

 大人の都合に振り回してしまっている分、少しでも何かを還元してやりたい。少し前までは、このわけあいっこは互いの存在に慣れ、知る為の行為だったが、今は違う。
 何も考えずに楽しめるようになった今、これからもこうして色々共有していきたい。俺はそんなことを思いながら笑いかければ、彼は目元をゆるませ、口をぎゅっと閉じた。

 あら、そーなっちゃうのか。可愛い奴め。

 にやついてしまいそうなのをぐっとこらえ、俺はフライパンを持ったままテーブルへ向かうのだった。

#ノート小説部3日執筆  「双子」 悪役は誰? 

アランが「メアリーという女性に出会ったんだ!」と満面の笑顔で言ったのと、親友のミアが「知っていて? メアリーさん、他の婚約者にも粉かけてるみたいよ」と訝しんでいたのは、果たしてどちらが先だったか。
その後、私は普通の令嬢を装って、笑顔でメアリーと呼ばれた彼女に声をかけた。
「貴方、メアリー、メアリー・スーさんですわね」
「何、貴方」
 彼女は最初から私を警戒していた。彼女は|私《・》のことを知らないはずなのに、悪評を知っているような顔をした。
 そんなことはないのに。
「メアリーさん、貴方、婚約者のいる男性に声をかけていると噂になっていますよ」
「それがどうしたの、私、貴方に割く時間なんてないのだけど」
 彼女も位は低いが令嬢のはずだ。相手と接するマナー自体が庶民のそれ。いや、庶民の方がマシか。
「このままでは他の方からの印象を悪くされますよ、と言いにきただけですわ」
「あっそう。どうでもいいわ」
 そう言って彼女は立ち去った。立ち去った先で、男性に抱きついてるのが見える。私は口角を上げ、誰も見ていないのに目を細めた、
「警告しましたから」

それからメアリーの周りは一変した。今まで話していた同級生が目をそらす。もちろん話しかけてこない。少しだけ、席を外しただけで壊されるお気に入りのアクセサリー。同級生が言ってた「サロンでのお茶会」にいつになっても呼ばれない。まあこれはいい。どうせ今もヒソヒソ話している女たちの集まりだろうとメアリーは思っていた。
「アラン様〜」
 そう言ってメアリーはアランに寄りかかる。薔薇に囲まれたこのベンチは2人にとって相応しい逢瀬の場であった。アランと呼ばれた青年は微笑みを浮かべながら、メアリーの頭を撫でる。
「どうかしたか? メアリー」
「アラン様の婚約者ってユリア様ですよね?」
「あぁそうだったな」
 そこでメアリーは確信する。ユリアとアランの2人にはもう愛はないと。
「私、ユリア様に意地悪されてて……婚約者のアラン様から言ってくれませんか?」
「ふっ」
「アラン様? どこに笑われるところが?」
「いや、メアリーは愛らしいなと思っただけだ。ユリア、ユリアか、以前から気に食わないと思っていたが、メアリーを害しているとは許せないな」
「以前からなんですか?」
「あぁ、政略のための婚約だ。俺はメアリーと結婚したいから、いずれ婚約破棄をしたいと思っていたが、そうかそうか」

「婚約破棄して、メアリーを婚約者にできるように掛け合おう。大丈夫、愛しているから。そうだな、近くパーティーで宣言でもしようか」

「それだけ……?」
言った瞬間、メアリーは、はっとした顔で口に手を当てた。アランはびっくりしたと目を見開いて、そしてメアリーを抱き寄せてこう言った。
「どうしたんだ、メアリー? 何をして欲しい? 俺に出来ることならなんでもしてやるぞ」
「なんでも?」
「そうだ、なんでも」
 メアリーはアランの顔を見た、頬は染まっていて目はこちらを捉え続けている。恋しているみたいに。なら、
「ユリア様達の意地悪を咎めてほしい、です」
「それは、いいが……パーティーまで日がまだある。その時までメアリーが悲しい目合わないか俺は心配だ」
「大丈夫です。アラン様と結婚できるのなら、我慢できます!あっ」
メアリーの口が塞がれた。他ならぬアランの口で。
「本当に君は愛らしい。わかった、絶対にユリアを断罪してやろう」


 パーティー当日。
 アランはメアリーをエスコートして会場につく。
「アラン様が、あの女をエスコートするなんて」「アラン様可哀想」「アラン様も趣味が悪い」「ユリア様は?」「ああ、なんてこと」そんな声がちらほら聞こえる。そんな声も美しい音色に聞こえた、メアリーの足取りは軽い。好きな人が側にいるというのもそうだが、この腐ったゴミどもから抜け出せると思うと自然と笑っていられた。

 ユリアは既に会場にいた。メアリーを見つけたとなるとギロリと音がつくように睨みつけた。それをアランが庇う。
「なぜ、その女を庇うのです。アラン様」
「ユリア、お前にはわからないことだ」

 そう言うとメアリーの手を握りアランはその場を立ち去る。

「ユリア、大丈夫?」
 ユリアの親友のミアが聞く。ユリアは頭を人差し指でトントンと叩いてからため息を吐いた。
「本当に趣味が悪いわ」

 主賓の挨拶が終わり、主催者の挨拶も終わったところで、それは言い渡された。
「ユリア、お前には失望した」
「アラン様………それはどうしてです?」
「自覚がないとはな、メアリーに悪事を働いてきたこと知らんとは言わせんぞ」
「悪事? なんのことでしょう?」
そこでアランは、メアリーから聞いた悪事を一つ一つ罰するように告げていった。ユリアはそれを黙って聞く。

「お前とは婚約破棄をする!金輪際顔を見せるな!」

 ふっと小さな息が漏れた後、ユリアは大声を上げて、笑った。それにつられて周りにいた生徒も笑う。困惑するメアリーは、隠してくれていたアランを押しのけて、大声で叫んだ。
「何が面白いんですか!」
「ふふっふふ……あぁメアリーさん、貴方一人になったから知らなかったのね。私とアラン様は婚約者ではなくってよ………こん……婚約者どころか……ふふ」

「私達血の繋がった双子ですもの」

「そんなわけないじゃない!顔だって似ていないわ!」
「あら、男女の双子では顔に違いが出るということご存じないかしら?」
 バカにされてるそう思うだけでメアリーの頭はカーっと血が上った。
「でも、あんたみたいな性悪とアラン様に同じ血が流れてるわけないわ!」
「私が性悪、だってアラン?」
「あんた、アラン様を呼び捨てして!」
 その時大きな笑い声とともに、憲兵が続々と会場に入りメアリーを拘束した。
「アラン……さま?」
「アッハッハッハ、性悪、性悪ねぇ、まあ今回に関しては俺が悪いなァ」
「ほんっと、趣味悪い。私が婚約者ってことにしてあげて協力したから今回はボロが出なかっただけなのよ、感謝しなさい」
「は〜い……というわけで、俺は君のことなんてぜ〜んぜん好きじゃないよ〜ユリアの方が君のことが好きかもね〜」
「あんたと私は思考がほとんど一緒なんだから、好きなわけないじゃない」
「そういやそうだ、みんなに嫌われて可哀想だねぇ」
「あっあんた達こんな人を騙すようなことして心痛まないの!?それにこんなことばっかりするなら!んー!」
 耳をふさいだユリアを見て憲兵がメアリーの口を縛って黙らせる。
「貴方、元庶民でしょう? だから、知らなかったのね」
「俺達、双子で王族なんだ。たしかに性格は悪いよ?でもさ、君よりは悪くないと思うな〜俺。いや、君の親よりはかな?」
 そこで、|メアリー《・・・・》は顔を青くさせる。
「貴方、メアリー・スーではないでしょう?」
「本当のメアリー・スーはもうこの世にはいない、両親もだ」
「だから、あなたの素性を調べあげるためにこのようなことをしたのです」
「そういうこと。スー家殺人幇助罪がお前にかかってる。まあ、自白しても行くのは牢獄だな」

 憲兵に引きずられるようにして出ていくメアリーを見た後、ミアは二人に「もう二度とやらないで」というのであった。

#ノート小説部3日執筆 お題【双子】 

「その名の持ち主」
*本編から20年後くらいの時系列です



 本来であれば、違う日に違う年に別々に存在するはずだったが、同じ日に同時この世に生を受けた。別れるはずが、同じく存在した理由に縋りたい。
 なぜなら、人生の節目はいつだって一緒に乗り越えたから。
 
 両親の死。
 新たな家族、しかし別れ。

 そして、新たな名前と存在意義。



 国際的な諜報機関のある一室、若い男女は並んで立っていた。数々の訓練を終え、脱落してゆく同期たちに背を押され、最終試験を突破し残った訓練生は彼ら二人だけになっていた。
 向かいに立つアメリカ支部の支部長は二人に、ようこそ、と声をかける。
「……二人のような人材を待っていた。訓練の過程も見させてもらったが、実に素晴らしい身体能力だ。あの過酷な試験も突破できたとあれば、是非とも2人に就いてもらいたいポジションがあってね」
 そして支部長は、このポジション就くのであれば、今までの過去とは別れを告げなければならない、という。そして告げたが最後、二度と帰ることは許されない。
「……前任たちに稀に見る出来事が生じて、しばらく席が空いてしまっていてね。それもようやく埋まるというわけだ。1秒でも長く、その席に座り続けてもらいたい」
 この提案に頷くということは、お互いが家族であり兄妹であり双子であるという証明ができなくなる。それでも二人は頷いた。
 お互いが同時に存在した事実はお互いの中で消えはしない。

 それよりも、二人の最愛の兄が生きるこの世界の平穏を守りたかった。幼い頃、自分たちを守ってくれたあの人を、今度は自らの手で。


「……改めてアメリカ支部へようこそ。トマス・スミス、サマンサ・テイラー」

#Noトラブル!Noライフ! #スピンオフ

#ノート小説部3日執筆 メロンパフェが食べたいらしい……/お題「双子」 

「おい、パフェ食べにいくから来い」
「はぁ……」
「文句あんのか?」
「いや、ないけど……」

 土曜日の休日、昼飯を前にして双子の姉の鶴の一声で、
 何故かパフェを食べることになった。
 
 世の中の双子の様子は知らないが、
 ウチの姉弟の力関係は姉が上で弟が下である。

 つまり、ニンジャとして、急に現れるのが姉、
 罪のない一般人として殺されるのが弟である。

(アラスカン・マラミュートの動画見てたのに――)

 そんな、独白を無視して――
 めかし込んだ姉の付き添いで、電車に乗って下りで六駅。

(パフェにしては遠くね?)

 姉は弟のささやかな疑問は無視して、
 途方特有の商業施設の中を大型バイクのように突き進む。

 辛うじて体裁を保つ弟を
 サイドカーのように引き摺っていく。

 目の前に現れたのは、喫茶店。
 ノット フードコート、ノー 大手チェーン。

 しかし、軒先に張り紙一つ。

「夏のカップルフェス、二人で一緒に来たら、特別メニューの季節限定メロンパフェ……」

 ああ、なるほど――
 姉のことながら、遅刻していた合点が合流した。

「だから、カレシの振りしろ」
「はぁ……」
「文句あんのか?」
「姉ちゃん、カノジョの振りできんのかよ……」

 それは丁度、今追いついてきた新たなる疑問だった。
 直後に目一杯赤面する双子の姉、ブリーチして編み上げたツインテールに、チョコミントみたいな一張羅を着た地雷系メイクの我が姉が……

「……」

 ――赤面している。

「そこはお前がどうにかするんだよ」
「へい……じゃあ、メロン食べよっか……」

 あぶない、あぶない。 
 ここで選択肢を間違うと――顔面に拳骨が飛ぶところだった。

◆◇◆

「ねぇ、緊張しすぎじゃね……?」
「これは、武者震い。二人分食べるし」
「そう……」

 ここは、カフェの最奥のテーブル席。
 引き続き、姉の口数は少ない模様。

 襤褸が出てはいけないということで、
 上気した姉は奥に押し込んで、
 すべての応答を代行して様子を見る。
 

「カップルドリンクで~す」

 おっと、注文していない品が運ばれてくる。
 何らかのジュースにハートのストローが刺さった一品。

「いや、頼んでないス……」
「サービスで~す」
「そう……」

 ていうか、店員のお姉さん。
 めっちゃ笑顔&熱い視線で見つめてきて怖い。

 だが、まてまて、冷静になろう。
 一旦、スマホを取り出してカップを背景に――
 二人のピースだけワンショット。

 ストーリー用の儀式クリア、これ大切。

「さ、飲んで。クールダウンしよ……」
「おう」

 とりあえず、体温を下げる意味でも姉にドリンクを薦める。
 それに、まんざらでもない表情で答える我が姉――

 ここで何故か目線を下げる。
 なぜ? 躊躇したら此方がやられる状況……

 いや、そうか――二人で飲まないといけないのか。

「おい」
「何さ……」
「昨日の八割残ったコーラ、飲んだのあたしだから……」

 我が姉ながら、その悲しい情報要らない。
 その、涙袋が強調された上目遣いも要らない。

 赤面したまま、ジュースがストローを通っていく。
 結局味の方は良く分かりませんでした。

◆◇◆

「おまたせしました、カップル専用、夕張メロンパフェでございま~す☆」

 記憶が一瞬飛んでいる間に、
 だいたい1.5人分くらいのパフェが來る。

 夕張メロン、でかく三切れも突き刺さっており圧巻。
 オレンジ色のアイス多数、ホイップクリームが大量。
 後は小さいメロンの球がグラスにたくさんと――多分フレーク。

 そのへんで脳が全容の把握を放棄する。

 そして、あろうことかパフェスプーンは一本。
 ははーん、真のカップルならコレで食べさせあえるだろ、と……

 俺は無理だが?

 どうやら既にキルゾーンに脚を踏み入れていた模様。
 万事休す、といったところか。
 とりあえず、写真を撮っていると――我が姉が、奴隷の襟を引きやがり遊ばせました。

「おい」
「はい、なんでしょう……」
「メロンからな、次はアイス、間違えたら許さないから」

 我が姉が赤面しながらも、普段どおりの言動をこぼす。
 OH、これは双子特有の一見独創的なパスを寄越したように見えて、相手を理解している故のトラップ不要のスルーパスが飛んで来た奴や!!

 ライク ア 金ノック蘇生。
 間一髪で正気を取り戻す。

「はい、あーん」
「あーん……」

 後は餌付けの要領で食わせればいいだけ。
 でっかいメロンをふた切れ連続で姉に献上。

「おいしい……?」
「甘すぎて溶けるから」
「から……?」
「たべさせてあげる」 

 そういって、急に掌からパフェスプーンを踏んだくる姉。
 その後、即座にメロンを突き刺し目の前に突き出してくる。

「はい、あーん」

 選択肢なし。
 じゃあ、一口。

 あ、美味しい。

 ぎゅっと――詰まった、
 きめ細かい果肉特有のやわらかい繊維の感覚。

 何より、ジュース飲んでるのかと錯覚する甘さがいい。

 ただ、これは言える。
 メロン香料と比べて味が深い。

 すみません、食レポ下手すぎました。

「堪能したろ? アイス取れ」
「仰せのままに……」

 それから、我が姉弟は互いにメロン果汁たっぷりのアイスを食べさせあい――バニラアイスとチョコレートケーキを、生クリーム含めて半分こにして、普通のメロン玉を姉の口にひたすら放り込んだ後……

「美味しい?」
「はい、おいしいです……」

 溶け出たメロンアイスで蕩けたコーンフレークを弟の責務として処理するのであった。

 甘いタイプのフロスティみたいなフレーク、うぃず、たっぷりのメロン果汁が味わい深いふにゃふにゃ食感が舌の上を踊る。

 そのハーモニーを楽しみながら、ほぼ噛めないけど咀嚼していくの実は楽しい。

 一年分は食べたであろうメロンの風味さがアイスと生クリームと混ざり――それはそれとして、固形物食べてなかったから、コーンフレーク美味しい、コーンフレーク……
 
「ん」
 
 そうして、コーンフレークを食べていたら、
 急に双子の姉が俺に身を乗り出してくる。
 何をする気? なんか選択肢間違った?
 
 思考停止して動かない肉体と思考がフリーズしていると――

「急いで食べ過ぎだし、コーンフレーク好きかよ」

 姉の指先が唇のふちをなぞり――すっと細い白魚のような指にこびりついた雪のカケラのようなコーンフレークを、無遠慮に舐める。

――唾液を飲み込む音が、嫌に大きく響く。

「ねぇ、来てよかったでしょ?」
「それは、もう」
「よかった」 

 その言葉の直後、普段はしかめっ面が八割な姉、口角が急上昇――例えるなら、満面のひまわりのような“笑顔”が浮かんだ。
 
「特別に割り勘で勘弁してやる」

(そこは俺が奢るんじゃないのかよ――)  
 
 という言葉を、唾と一緒に飲み込む。

 あぶない、あぶない。 

 ここで選択肢を間違うと、
 双子の姉に恋をしてしまうところだった――

 ごくり、とつばを飲み込む音が嫌に大きく響いた。

#ノート小説部3日執筆 お題「双子」 

エイドとミモザは双子の兄妹だ。……ただし、それぞれの世界では、の言葉が先につくが。
 ある事情から別の世界からきたエイドと最初に出会ったのはミモザだが、この世界のエイドは何年も前に病気で亡くなっていたため、彼女はエイドが現れた事に非常に驚いた。その後、両親も交えてエイドの事情を聞き、行く宛がないならここに住んだらどうかと誘いをかけた。部屋に空きはあったし、何より、別の世界の人間とはいえ成長したエイドに会えて嬉しかったのもある。 
 ……それが半年前の事。お互いに一線を引いている部分はあるものの、エイドとミモザは少しずつ慣れてきて良い関係を紡ぎつつあった。

 そんなある日。
 居間の前を通りかかったミモザは食卓の椅子に腰かけているエイドの姿に足を止めた。
 エイドは飾り紐に通して首から下げた小さなスプーンを右手に持ち、どこか懐かしむような柔らかい表情で眺めている。……それは先日、彼が元いた世界にいるミモザから送られてきたアイテムだった。
 その様子にミモザは少しだけ迷いの色を浮かべ──一度深呼吸をしてから居間に足を踏み入れる。
「……よく見てるね、それ」
 微笑んでそう声をかければ、エイドはフッと顔を上げてミモザの方を見る。視線の先の相手は対面の椅子に座る所だった。
「元の世界、懐かしい?」
「……そうだな、少しだけ」
 シャツの中にスプーンを仕舞って姿勢を正し、エイドは柔らかい表情のまま笑う。……あまり自分達には見せないが、エイドが一人の時にスプーンを見て物思いにふけっているのをミモザは知っていた。
 ……本当は元の世界に帰りたいのだろう。彼の事を考えるなら帰るための方法を探す手助けをするべきだ。
 ……ただ、半年を一緒に過ごし。
 この世界のエイドが生きていたらきっとこんな生活だっただろう──……そんな思いがミモザにも両親にもあり、中々その言葉を言えずにいた。

「……ねぇ、エイドさん」
「ん?」
 床に視線を落としながらの呼びかけにエイドが顔を向ける一方、ミモザは俯いたまま口を閉じていたが、ややあって顔を上げる。
「もし……もしね。元の世界に帰る手段が見つかったら……帰りたい?」
「…………」
 その言葉を聞いたエイドの瞳に一瞬期待の色が浮かび──だがすぐにそれを消し、少し目を細めて微笑みを向けた。
「帰りたいとは思うが、こっちに来る原因が解決してるかが判らないからな。そうそう帰る訳には行かないんだ」
「……そ、そうなの……」
「あぁ」
 ミモザの表情がどこかホッとしたようなものになったところで、廊下の方から彼女を呼ぶ声がいた。
 
「ミモザ、悪いけどちょっと手伝っておくれ!」
「あ……はーい! ……ごめん、エイドさん。行ってくるね」
「あぁ、判った」
 自分を呼ぶ母親に返事をして、ミモザは椅子から立ち上がり。エイドの言葉に微笑んでから居間を出て行く。
「…………」
 一人残されたエイドはシャツの上からスプーンに触れて──それから、フッと窓の外に視線を移す。……ゆるゆると日が暮れて、暗くなっていく空は今の自分みたいだ。
 そんな事を考えながら、エイドはしばらく空を眺めていた。

#ノート小説部3日執筆 「古い手帳」 お題:お守り ※またしても遅刻申し訳ありません 

アルスにはお守り代わりにしているものがある。
それは、今の世界に飛ばされた時に唯一持っていた研究手帳。
黒い革張りのそれにはみっしりと、彼女の詩や研究内容が書き込まれている。
音声を魔術媒体として扱う彼女は、昔から魔術師の師匠の元で研究をしていた。
師匠の子があまりにも音痴で、彼が歌うたびに何かを壊してしまうのを見ては、歌っていた内容や音階、彼の気分などを聞き出しては事細かにメモを取ったこともある。
今となってはその手帳だけが彼らとの繋がりを残すものとなってしまった。
アルスは元々は違う世界の住人だった。
魔術の暴走事故に巻き込まれ、気が付いたら身一つで今の世界に立っていたのだ。
風土も言葉も文化も異なる世界に。
言葉については、元々言語学研究をしていたのが功を奏してそこまで困ることもなかった。
未知の言語といえど、構成はある程度パターン化される。
その構成パターンさえつかんでしまえば、あとは語彙を習得していくだけでいい。
ネックとなったのは衣食住の確保であったが、幸いアルスが飛ばされたのは流浪の民にも寛容な土地で、何度か行き倒れてはそのたびに親切な人に助けてもらい、食事やその日の寝床を恵んでもらっていた。
とある時にせめてものお礼に、と歌を披露すると、酒場で歌って稼ぐという方法があることを教えてもらった。
それからしばらくは酒場の歌うたいとして糊口を凌ぎ、やがて『戦術歌唱部隊』なる国軍の一組織ではあるがはぐれ者の集まりのような部隊の存在を知り、そこの一員となることで衣食住に困らない生活を手に入れたという次第である。
研究成果を書き貯めていた手帳がまさしく生命線となったといえよう。
そういうわけで、アルスにとってはこの手帳こそが命と同等に大事なお守りとなったのである。
戦術歌唱部隊として戦場に立つようになってからはますます手帳は手放せないものとなった。
部隊の一員として覚えておく必要がある歌を書き留めておく必要もあったが、何より歌を専門とする部隊なのである。
この部隊そのものが研究対象に満ち溢れた宝の山で、手帳のページはいくらあっても足りないくらいだった。
大規模な戦闘が行われる最中で、アルスは夢中になってメモをとりまくり、また自身の歌唱魔術用の詩をいくつも練り上げた。
戦争が終わる頃には手帳は書く余白がなくなっていたため新しい一冊を買い求めることになったが、それでも共に世界を渡り死線を潜り抜けた手帳は今も肌身離さず持ち歩いている。
これこそがアルスの存在証明、そして元の世界とのよすがだったから。
それに何より、アルスにはこの手帳を媒介に
行使して(うたって)みたい魔術(うた)があった。
──元の世界に戻る魔術。
今の世界も随分と知り合いが増え、居心地のよさすら感じてはいる。
けれどやはり元いた場所が恋しくもあるのだ。
それに自分に懐いてくれていた師匠の子のことも気にかかる。
あの子は私が突然いなくなって泣いていないだろうか。そんな風に思ってしまうのだった。
彼のことを思いながら、アルスは荒野でひとり旋律を紡ぐ。
旋律に乗せる歌詞はもちろん故郷の言語で。
高らかに厳かに歌い上げる。
そこへ一瞬、低い男の声の詠唱が重なったような気がして──途端、懐かしい空気が鼻をくすぐった。
少し離れたところに見える青年がきっと詠唱の主だろう。驚いたようなまなざしでこちらを見ている。
その顔には見覚えがあった。
覚えている姿からは随分と成長していたが、間違いない、彼は師匠の子だ。
自分が事故で飛ばされてから元の世界ではそんなに時間が経ってしまっていたのか、それとも少し未来の時間軸と繋がったのか。
理由はわからないが、ともかく元の世界に戻ることには成功したのだ。
……そう思ったのもつかの間。
歌い終えるとアルスは再び元の荒野にひとり立っていた。
そしてもう一度同じ歌を歌ってみても、今度は何も起こらずただ荒野に歌声が響き渡るだけだった。
どうやら一瞬でも世界を渡れたのは、師匠の子の魔術と共鳴したからだったらしい。
「あの子、立派に成長してた……」
朗々と響く詠唱はとても心地のよいものだったが、今でも歌は下手なのだろうか。
聞いてみたいことは山盛りだった。
魔術師として成長したのなら、聞いてほしいことも山盛りだった。
今回歌ってみた歌をもっと洗練させれば、いつか単独で元の世界に戻れるかもしれない。
そう思うと、古い手帳の重みが一層増した。
「今度は一緒に歌えるといいわね、ダナス」
アルスはそうひとりごちて、お守り代わりの古い手帳の表紙を愛おしそうに撫でたのだった。

おわり

古いものを表示
Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。