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#ノート小説部3日執筆 『“メモを取りに行く”話』 

ここは半獣保護施設。文字通り、合成半獣(アノマニマルズ)が合成半獣を保護する施設。
んで、アタシはそこの職員。ついさっき廊下に出たとこ。
「あれ、アタシ何しようとしたんだっけ」
チクショウ、いつもの物忘れだ。メモに残せばいいんだけど、寮の部屋にメモ自体を忘れてしまった。
「ジェイラー
橿原(かしはら)千夏(ちか)、部屋へとメモ紙を取りに戻るのではなかったか?」
そうだった、そのメモを取りに行くんだ。だから廊下を歩いてるんだ。
「そうだったそうだった。いつもありがとう
律花(りっか)ちゃん!」
教えてくれた囚人、律花ちゃんにお礼を告げる。
※ここでの“囚人”とは、保護されている側の合成半獣のこと。監獄時代の名残でそう呼ばれている
「礼には及ばないさ」
律花ちゃんはもふもふの耳をぴょこぴょこさせた。なんの種族だっけ、イヌ科だった気がする。

保護対象に助けられるのは情けない、って何度も言われた。でも仕方ないじゃんね。忘れちゃうんだもの。
それに、ここのスローガンは『相互助力、相互監視』だし。職員とか囚人とか関係なしに、協力し合えばいいじゃないの。

んでんで。寮の方まで来た。道中でなにか話した気がするけど覚えてないから、他愛もない話だろう。
「え〜〜っと、何しに来たんだっけ」
「メモを取りに来たのだろう?そのメモが手元にない訳だが」
「そうだったそうだった」
いつもこんな調子。これじゃ、どっちが保護対象か分からない。

メモは机の上に置きっぱなしだった。準備のときにしまい忘れたんだろう。
「あったあった。メモはお守りみたいなモンだし、しっかり持っておかなきゃ!」
ちゃんと制服の内ポケットに入れておく。ペンも入ってるし、これでいつでもメモを取れるぞ。

部屋の入り口で待っていた律花ちゃんが、ちょっと不思議そうに見ていた。
「……時に。質問をしてもいいか?あまり大した事ではないが」
律花ちゃんから質問が飛ぶのは珍しい。普段はアタシが質問する側だからなおさら。
「いいぞいいぞ。どしたの?」
とりあえず、メモを書く準備をする。聞いてるうちに忘れないように、聞いたものをとにかく書いておくために。
「“お守り”というのは、一体どういったものだ?」

突然哲学めいた話が飛んできた。あっけに取られているうちに、律花ちゃんはどんどん話し出す。
「あぁ、定義は理解しているつもりだ。信仰の元において、所持することで特定の“加護”を得られるものだ。そうだろ?」
多分そう。分からないけど、きっとそう。半分分からん感を出しつつ頷きながら、聞き取った単語をメモする。
「ただ、その加護というものは何なのだ?超常的な力であるなら、我々の何者かが自由に扱えるはずだ。そうでないのなら、その力の実態は何なのか?」
完全に分からない。メモは取ってるけど、文字の音写しをしているだけなので、意味は理解できてない。
もっと賢いと分かるのかな?『後でウミトゲヘビちゃんに聞く』って書いておこう。

「う〜ん……?えっとねぇ、わからん!」
正直に答える。無茶に変な事言うのは良くない。
「でも、何となく、持ってたら気分が楽になるし。緊張しなくなったら、ちゃんと作業できるようになるし、それから……えっとね〜……」
思ったことをなんとか言おうとしたけどダメそう。やっぱり、考えがまとまってない時は話すべきじゃないな。

律花ちゃんは口元に手を当てた。いつもの考えるときのクセだ。
「……なるほど、言わんとする事は理解した。よく言うところの“心の拠り所”というものか」
うん、たぶんそういうこと。アタシは全く分かってないけど。そんなアタシをよそに、律花ちゃんは話を続ける。
「確かに、拠り所があれば心理的に落ち着くだろう。“なんとかなる”という謂れのない自信が付くのも頷ける」
なんか一人で納得してる。
「まあ確かに、アタシにとって
これ(メモ)は“あったら安心する”ものだし。だいたいあってる?のかな」
『あったら安心する』というよりも、『ないと不安になる』が近いかも。似たようなことだけど、ニュアンスはちょっと違う。
忘れんぼだし、思い出す時間もバラバラだから、メモに残しておかないといけない。自分の名前でさえ、たまに忘れるようなアタシには、そのくらいしないといけない。
それでも覚えていないものも、もちろんあるけど……。

「なんかゴメンね?うまいこと言えなくて……」
「いいや、突然このような事を訊いた私にも落ち度はある。すまない、反省しよう」
律花ちゃんは耳を伏せた。イカみたいでちょっとかわいい。
「私にはそういった、縋りつける信仰が無くてな。少々、羨望――あー、憧れのようなものがあるんだ」
そういえば、この子はそういう厳しい国の育ちだった。なんやかんやで逃げてきたんだって、言ってたな。

「……ジェイラー、そろそろ仕事に戻ろうか?」
そうだったそうだった、今は勤務時間なんだった。そろそろ戻らないと、またいろいろドヤされちゃう。

部屋を出る前に、覚えているうちに指差し確認をする。
「メモ持った、窓の鍵かけた、シフトの確認もした。うん、全部ヨシ!それじゃ、仕事いくぞ〜!」
部屋から出て、仕事現場に向かう。今日は裁縫室の見張り番だ。ミシン直ったかなあ。
「ジェイラー、部屋の鍵を忘れているぞ」
「やっべ!教えてくれてありがとう律花ちゃん!」

#ノート小説部3日執筆 の第25回を8月19日(月)~8月22日(木)の間で開催します!お題を決める投票をこのノートの投票機能で行います。Misskey.ioノート小説部のDiscordサーバーの参加者に募ったお題と前回から繰り越されたお題あわせて10個のなかから一番人気のものを第25回のお題とします。今回は8月22日(木)の24時間の間に公開する運びにしましょう。順位はつけません。一次創作・二次創作問いません。R18作品は冒頭に注記をお願いします。よその子を出したい場合の先方への意思確認とトラブル解決はご自身でお願いします。皆さんの既に作っているシリーズの作品として書いても構いません。ノートに書き込むことを原則としつつ、テキスト画像付きも挿絵つきも可です。.ioサーバーに限らず他鯖からの参加者さまも歓迎いたします。それでは投票よろしくお願いします!

#ノート小説部3日執筆  「お守り」 此処にいて欲しいから 

「けえるんか、蓮」
「うん、じいちゃん。私帰るよ。明日も仕事だしね」
「ちょっと待てえ」
「何?」
 じいちゃんは、私の声を聴く前にさっさと奥へ行ってしまった。不思議な人だと思う。
 何年振りに帰ったのに、じいちゃんの声を聞いたのは最初の「よお、来たのぉ」だけで、ほとんどはばあちゃんと話していた。
「ばあちゃん……じいちゃん何しにいったん? 野菜も米も貰っとるよ」
「さぁねえ、じいちゃん、蓮ちゃんのこと大好きだから、何かあげたいと思うとるんよ」
「ほんま?凜兄じゃのうて?」
「凛くんも大好きよ。でも、蓮ちゃんは昔からうちに来てはじいちゃんのお手伝いばあしてくれようたから、じいちゃんも蓮ちゃんのことかわいいんよ」
「そうなん……」
 不思議な気分だ。確かにじいちゃんの手伝いと称して畑に連れて行ってもらったが、それも幼稚園ぐらいのちっちゃい頃で、じいちゃんの表情が柔らかくなるのが、畑仕事や米作りしてる時だと知ってから、つきまとっていただけで、じいちゃんも子守させられて嫌だっただろう。ばあちゃんはだいぶ美化しているようだが。
そうやって、ばあちゃんと話してると、じいちゃんが厳しい顔をしながら、こっちにやってきた。じいちゃんは昔は姿勢がまっすぐだったが、今では腰が少し曲がっている。手は後ろになっているから何を持ってるかわからない。
「ほれ、手え出しい」
「うん」
 ぽとりと落とされたのは、お守り、にしては少し不格好なものだった。ばあちゃんはなんとも言えない表情で「そういやあ、今年じゃったね」と呟くように言った。
「じいちゃん、このお守り何?」
「蓮、帰るとき山越えるんじゃろ、それを持っとけ」
「うん。じいちゃんがくれたものだから貰うけど、なんで山超えるときに持っとかなきゃ行けないの?」
 そう、私はこの町の外に就職してから、何度かこっちに来ている。そのときは渡されなかったのに、どうして今という気持ちがある。
「蓮、危ないけえ持っとき」
「凜兄とか母さん父さんには渡したの? 山越えることよくあるけど」
「蓮だけじゃ」
「えっ……私昔山で転んだとかないよね。そうだったら、工事の時何か起こってるはずだし……」
手のひらに置いたままのお守りを本当に受け取っていいものか悩んでるとばあちゃんが両手をそっと包んで閉じた。
「それ、じいちゃんの手作りなんよ。ちゃんとお寺でのお祓いもしてもろうたから、持って帰り」
はぐらかされた気がするのは何故か。でも、これ以上追求する気にはならなかった。ばあちゃんなら完璧に作るだろうお守りが不格好なのはじいちゃんが自ら作ってくれたってことは本当だろうし、それだけで貴重だ。
「色々言ってごめんね。じいちゃん、作ってくれてありがとお。ばあちゃんもありがとおね。また今度帰ってくるから、それまで病気せんでよ」
「せん」
「これ、じいちゃん。蓮が帰るけえ、な」
じいちゃんは黙った後、こう口を開いた。
「蓮、また電話してこい」
「うん、じいちゃん、また電話するね。ばあちゃんも電話するね」
「ありがとおな、蓮ちゃん」
「じゃあ、野菜もお米も積んだし帰るわ」
「バイバイ蓮ちゃん」
「蓮、まっすぐ、帰れ」
「じいちゃん私もう30よ」
「わしにとっては子供とかわりゃせん」
ふふふと笑いながら、私は暗闇の中、車を走らせた。
じいちゃんのお守りは他の交通安全のお守りと同じようにかけている。
正直真っ暗な中を走っているので、山なのかわからないが、この車の少なさは山を越えてるんだろうなと思った。

 そこで、私は変なものを見た。
「〇〇!お願い!出てきて!」
 と呼ぶ女性の声。〇〇はもちろん私の名前ではない。でも、どこか懐かしい。そちらに行こうとすると、クラクションが鳴った。
 そこでハッと気づいた。こんなところで居眠り運転するなんて。後の車の運転手さん、怒ってるだろうな〜と思っていたら、後ろには何もない。
 聞き間違いかも。それにしても道のど真ん中で車を止めて寝るとか、じいちゃんに知られたら怒られるどころじゃないな〜早めに忘れんと。

 そのまま、車を走らせ、私は無事家に帰った。じいちゃんのお守りを一応側に置くために、枕の隣に置いた。
  夢で、女性が泣いている声が遠くで聞こえたが、徐々に聞こえなくなったので、起きたら忘れた。
 起きて、改めてじいちゃんのお守りを見る。不格好に「れん」と縫われている。
 それがなんだか嬉しくなって、会社にも持っていたのは私だけの話。

#ノート小説部3日執筆 お題【お守り】え、それ本当にお守りだったの?(ほんのりBL)#おっさん聖女の婚約  

「……お守り、ねえ?」

 俺は薬指にはまった指輪を見つめて呟いた。婚約が決まって早速渡されたのが、これだ。本当に、本気なんだなぁ……と、俺好みのデザインの指輪を見るたびに実感する。
 まず、宝石が邪魔にならないし傷もつきにくそうだ。どこかにぶつけたりしても大丈夫なように、宝石が指輪の一部であるかのようなデザインになっている。そう、指輪自体が宝石の台座に見える意匠なのだ。

 一見するとシンプルだが、よくよく見ると実は装飾がすごい。指輪の彫刻は普通は見える部分にするものだ。この婚約指輪は、側面に蔦模様の彫刻がされていた。
 ベゼルセッティングをベースにすることで、宝石が日常生活の邪魔にならないようにした上で、さりげないデザイン性を持たせる。そう簡単に思いつくものではないだろう。

「俺のこと、めちゃくちゃ好きじゃないの」

 口に出してみると、なんかむず痒い。昔からプレゼントは渡す方だったから、もらうのってこんなに照れくさいものだとは知らなかったな。
 しかも、これを渡してきた時の言葉が「お守りだ」ときた。普通に「婚約指輪だ」と言って渡してきても良いものを。ジークヴァルトのことだから、いつもの病気を発症したのだろう。

 彼は緊張すると、言葉の選び方をコントロールできなくなるらしい。引くぐらいに直球を投げてくるか、何が言いたいのか分からないくらいの遠回しな言葉になるか……。どちらになるかはその時にならないと分からない。
 まあ、そこが人間として愛らしいなと思うわけだけど。
 俺は宝石が輝くように、手を太陽にかざした。

「……ラウル」
「おわっ!?」

 突然声をかけられて振り向けば、顔を赤くしたジークヴァルトが立っている。その表情から、どうやら一部始終を見られていたのだと察した俺の顔が火照っていく。

 あ、これは聖女の絵画をこっそり見に行っていたジークヴァルトが俺に見つかっちゃった時の逆パターンだ。確かにこれはかなり恥ずかしい。
 俺は当時の彼に申し訳なかったと心の中で謝ってから、たった今の出来事を誤魔化すべく口を開いた。

「はは、見られてたか。
 これのこと、お守りって言いながら渡してくれただろ? どういう意味だったのかな、と思ってさ」

 照れくさい気持ちは隠さずに、堂々と。そうすれば、変な空気にはならないだろう。ジークヴァルトを困らせたいわけではない俺は、あくまでも雑談のように振舞った。

 俺の質問が意外だったのか、それとも俺が指輪を眺めていた理由がジークヴァルトの想像とまったく違ったのか、彼はきょとんとしてから考える素振りを見せる。

 無骨な指先が、彼自身の唇をそっと撫でる姿を見つめていると、自分が彼に婚約指輪を渡していなかったことを思い出す。いや、忘れてたわけじゃないんだ。サイズが分からなかっただけで……。
 あと、普通に……指輪って騎士にとって不便なんだよな。

 指輪してるだけで剣を握る邪魔になるんだ。正直、俺は騎士に戻るとしたら指輪はしたくない。
 慣れれば違うのかもしれないが、少なくとも俺は指輪否定派だ。今の俺? 聖女をやってるおかげで――というよりも、魔界の扉を封印して魔獣と闘う必要がなくなったから剣を持たなくなった。それに、ジークヴァルトがいるから剣を使うのはほどほどで済むからなあ。
 剣を握ることにそこまでこだる必要がなくなっただけだ。

 なんて俺が思考を脱線させている内に、向こうも思考をまとめたらしい。タイミングよくバチッと視線が合った。せっかく顔色が戻っていたのに、ぼふっと音がしそうな勢いで再び彼の顔は赤くなった。
 ごめんって。

「……本当に、それはお守りだったんだ」
「そうなの?」

 どういうことか、まったく分からない。俺は素知らぬ顔で首を傾げて続きを促した。

「元々その指輪はラウルをイメージして、彫金師に作らせたものだ」
「へぇ……それで?」
「それを、お守りとして、ずっと持っていた」
「ん……?」

 だめだ、意味が分からない。俺をイメージした指輪を作って、お守りにしてたって何だ? 誰か解説してくれ。ジークヴァルトのことを結構知っているつもりだったけど、最近よく分からなくなってきた。
 うーん。おっさん、自信なくしちゃう。

 あれか? 子供に親が送る指輪みたいな感じか? そこまで考えて、そういえばと思い出す。ジークヴァルトは首に巾着をかけていた。その中身がこれだったのだとしたら……。
 ずっと身につけていたのは分かるけど、その意味が分からない。

「お守りにして持ち歩いてたって、どういう意味?」
「それ以上の意味は、あるのか?」
「……ないかも。いや、そもそもどうしてそれがお守りになるのか、ピンとこなかったんだよね」

 分からないことばかりだけど、その俺の混乱を彼は理解していない。分からない人同士だと会話が成立しないんだよなあ。
 どうしたものか。
 俺の質問の意図は伝わったらしい。彼は少しずつ語り始めた。

「ラウルを守る為には、俺自身を大切にする必要がある」
「……うん?」
「俺が倒れれば、ラウルが守れない」
「確かに」
「だから、ラウルをイメージしたものを身につけた」
「……ああ、何となく分かってきた」

 俺の概念をお守り代わりに身につけて、それが壊れないように振る舞うことが結果的に自分の身を守ることに繋がるってことか。
 なるほどな。本当に真面目な男だ。ってことは、これはずいぶん前に作った指輪……。
 そうと分かれば、別の疑問が浮かび上がってくる。

「これ、指輪のサイズってどうやったんだ?」
「思った以上にラウルの指にぴったりだったから、俺自身驚いている」
「すごいな!」

 この男、すごい。俺は純粋に尊敬の念を抱いた。俺に対する敬愛の気持ち――さすがに、当時はそうだったに違いない――だけで、こんなものを作ってみせるのだから。

「ところで、どうして俺にこれを?」
「ラウルの指に似合うように、とも考えて作ったからだ。それに、俺の命を守り抜いたお守りだから、これからはラウルを守ってもらおうと思ってな」
「ふぅん……?」

 俺はそっと指輪を撫でる。てっきり、お守りとは虫よけ的な意味のものかと思っていた。我ながら俗っぽい考え方をしていたものだ。彼がひたすら真面目で、愚直なほどに俺のことを敬愛してくれていたことは知っている。
 そんな彼が俺に対して恋愛感情を抱いているのだと知ってしまったから、俗物的な考えをしてしまったんだろう。
 俺も、まあ……元々俗物だしな。今はちゃんと聖女様しているけど。

「ヴァルト」
「何だ」
「今度、俺にもお守り贈らせてくれよな」
「……っ!」

 あら、また顔が赤くなっちゃった。これはしばらく元の場所に帰さない方が良いな。そもそも本来の用事を聞き出せてないし。

「そうだ。装飾物について、認識のすり合わせをしようか。あと、きみの用事も」

 俺はそう言ってジークヴァルトを手招きした。さあ、まずは本題を。それから、お守りとして身に着けるなら何が良いのかの確認を。あとは……そうだ。この宝石を選んだ理由も教えてもらおうか。
 ジークヴァルトが俺の質問に真面目に答えていく姿を想像し、俺は小さく微笑んだ。

『これが「お守り」ならば、』 #ノート小説部3日執筆 お題「お守り」 #みづいの スピンオフ 

※物騒な発言・家族の不和 等に触れています
※本編の前日譚です

***

「……は? 要が持っているナイフについて知りたい、だと?」
 それをどうして私に聞くんだ。第四班のリーダー、大崎さんは戸惑ったような顔をして言った。
「そもそも、君は第二班の所属だろう。ナイフについて知ったところで何になる」
「あ、あー……あはは……」
 曖昧に誤魔化しても彼女には通用しない。目に疑念を宿したまま、大崎さんは呟く。
「敵情視察は感心しないな」
「……はぁ。まさか気づかれていたとは、無能と呼ばれる割に勘が鋭いようで」
「異能に頼れないなら当然のことだ。わかったなら帰れ」
 言葉を言い終えるや否や、大崎さんは視線を外し――俺を睨んだ。俺の盗み聞きにも気づいていたらしい。
「お前のことだから、こいつが私の元へ来ることも理解していたんだろう? なぁ、要」
「ご冗談を。私には未来予知などできませんよ」
「御託はいい」
 いつの間にやら姿を消していた男のことなど忘れたかのような態度で、彼女は俺に文句をつける。俺は小さく笑って言葉を流した。
「それにしても、どうしてお前のナイフなんか知りたがったんだ?」
「さぁ? 私に聞かれても困りますね」
 肩をすくめる。俺が持っているナイフは一本しかない。持ち手が木製の、何の変哲もないペーパーナイフだ。無論、秘密も何もない。
 武器になりえないような道具で俺が戦えているのは、単純に異能との相性がいいから。どれだけ強力だろうと、俺はきっと火炎放射器では戦えない。試したことはないが。
 しかし、どれだけ説明しても理解を拒む人間はいるのだろう。何か秘密があるのではないか、隠している武器があるのではないか。そう邪推しては問い詰めてくる連中は過去にもいた。だが、そう言われても――。
「武器にこだわる必要がないだけ、なのですがね」
 小さく呟く。誰にも聞かせるつもりのなかった独り言は、しかし大崎さんの耳には届いてしまったようだった。
「なら、なぜ今もそれで戦い続ける。もっと扱いやすい道具だってごまんとあるだろうに」
 疑問と呼ぶには強い声が返ってくる。我らがリーダーは、威力にも耐久力にも劣る道具で前衛に出る俺が気に食わないのだろう。綺麗な言葉で飾れば、心配。
 過保護な親心にも思える彼女の気持ちを鼻で笑って吹き飛ばし、俺は短く言葉を返した。
「形見ですから」
「ッ! ……すまない」
 単なる事実でしかない言葉に、なぜか大崎さんは罪悪感を抱いたようだ。目を逸らしながら謝罪を述べられる。
「謝罪の必要はありませんよ。謝られたところで何も変わりません」
 我ながら冷たい言葉選びだとは思う。だが、あの両親に悼むような感情が向けられるのは許せない。
 そう突き放しても大崎さんの気持ちは晴れないようで、もごもごと「しかし」だの「それでも」だのと繰り返している。
「形見として持ち歩くほど、大切な記憶なんだろう……?」
「大切……、それはまぁ、確かに」
 世間で呼ばれるような「大切な記憶」ではないものの、俺の核には違いない。そこは否定せず頷く。
「だったら、私の発言はその記憶を軽んじるものになる。……私が楽になるための謝罪というのは否定できないが」
 やはりそう来るよな。予想通りの返答だ。
 どうにも生真面目なこの人は「家族」というものを神聖視している。崇拝にも似たそれを、俺はずっと崩壊させてやりたかった。
「……そのような意味であれば、謝罪は受け取ります。周囲からすればどこにでもある道具ですが、私にとっては大切――そう、大切なお守りなので」
 だが、その時は今ではない。ぬるま湯で育ったようなこの人を折るのは、もっと先の話だ。

 大崎さんが席を外し、室内には俺一人が残された。ペーパーナイフを手に持ち、鞘と呼ぶには心許ないほど薄っぺらいレザーを外す。
 これが、俺の「核」だ。生きることに価値を見いだせなかった俺が、親の支配から逃れる気力さえなかった俺が、新たな道を切り開くために手にした武器。
 親の形見、お守り――間違っているわけではないが、やはり正確ではない。所詮、俺にとっては武器でしかないのだから。
「……誰かを守るために戦う、など馬鹿らしい」
 俺は、俺が生きるために戦う。生き延びるためなら
この悪魔(実の親)だって殺してやる。あの日の決意も覚悟も忘れていない。
 果たせずに終わった決意が、行き場をなくした殺意が。別の感情に変わることなど――考えられるわけもなかった。

#ノート小説部3日執筆 カツ丼が食べたいのじゃね……/お題「お守り」 


 明日、大一番があるときは、カツ丼を食べることにしている。

 家のキッチンの暗がりで米を盛り、
 買ってきたカツを、玉ねぎと一緒に卵とじにした即席のカツ丼がいい。

 出汁の効いた半熟の卵がトロリと流れ、
 黄金色の分厚いカツをとじたカツ丼からは、ふっくらと湯気が立ち上る。

 醤油と卵の混じった出汁の甘い香りが鼻腔を擽る。
 箸を手に取り、カツを一切れ、摘まんで掬い上げる。

 時間が経った衣が出汁を吸い、
 程よくしっとりと蒸らされたロースカツだ。
 
 我慢できず、一口頂く。
 見た目から想像できないほど、さっくりと衣に残った食感に驚く。

 出汁と醤油の美味さを吸った分厚いカツは歯で嚙みきれる。
 直後にジュワっと、染み出した肉の旨味が口にあふれ出す。

 嚙めば嚙むだけ肉の繊維が口の中でほどける。
 強い食感としっとりとした肉の味が、唯一無二のカツ丼の良さだと思う。

 次は卵とじと共に、米もかき込む。
 とろとろの君がロースカツとご飯を包む。
 
 一口、掻きこんだだけで――
 出汁入りの卵の甘みが、ぐっと際立って感じられる。

 半熟状態の卵の奥で固まった卵の食感を楽しむ。
 玉ねぎの卵の旨味が引き立つ甘じょっぱさ、シャキっとアクセントとなる食感もよい。

 そして、優しくも濃厚な旨味お奥から飛び出してくる
 カツの肉味を味わいながらも、混然一体のご馳走となったご飯をかき込む。

 そうだ、カツ丼は米が主役なのだ。
 出汁がしみ込んだ粒立ちが良い飯は、しっとりと柔らかい。
 
 その、ふわふわと噛み心地の良い米をぐっと噛んでいくと――
 卵と、玉葱、カツの旨味と混ざって止まらなくなる。

 カツ、卵、米。
 もりもりと、胃に放り込む。

 だが、これで終わらないのがカツ丼だ。
 味変に、そっと七味唐辛子を掛けると、その風味で一気に丼が引き締まる。

 残った最後の一切れのカツを齧る――
 出汁と共に口の中で広がる優しい辛さが溜まらない。

 出汁をすべて吸い付くした米を最後までかき込む。
 一足早い、勝ちを祈願する。

 酒を飲まず、心身を集中させる。
 すべては、明日に向けてのルーティンである。

『朱い髪留め』:seibun_hyouji:異国の葬儀の描写 #ノート小説部3日執筆 お題:お守り #七神剣の森 インカーとライサのスピンオフ 

「インカー。すぐに帰りなさい。ザザスタンの犬飼に凶兆ありと出た」
 神守である叔父のロジャーにそう教えられて、インカーは早便屋に駆け込んだ。
 神都から故郷ザザスタンまでは、駱駝でひた走っても四日かかる。今は雨季だから、よほど運が悪くない限り昼も夜も走ってもらえるが、自分の体力を考えるとあまり無茶もできない。早便屋のプロに同行してもらうのが一番良いと、休暇ごとに帰省する学徒である彼女は熟知していた。
「なるべく早く着く旅程でお願いします!」
 燃えるような赤髪の乙女に必死に頼み込まれ、早便屋の青年は二つ返事で引き受けた。
 青年に下心が全く無かったわけではないだろう。しかし、天候は終始曇りでほぼ立往生にならずに移動でき、睡眠を挟もうと立ち寄った井戸には善良なキャラバンがおり、インカーは至極安全に六日間の過酷な道のりを踏破することができた。

 ザザスタンに到着すると、遠目からでも玉犬ノノの立派な体が見えた。体長六メートルもあるノノは、朱いたてがみを日に輝かせて水浴びを楽しんでいる様だった。
 しかしその傍に、犬飼として面倒を見る筈のインカーの両親の姿はない。凶兆という言葉が彼女の心を騒がせる。
 彼女は駱駝から降りて早便屋に報酬を渡し、玉犬の方へ走った。
「ノノさん……! 父さん達は……」
 彼女の声に気付くとノノは湖水から立ち上がり、彼女の方に首を差しのべた。乗れということだろう。インカーが迷わずノノの首にしがみつくやいなや、ノノは首を捻り少女を背中に押しやって駆け出した。
 天幕を身軽に跳びかわし、玉犬が住まう玻璃砂宮の縦穴部屋に飛び込む。ノノがそれほど急ぐとは、やはり……。
 縦穴部屋の中の階段を駆け降り、地下街に出る。彼女の自宅に、白いアバヤを着込んだ者達が出入りしていた。
「インカーちゃん、帰ったんだね」
 声を掛けてきたのは、両親の同僚の女性だ。名前は知らないが顔は覚えている。
「神守様に、犬飼に凶兆ありって聞いて……父と母は……」
「昨日、ね……。先月立ち寄った旅商達の中に熱病者がいて、お二人はその看病をしていたんだ。助かった者達もいたけれど、死亡者も出て……最後には、お二人も感染しちまって……。
 今は砂で固めたところさ。顔を見たいなら、このヴェールをしておゆき」
 インカーは女性から白い布を受け取った。両耳にクリップで挟んで付けて、家の中に入る。
 床に、変わり果てた両親の亡骸が横たえられていた。
「……遅くなってごめん」
 膝をついて神に祈る。二人は砂漠の掟に従い、富める者の務めとして、旅の者を助けた。なれば必ず死後は神々に歓迎され、輝く砂となって天に昇るだろう。
 悲しむことはないと分かっていても、涙は頬を伝った。

 さあ、しかし、感染症となると長居もしていられない。彼女は家財を調べて葬祭費用になりそうなものを運び出し、外にいた葬儀屋達に必要額を聞いて支払った。インカーがしっかり取り仕切るのを見て、ヴェールを貸してくれた女性はノノと共に仕事に戻った様だった。
 インカーは忙しい方が気が紛れるなと思いつつ、しっかり嘆いてやれない自分を申し訳なくも感じていた。そういえば、ライサはどこだろう。ライサはインカーと同い年だが親がいないため、インカーの家の屋根に居候していた少年だ。感染しないように逃げているなら良い。けれど、無事かどうか分からないのは心配だし、元気なら自分が帰ってきたのだから顔を見せてほしいとも思った。

 やがて葬列ができ、遺体が地上に運び出される段になっても、ライサは帰ってこなかった。インカーは腹を立てた。事情を知らないわけじゃなかろうに、何の役にも立たない奴。どうせ地下の地下で今も賭事なんかして遊んでいるんだろう。こんなに送別が大勢来ているのに、一番世話になった筈のアイツがここにいないなんて。兄弟同然に育った者として、情けなかった。
 地上に出る。夜空には星が輝き、新たな砂を天上に迎え入れんとしていた。街の外れに父母の遺体が並べ置かれ、玉犬ノノの吐いた炎が二人を包み込んだ。インカーが黙祷していると、ノノが寄ってきて尾の毛束を少し、インカーの傍に置いた。
「ノノさん……」
「やはり、ノノさんはインカーちゃんを選んだか。今から君は新しい犬飼だ。玉犬様のために、この街のために、ご両親の仕事を引き継いでほしい」
 玻璃砂宮の人々が、彼女に期待の眼差しを向けていた。元々彼女が神都で学生をしていたのも、将来犬飼の職に就くためだったから、インカーは怖じけずに頷いた。

 家に帰ると、清めの熱砂が床に敷き詰められていた。これは自然に流れ出るまでこのままにしておかなくてはならない。砂の上に椅子を引いて静まり返ったダイニングのテーブルに座る。疲労が限界だった。
 そのまま居眠りをしてしまったらしい。
「……、カーちゃん」
 肩を揺すられ、彼女は目覚めた。
「起きたか。ベッドで寝な」
「無理。眠い。抱えてってくれ」
「俺に無茶言うなよ……」
 彼女を起こしたのはライサだった。ライサは同世代の中でも極めて身長が低く、長身のインカーの胸まで届かない。インカーは舌打ちして上体を起こした。
「……もう、葬儀終わっちまったぞ。お前は今までどこにいたんだよ」
「ごめん、間に合わなくて……」
「どこにいたんだって聞いてんの」
「賭場……」
 次の瞬間、インカーは怒りに任せてライサの頬をぶん殴っていた。
「お前なぁ! 屋根モンが家に置いてもらえるのは家の役に立つためだろ! こんな時に……いや、父さんと母さんが苦しんでるって時に……なんで、お前は……」
 それ以上は言葉にならなかった。無事で良かった、病気でなくて良かった、そんな言葉も用意していた筈なのに。
 ライサは俯いた。インカーもそれ以上責められなかった。間に合わなかったのは自分も同じなのだ。
 二人ぶんの啜り泣きが、暫く部屋に響いた。
「……ごめん。俺、昨日まではちゃんと、二人の看病のために水運んだりとか……してたんだよ。でも、やっぱ、無理で……死んじゃったの、分かっちまったから……お前が帰ってこなかったら俺が葬儀やんないといけないから、その分稼がなきゃと思ったんだ。それで、賭場に……」
「……そうだったのか、言ってくれよ、それは最初に……殴ってごめん」
「いや、不義理したのは一緒だから……」
 ライサが床で小さくなる。金色の前髪が顔を覆い隠してしまった。
 謝罪の言葉を重ねるのは違うな、とインカーは考えた。ノノから貰った毛束を取り出す。そこから毛を少し分けて編み込み、朱い髪留めを作った。
 ライサのそばにかがんで、前髪をそれで留めてやる。
「……カーちゃん?」
「カーちゃんってもう呼ぶなよ。私は犬飼を継ぐことになった。ノノさんのご指名だ、これがその証……。
 ライサ、お前が元気で良かった。話聞かない主でごめんな。せめてこの髪留めは受け取ってくれ。お守りだと思って」
「玉犬様の毛の髪留め!? んな、俺なんかに!」
「良いんだよ、私の気が済むんだから。……父さんと母さんを看取ってくれてありがとう」
「俺、俺さぁ……!」
 ライサが再び泣きじゃくる。弟をあやすようにその頭を撫でながら、インカーはこの時確かに、彼の明るい未来を願ったのだった。

#ノート小説部3日執筆 お題【お守り】 

「魔の3日目とは」



 365日、どんな仕事になろうと、どんな場所であろうと、指示されれば赴くまで。
 国際的な諜報機関にいる以上、それは覚悟の上だ。

 しかし、イテツとタロウにはどうしても避けたい日がある。
 魔の3日目、と彼らが呼ぶ10月3日。何が何でもこの日だけはダメだ、全てが最悪の結果になる。
 しかし仕事はそんな事情を考慮してくれない。



「……なるほど、了解した」
 イテツは短く答え、通話を終わらせる。日本支部として活動する仲間、アヤメからの電話だった。彼女をリーダーとし、その両脇をイテツとタロウが固めるのが現在の構成である。
 そのアヤメから、緊急で指定場所に向かってほしいという指示が出される。そして人質になっているタロウを救い出してくれ、というものだった。彼がテロリスト相手に人質解放の交渉に行ったのは知っていたが、何故かその当人が今度は人質になったようだ。これまでとは異なり、相手からの明確な要求が無いことを考慮すると、タロウから情報を聞き出して始末する線が濃厚になる。
 一刻も早くタロウの元に辿り着かねばならない。まずは彼の無事を確認することが最優先だ。その状況次第であとの算段を考えよう、とイテツは思う。

(……あぁ、無事でいてくれ)

 何度も危険な目に遭ってもなんとか切り抜けてきたが、今日は嫌な予感しかししない。いつもなら冷静でいられても、心臓が早鐘を鳴らすがごとく脈打っている。

(……今日は魔の3日目だ、きっといつも以上に困難な状況に陥ってると思わなくては……)

 イテツはアヤメの指示した場所へと急ぐ。拘束されていた人質たちは既に解放されていることはわかっている。テロリストたちの拠点とされている廃墟に慎重に侵入した。事前の情報で人質が拘束されている部屋についてもわかっている。恐らくタロウもその部屋に違いない。
 コンクリート造りの廃墟を進むと、窓部分に鉄格子がはめられた異質の部屋が現れる。そっと覗くと案の定、椅子に拘束されているタロウがいた。俯いたまま、動く様子はない。そして見張りか尋問か、2人がタロウの前にいる。1人は椅子に座り、もう1人はその少し後ろに立っていた。
(……まずはあの2人を外に出すか……)
 イテツはその部屋から離れると建物の裏に向かう。持ち込んだ簡易的な時限爆弾を等間隔に設置し、連鎖的に爆破するよう設定してから再びタロウの拘束されている部屋まで戻った。その向かいの部屋に隠れ、騒ぎが起きるのを身を潜めて待つ。
 爆発音が響き、にわかに建物内が騒がしくなる。部屋の扉は開いたが、彼の狙いの通りにはならず、顔を出した1人が周囲を見渡しただけでそれは再び閉まってしまった。
 イテツはため息をつき、強行手段に出る。堂々とその部屋の前に立ち、ドアをノックする。ドアは迷いなく開き、顔を出した男がイテツが誰かと認識する前に目元に衝撃を受けて仰け反った。鋭い抜手が男の涙腺を刺激し、視界を奪われたところで部屋の外に投げ飛ばされる。
 騒ぎに振り返り、立ち上がりかけたもう1人の男を制し、その首に腕を回すと絞め技をかける。絶妙な力加減で締められ、意識を手放した男をそのまま椅子に拘束しておく。
 振り返ってタロウに駆け寄ると、彼は腕に点滴の針が刺さっていた。急ぎそれを抜き、俯いたタロウの頬を叩きながら名前を呼ぶ。
「……あ、テツ……?」
「……タロさん、起きたか? 動けそう?」
「……あぁ、どうだろう……」
 会話はできるものの、動けそうな様子ではない。
「……うっ……すまねぇ……こんな、こんな醜態……」
 俯き肩を震わせ、タロウはボロボロと大粒の涙を落とす。イテツが大丈夫だ、と声をかけても聞こえていないようだ。投薬されていた点滴は自白剤の類いなのだろう、どうも情緒が定まっていない。ふらりと立ち上がったが力も入らず、立てても歩くのがやっとだ。
 イテツがアヤメに連絡を入れていると、廊下のほうが騒がしくなってくる。部屋の外ではドアを叩く音も響き始めた。イテツは援軍が来るまで籠城戦を覚悟する。
「……これ以上、最悪な事態にならないと願うよ」

 もう既に状況最悪だけど、という言葉は飲み込んだ。
 通話を終わらせ、覚悟を決める。やはり魔の3日目は最悪の事態を持ち込んできた。しかしそれを切り抜けて来られたのはお互いがいるからだ。そうでなければこんな状況では、早々に命を落としている。

「今日は、おれが盾になるよ」
#Noトラブル!Noライフ!

#ノート小説部3日執筆 お題『お守り』 #MUD_BRAVER 

年明けから少し日が経った頃。三が日程ではないものの、神社には朝八時の時点で数多くの参拝客が訪れていた。『自身の進路』という特大の物を賭けて争われる『受験』という戦いを前に、広い境内を埋め尽くす程の人が祈りを捧げに訪れていた。無神論者、或いは合理主義者は『そんな事するなら勉強した方が確実だ』と思うかもしれないが、大勝負を前にした時、多くの人にとって『祈る』というは天命を待つ為に尽くす人事の一つと言って過言ではないのだろう。
家族や友人で訪れる者も多いなか、その娘は一人で人混みの中にいた。
 彼女――山崎愛花は、本殿へ続く列に並んでいた。彼女の目的はお祈りとお守りの購入という、最も簡潔かつオーソドックスなお参り。しかし、この長蛇の列では、それも幾らか時間が掛かりそうだ。絵馬も書くつもりなら尚更だろう。
 とはいえ『今年』は、そのつもりはない。何故なら彼女は、まだ受験生ではないからだ。
 彼女はまだ十四歳――中学二年生だ。百五十センチにも満たない小柄な体躯からより年下に見られるが、少なくとも自身の受験はまだ『来年』だ。では、彼女が祈りを捧げる相手は――

「……愛花?」
「……へ?」

 名前を呼ぶ聞き慣れた声に振り向くと、すぐ後ろにその相手がいた。
 愛花より三十センチは高い背丈と、成長期を迎えて厚みの増した身体。真冬でも変わらず、短く切り揃えられた黒い髪。一年しか差がないのに、並べば三つは歳が離れているようにも見えた。
 滝本純。思いがけない祈る相手との遭遇に、思わず愛花は表情を固まらせた。

「あれ、純? ……なんで?」
「どっちかと言うと俺のセリフな気がする」
「それは確かに……。私は純が合格しますようにってお祈りして、お守りを買おうと思って……」
「俺の……? なら、二人で回るか?」
「あ、うん……それは勿論」

 愛花は彼の申し入れに首肯したが、内心では微妙な気持ちを抱えていた。

「……何かまずいか?」

 長い付き合いだけあり、純はすぐ愛花の様子に気付いた。愛花は誤魔化さず、考えていたことを白状した。

「いや、私としてはさ……純が勉強頑張ってるうちにお守り買いに行ってあげたかったんだよね。ほら、今年初詣行けなかったし……」
「あぁ……アレは悪かった」

 今年の正月は、よりによって純が熱を出した為に初詣に行けなかったのだ。

「風邪は仕方ないよ、こじらせなくて良かったし……まあ、三十九度あったのに半ば無意識で勉強してたのは滅茶苦茶ビックリしたよ……」

 そうして会話をしていると、気が付けば本殿がすぐ目の前にあった。二人でお祈りした後は、お守りを買いに行く。だが、こうなっては最早初詣と変わらない。二人分の祈りパワーがあるので無駄な訳ではないが。
 とはいえ、お守りも二人分あるならいいだろう。そう思い、二人で並んだ時だった。
 純の会計時、巫女さんが笑顔で放った一言が、愛花の脳に激しく反響した。

「『妹さん』とはお会計、ご一緒ですか?」
「……妹?」
「あぁ、そうですね。……愛花?」

 即座に愛花の事と判断した純に対し、当の本人は衝撃を受けたままフリーズしていた。彼女は我に返ると、

「……後でいいです!」

 愛花はあからさまに不機嫌な声と共に列を出た。そして再びお守りを見に行き、この状況に即したお守りを探す。『無病息災』はニュアンスが別だし、『安産』は色々先を行き過ぎている。見るからに不機嫌な顔でお守りを探る愛花の肩を、純が怪訝そうに叩く。
 愛花は振り向き、悔しさを顔いっぱいに滲ませて叫んだ。

「似てないでしょ!? どう見ても! 確かに年下だけど!!」

 純と愛花。若い男女が二人でいることで、その関係性に対して推測される事はある。しかし、大抵の場合愛花は『彼女』と思われた。実際彼女ではないものの、そう思われるのは構わなかった。『妹』扱いされたのはこれが初めてだった。
 純と対等な『女の子』として認識されなかったという事実に、愛花の女子としての自負に傷を付けた。

「背のことなら、まだこれから伸びるよ。それに俺は年齢より上に見られるから、結果的に差があるように見えたんだろう」
「それが問題なの!」

 愛花は遂にお守りを幾つも持つと、再び最後尾に並んだ。結局どれが最適か分からなかったので、それっぽいものを纏めて買う事にしたのだった。



「……ってことがあったな、と昨日思い出した」
「なっ、なんで急に……!?」

 過去の恥ずかしい記憶を掘り起こされ、デザートのチョコサンデーを頬張る手を止める愛花。
 あれから四年の歳月が過ぎ、愛花は心身共に成長した。気分を損ねても、公の場で勝手な事はしないし、身体つきも女性らしい、起伏の富んだものとなった。
 しかし、今の彼女にも変わらないものがある。一つ、目の前の大男との絆と想い。
もう一つは――

「さっ、食べ終わったし帰るよ! ……どうしたの、ジッと見て」
「……いや、何でもない」

 愛花は頭一つ分は上にある彼の両目に視線を合わせた。その時、彼が思った事を理解し、愛花は頬を膨らませた。
 確かに彼女の心身は成長した。しかし、身長だけはあまり伸びなかったのだ。

#ノート小説部3日執筆 お題「お守り」 


 何かを生み出す、というのは大変なことだ。
仕事であれ、趣味であれ。何かを作るモチベーションというのは維持が難しい。
 まさに今この瞬間。仕事のため脳みそから言葉を搾り尽くした私は、ふ、と息をついて視線を横に向ける。
 
 無機質な蛍光灯に照らされたオフィス。
窓ガラスの向こうは土砂降りどころか、真横から叩きつけるような雨。
正式になんと言うのかは知らないが、きっとゲリラ豪雨というやつだろう。
あんな勢いの雨粒じゃ顔面に当たったら痛いだろうな、とどこかズレた帰りの心配をしていると、ふいに声がかかる。

「先輩は今日まだ終わらなそうすか?」
 
 聴き慣れた声にとりあえず軽く手を挙げて返事をする。
隣の席で仕事をする声の主は、私の後輩だ。

入社してかほぼ専属で教育係として仕事を教えていたため懐かれてしまった。
とはいえ、さっさと仕事を覚えると私の手を離れて独り立ちしたので大したことをした覚えはない。
 今でもたまに質問がきたりはするが、どちらかというとダメ出しをしあったり暇になると雑談をしたり、対等な同僚としてなんだかんだ仲良くやっている。

「んー」
 
 少し考えるフリをする。
手元の作業はとっくに終わっており、あとひと操作で提出完了する文書をただ開いているだけだ。
ただ、終わったなどと言えば上から新たなタスクが積まれるだけだ。
それが分かっている私は、窓の外を見つめたまま気もそぞろに答えているふりだけしておく。

「もう少しかなー。そちらは?」

「さっきもう一件頼むって積まれました」

 くわばらくわばら。苦笑しながらも心の中でつぶやく。確かに優秀なのだがいかんせん要領が悪いというか、素直すぎるところがある。
  可愛い後輩だが、とばっちりを食らうのは御免だ。なんとか話題の方向を変えようと向こうの机をチラリと見渡すと、あるものが目に入った。
 
「お守りか、ずいぶんとかわいらしいね」
 
 ”初志貫徹”と刺繍で書かれたお守りが揺れる。なんだかその言葉が妙に“らしく”て笑ってしまった。
浅葱色にだんだら模様なのを見ると京都ででも買ったのだろうか。

「神様を信じているのかい?」

「いや、信じてなくたって持ってる人はいるでしょう」

「いいね、実に日本人で」

 そう言うとむっとした顔をする。悪く言うつもりは無かったのだが角が立ったようだ。
とはいえこういう素直な反応をするところはまだ若さを感じて面白い。

「じゃあ先輩は何も持ってないんですか?」

「生憎、不信心者でね。神の類は信じてない」

 言ってから、少し考える。

「ああ、でも。私にも“お守り”ならある」

これだ、と言って携帯端末を取り出すと後輩は怪訝そうな顔をする。

「スマホじゃないですか」

 完全に予想通りの返答にほくそ笑みながら、いくつかの操作を経てから画面をずい、と突き出す。

「この画面が私のお守りだ」

「いや、最近流行ってるSNSでしょうそれ」

 その通り、と言いながら端末を自分の方へと戻す。
画面に表示されているのはここのところしばらく利用していたSNSの画面だ。

「これはね、私の書き込みに見知らぬ誰かがくれた反応さ」

まだ理解が追い付かないという様子の相手へ眉を顰める。勘の悪い奴だ。

「今日も私のようなド素人が書いた文章に、何人もの人がリアクションをくれた」

「仕事サボって何してるんですか」

 相手の責めるような言葉を無視して、さも神々しいものを持つように画面を持ち上げる。

「みろ、感想を書いてくれた人までいる」

「それが嬉しいっていうのはわかります。ただ、お守りとは違うんじゃないですか?」

何度目かの呆れた顔の前に、ち、ち、と人差し指を立ててから大仰に肩をすくめてみせる。

「いいかい、私はね。このお守りがあるからこそ、何かを書いたり作ったりが出来るんだ」

 言葉や想いは心を守る護符になりうる。それが私の持論だ。
 誰かの言葉は自分を支え、あらゆることに立ち向かう勇気をくれるお守りだ。

「でも、結局それは見知らぬ誰かでしょう?」
 
 再び眉を顰める。情緒というものを感じられない奴なのか。

「君はそのお守りを買った神社の神様に直接会ったのかい?」

 笑いながら言うと不服そうに首を横に振る。何か言いたそうな顔を尻目にあえて食い気味に言葉を続けた。

「もちろん信じてないとはいえ、神様と人とを同列に扱いたいわけではないよ」

でもね、と続ける。

「お守りや護符は災いを避ける“祈り”が書いてある。思いを込められているものなんだ」

一般的なお守りは大体中身は紙だからね、と後輩のお守りに目をやる。

「私がもらったこの
お守り(リアクション)も、人の“想い”という事で信じてもいいじゃないか」

今度は自分の携帯端末に目をやる。一つのページにまとめたその文字の羅列。
そこには言外の想いが詰まっている。

「もちろん普通の神社のお守りも否定しないよ、何を信じるかの問題さ」

 だが、と言葉を置きながら再び後輩の顔を見る。

「まあ“言霊”とも言うしね、文字のコミュニケーションである以上は大切だろう?」

「……神を信じないっていう割にはロマンチストですね」

「信じてるものと受け取り方の違いさ。祈りや信仰というもの自体は好きだよ」

 ——だって、と続けようとした言葉は携帯のアラームにかき消された。

「……お、与太話につき合わせていたら、みんな大好き定時だ。かーえろ」

 かちかち、とパソコンを操作する。
画面が更新されたのを確認するとついでとばかりにタイムカードも押して立ち上がった。

「え、ちょっとさっきまだ終わらないって」

「そんなことは言ってないさ。“もう少し”で終わる仕事だとは言ったがね」

んじゃ、と手をひらひらさせると不服そうな後輩に背を向けて足早にオフィスを後にした。

 外に出ると、いつの間にか雨はやんでいた。

「散々に言ってしまったが、天に見放されては無いようだ」

 不信心者を名乗りながらも、言葉の端々にその存在が出てくるのはやはり私も日本人ということなのだろう。
苦笑しながら空を見上げる。

 お守りの起源ははっきりしないようだが、もとは呪符だとも言われている。
人を呪わば、ではなく超常的な力や現象全般のまじない、という意味だろう。
さっきはあえて言わなかったが、もちろん言葉の“おまじない”は同時に“
呪(のろ)い”にもなりうる。

自分を縛り、あらゆることに挑戦する勇気を奪うことだってある。
そういう意味では人の言葉の方がお守りとしては危ういのは間違いない。
 一方で圧倒的・超自然的な力を持つ神様は何ものからも守ってくれるほど強い。頼り甲斐もあるだろう。

それでも。
私は存在の不確かな神様より、確かに存在する言葉が自分を守ってくれるものだと信じたい。

「——だって、言葉やひとの想いだって、強く美しいからね」
 
呟いて、多くの人で賑わう街へと歩き出す。
私の言葉もまた、誰かのお守りになればいいな、と願いながら。


#ノート小説部3日執筆 「昭和の町で」 お題:浴衣 

藍染めの浴衣に麻の半巾帯を締め、下駄をカラコロと鳴らしながら「古き良き昭和」をコンセプトに整備された街並みを歩く。
古色蒼然とした浴衣の色合いがマッチして、彼女を画角に収めるとどこか作り物めいた街が途端にリアリティを帯びた。
古いレジスターや黒電話が陳列されているショーウィンドウの中で昼寝をしている猫を見つけて綻んだ横顔を1枚。
駄菓子屋の軒先で一休みする姿を1枚。
薬局の前に佇むカエルの人形を撫でる姿を1枚。
とにかく街中のありとあらゆるところでシャッターを切って彼女の姿を収めた。
そして最後は商店街の端にある和菓子屋でフォトセッションをしてこの撮影はおしまいだ。
後年に昭和っぽく作られた多くの建物とは一線を画した、本当に昭和の頃からあるその和菓子屋は、夏になるとかき氷とアイスキャンデーを売っている。
水玉模様の袋に入ったアイスキャンデーは棒が無造作に突っ込まれている昔懐かしい手作り感満載の代物で、しかしながら和菓子屋の商品故に抹茶も小豆も本格的な味がする逸品だ。
そして店内の喫茶スペースは奥が店主宅の居間と障子1枚で隔てられているこれまた昭和感漂う佇まいで、木製のテーブルと椅子がいくつか設えてあり、木造の壁にはかき氷のメニューが書かれた紙が貼られていた。
「さて、何を注文します? お好きなものをどうぞ」
僕は被写体の彼女にそう声をかけた。
彼女の佇まいなら、かき氷がいちごであれ宇治金時であれ間違いなく絵になる1枚になる。
僕にはその確信があった。
すると彼女は迷ったようにメニューを見上げ、周囲の客をチラ見し、再びメニューを見上げる。
そして注文を取りに来た店員に「あの、お隣の方が食べているピンク色のかき氷はどれですか?」と訪ねた。
「あちらは『みぞれ』になります」
みぞれといえば透明なイメージしかなかったが、この店のみぞれはどうやら薄いピンク色らしい。
それを聞いて彼女は注文を即決する。
「じゃあ私はみぞれで」
「はい、みぞれがおひとつ」
そして店員の視線が僕に注がれた。
「じゃあ……宇治金時で」
彼女が意外な注文をしたので、僕は咄嗟に王道中の王道を注文することにする。
そうすれば撮影のバリエーションが広がるから、という何とも職業病じみた選択の結果だった。
かき氷が出来上がるまでの間、テーブルについて待つ彼女の他に、氷を削っているところを眺める彼女の姿も撮影した。
かき氷機は古めかしい大型のもので、透き通った大きな氷のブロックをくるくると回していくと、見る間に器に新雪のような氷が積もっていく。
途中で蜜をかけつつ氷を降らせること数回、やがて器の高さを大きく超える見事なかき氷が出来上がった。
「お待たせしました、みぞれと宇治金時です」
店員が僕たちの前にそれぞれかき氷を置いていく。
透明なプラスチックの器に同じく透明なプラスチックのスプーンが挿さったかき氷はとてもレトロな風貌で、ひとまず実食の前にみぞれを前にした彼女と宇治金時を前にした彼女をカメラに収める。
そして僕は彼女の選択が実に正しいものであったことに気づく。
藍染めの浴衣に、氷に吸われて少し白んだ淡いピンクのかき氷はとても良く似合っていたのだった。
撮った写真をその場で確認する僕に、彼女はもう氷を食べ始めてしまってもいいかどうか尋ねる。
「あぁすみません、いいの撮れましたので溶けないうちにどうぞ」
「じゃあ、いただきます」
山が雪崩れないように慎重にスプーンを入れて、彼女はピンク色のみぞれ氷を口に運ぶ。
僕はそれもまたカメラに収める。
それから予想以上の風味に瞳を輝かせた様も。
「このみぞれ、私が知ってるみぞれと違う……!」
そしてもう一口食べると、手足をジタバタさせて全身で美味しさを訴えた。
「氷もふわっふわ! 私、こんな美味しいかき氷初めて……!」
そう言われると僕も早く氷を賞味しなければいけない衝動に駆られ、一旦カメラを脇に置くと宇治金時を一匙掬って口に入れた。
きめ細やかな氷はしゅわっと速やかに溶け、濃厚な抹茶味が口の中に広がる。
これは確かに、お祭り屋台やファミレスのかき氷とは比べ物にならない美味さだ。
添えられたたっぷりのつぶあんも絶妙な甘さで、抹茶の苦味と調和する。
そうなると気になるのは相手が食べている方のかき氷……というのは向こうも同じだったようで。
「あのう、一口交換しません……?」
彼女がおずおずと提案し、僕はそれに即座に乗った。
お互いに相手がスプーンをつけていないところから一匙掬って口に運ぶ。
「「こっちも美味しい……!」」
ピンク色のみぞれは彼女が言う通り、僕の知っている砂糖水のようなみぞれとは全然違っていた。
蜂蜜のようなどことなく優しい風合いで薄すぎず甘すぎず、とにかく絶妙な味わいだったのである。
このみぞれを食べるためなら毎夏ここに通ってもいいくらいの美味さであった。
「これが、みぞれ……?」
「ね、びっくりですよね」
そんなことを言い合っていると、隣の地元客が「ここの氷はみぞれがいちばんうめえんだよ」と笑った。
宇治金時も十分美味いと思ったが、宇治金時なら都内にも美味い店はきっとあるだろう。
しかしこのみぞれは多分ここだけの逸品だ。地元客が推すのも頷けるというものである。
そして僕たちは撮れ高が十分だったのをいいことにかき氷を満喫し、溶けて甘い水になった部分も余さず飲み干したのだった。
かき氷をすっかり平らげた彼女が満足げな表情を浮かべる。
きっと昭和の時代を生きた人々もこのかき氷で幸せな気持ちになっていたに違いないと、僕は昭和の光景に馴染んでいる浴衣姿の彼女を見ながらそう思ったのだった。

おわり

_____
余談:
昭和の町を謳った街とその片隅にある古い和菓子屋は実在します。
かき氷もアイスキャンデーもミルクセーキもマジで美味いのでオススメです。

#ノート小説部3日執筆 お題【浴衣】 

*本編(#Noトラブル!Noライフ! )テツ、タロが出てきます



 仕事帰り、たまたま時間が合ったので室賀と眞壁は商店街の夏祭りに寄った。
 眞壁はいつも通りスーツだが、室賀は浴衣を着ている。というのも、相変わらずシステム開発部の部長が自由な服装すぎて、近くの商店街での夏祭りを知って浴衣で現れたのである。部内でも前もってこの日は浴衣着用を推奨していたらしい。
 浴衣なんて着たことが無い、という人間が大半であったが、室賀が着付けできる事を知ったメンバーはそれなら安心だと、システム開発部のこの日の浴衣着用率は100%となった。
(……女子社員が騒いでいたわけだ……)
 室賀の服装はTシャツの時もかなり賑わっていたが、浴衣はまた段違いだった。本当に手を合わせて拝んでいる姿を目撃し、その崇拝ぶりは少し心配になるレベルだ。
 彼が着ている浴衣は、紺色がベースで帯は黄色とオレンジ、そして金魚のシルエットが控えめに帯の中を泳いでいる。
「……いやー、昔を思い出すなぁ。おれは文明開化してもずっと着物でいたから、これはこれで落ち着くわ」
「……動きづらくないのか」
 袖とか足とか、と言えば、慣れれば別に、と返ってくる。室賀はズラリと並ぶ出店を見ながら、何買おうかな、と左右を見回しながら歩いていた。
「今日の夕飯、ここで買ったのでいいよな」
「……そうだな、久しくこういう雰囲気を味わってなかったし、ここで買って食うから、うまいんだろうな」
「……おや、眞壁でもそう思うんだ」
「……でも、は余計だ」
「そうかい、そうかい」
 おれはスタンダードにたこ焼きにしよっかな、と呟き、たこ焼き屋の屋台を探していると、ふと射的の屋台が目に入った。そこには店主と話している浴衣姿の男がいる。姿勢良く立っているその男は、長い黒髪を高い位置で団子状にまとめていた。まとめきれなかった髪がくるくると巻いたりねじれたりしているところを見ると、かなりのクセ毛らしい。

「……いやいや、おサムライさん銃は苦手かい」
「……あぁ、どうやら文明開化には乗り遅れたようだ」

(!?)
 二人の会話が耳に入り、思わず室賀は固まった。あの二人ももしかして自分たちと同じように前世の記憶がある人たちなのだろうか。
(……いや、考えすぎか……。あの人の出で立ち、今ならサムライって称されてもおかしくないもんな……着物で、髪の毛長いし縛ってる感じとかなんとなく)
 たこ焼きよりもあの二人の会話の方が気になってしまう。その様子に気が付いた眞壁は、気になるなら行ってみればいい、と言った。
「……食べる物は俺が買っておくから気にするな。たこ焼きでいいなら」
「……あぁ、たこ焼きがいい。悪いな、眞壁」
「別にいいさ」
 ふらり、と射的の屋台に向かう後ろ姿を見送り、眞壁はたこ焼きを探しに行く。
 室賀が近付くと、屋台の男はいらっしゃい、と威勢よく言った。おサムライ、と呼ばれていた男は、襷掛けしていた紐を解くと袂にしまい込む。
「……ニイさんも撃ってくかい? 1回100円だ」
 コルク弾3つと銃を渡され、撃ち方を教わりなんとなく的に狙いを定める。コルクは的に当たりはするものの、一発当たったところで撃ち落とせるまではいかない。
「お、ニイさん全部当たってるね! そこのおサムライさんは何回やっても全弾外れちまってたな」
「……」
 男は表情を変えずに黙っていた。店主は室賀に向かって、どうだい、ニイさんもうちょっと頑張るかい、と声をかける。どうしようかな、と考えていると、どうやらおサムライの仲間が合流したらしい。こちらも浴衣を着た、体格のいい男だった。
「……よーっす、お待たせテツ。暇つぶしできた?」
「……おかげさまで」
「……はっはぁ、その感じは一発も当たらなかった感じか」
 後から合流した男は豪快に笑うと、店主に俺も遊ぶぜ、と声をかける。しかし、店主はその男を見ると急に態度が変わり、口調にも先程の元気の良さが全くない。
「……あ、あんたは……佐藤太朗! 俺らの界隈では危険人物だって噂があるんだ……。あんたは、店の商品の全てを撃ち落としちまうんだろ!? 赤字だ……それは困る……!」
 いっそ怯える店主に、佐藤太朗と呼ばれた男はため息をついた。
「……あのなぁ、俺はコルク銃で遊ぶが大好きなただの男なわけ。フツーに料金払うし、商品に興味はないし、何もいただかないって。ただコルク銃を撃ちたいだけなんだよ」
 おサムライもそれに続いて店主に言う。
「……その手の噂の大元は、単純にタロさんに個人的な恨みを持ってるヤツの誹謗中傷だ。信じないで、この男を遊ばせてやってくれ」
 頼むよぉ〜、と100円を差し出す佐藤太朗と、全弾外したおサムライを交互に見た店主は、大きく息を吐き、そういうことなら、と彼に銃とコルク弾を差し出した。
 どうやらすごい腕前の人物らしく、室賀はつい興味がそそられ当初の目的とは違うが見学することにした。
 淀みない動作で弾を詰め、狙いを定めて発射されたコルクは奥の小さな人形を弾き飛ばす。因みに景品は商品券だった。
 店主は言葉を失っている。本当に彼にかかれば赤字は必須の腕前だった。
「……ほんと、よく当てるよなタロさんは」
「……だから楽しいんじゃねぇか。屋台の扱ってるコルク銃のメーカーの違いからなるクセも把握すりゃこんなもんよ。ま、あとはコルクの弾がどう飛んでどう軌跡を描くかわかってりゃ、計算も容易いし、人形の重心を予測すればいい」
 どれだけ撃ち込んでるんだこの人…、と室賀も言葉を失い、ただただその淀みない動作で的をはじき飛ばしている姿に見入ってしまった。

「……あー、楽しかった! 久々に撃った撃った! おっちゃん、サンキュー」
 満足したのか、彼は銃を店主に返す。すると背後からすごい歓声が沸き起こっていた。いつの間にかギャラリーがこの屋台を取り囲み、彼の腕前を見ていたらしい。振り返ると人混みをかき分けて眞壁がこちらへ向かっていた。
「……すごいな、なんだこれ」
「……いやー、すごくすごいひとがいて」

 室賀は眞壁と別れたあとの話をする。最初は前世の記憶持ちの人かと思って話をなんとなくしようと思っていたが、射的のトンデモ人物が現れ、それどころではなくなってしまった。

「……あ、たこ焼きありがとうな」
「おう、それ以外も買ってきたぜ」

#ノート小説部3日執筆 『白い浴衣と、あとは、カーテンコールの向こう』 

「██ちゃん、今日はお祭りさかい。浴衣さん着ましょうねぇ」
ブラウン管めいた、くすんだ色の記憶が再生されている。おそらくこれは夢だ。
もう何十年も昔、私は古い田舎町に住んでいた。その町はもう無くなった。大半はダムに沈んで、残りは近くの市に吸収されてしまった。今では地図にさえ、名前は載っていない。

母さまは色鮮やかな浴衣を持って佇んでいる。くすんだ世界に不釣り合いな、白地に、鮮やかな紫の花が描かれたものだ。何の花だったか、ろくすっぽ覚えていない。
「母さま、ワシゃ男さかい。浴衣さんや無うて、甚平さんが良かとぉ」
ああ、こんな我儘も言った覚えがある。
当時は、浴衣なぞ
女子(おなご)のものだと思っていた。鮮やかで綺麗な着物ばかりで、男が着ると華奢さが顕著に出るからだ。私は他人より細い方なので、女に間違われるのが嫌だった。

「まあまあ。着るのは今日だけじゃ。お祭りさんの間だけ、ちょっと我慢するだけじゃよ」
そう言うが早く、母さまはてきぱきと着付けをしていく。私の腕をそっと掴んで袖に通し、お端折りをせっせと済ませて、紐を結んで、帯を結って。
「██ちゃんは細いねぇ。もうちっとご飯増やせたら、ええのやけど……」
小言が聞こえた気がした。母さまではない。うろ覚えだが、一緒に誰か居た気もする。お祖母さまだったかもしれない。顔も姿も、なんなら口調も、こんな感じではなかった気もする。

祭りまでの道のりも思い出せる。夏ではあるが、今よりもはるかに涼しい夕暮れであった。赤く染まった空気の中を、近所のガキども何人かで歩いた。振り返れば、後ろに母さまがいる。
「お
前(みゃあ)は何食うがや?僕ぁもちろん、わた飴さん!」
「良ぇなぁ、おぃらは焼きそばさん、たらふく食いてぇなぁ」
ガキどもの会話も覚えている。やたら鮮明に。
「██は何食うん?」
……何と答えたか、思い出せない。別に構わない、どうせ適当に言ったのだろうから。
はて、その後はどうしただろうか。

祭りに行って、それから……。

――
「おーい、サフィ?ボケっとしてないで手伝え」
む、夢から覚めたようだ。懐かしい時代を見ていた気もする。それも
この街、この世界(Series:AnomAnimal's)に来る前の。
「あいやすまぬ、すぐに向かうぞぃ」
とりあえず適当な返事をしておく。今日は祭りだ。

さて、ヤグラやらなにやらの設営が終わってから、控え室はごちゃごちゃだ。特に、慣れない浴衣の着付けに難航している野郎どもが大勢いる様子。日の本……じゃなかった
神櫻国(しんおうのくに)育ちのクセに情けない。
「ほ〜れほれ着物も着れぬ野郎ども、ワシと
黄棟蛇(Yellow_Rattler)、あと青湾潟(blue_Lagoon)先生で着付けてやるから、並びんしゃい」
こういうのに慣れてる奴は知っている。ソイツらと一緒に、手分けしてやるしかない。
「……しゃあねぇ、並びな。ちゃんと並ばねぇと始末するからな。文句言うなよ」
「はい、はい。それじゃあみんな、一列に並んでくれるかな?うん、順番にやっていくからね」
荒くれどもの扱いに違いがありすぎる。これが教育というものか。

「あの、僕たちも浴衣なのか?運営側がわざわざ着る必要は無いだろ……」
今着付けをしているコイツ、桜尾は腰が引けているらしい。
「必要がないからやるんじゃよ。そうでもないと、ワシら普段着で出ることになるじゃろけ」
せっかくの祭りなのだから、派手にやらねば損というもの。装いを変えるのは、その一環なのだ。
「ホレっ!しゃんとしな!ワシらは祭りを作る土台なんじゃ。服のこと程度でグチグチ言うと、祭りに来た方々に失礼じゃろけ!」
「うぐっ!?そんなに強く締めるなよ……」
「すまん。つい力が入りすぎてしもうた」
自分ならいくら締めても問題ないから、ついいつも通りにやってしまった。

「……で、サフィはなんでそんなに豪華な浴衣なんだい?」
豪華な、と言われるほど豪華ではないはず。白地に菖蒲が描かれた、よくあるものだ。ただ、男物ではないだけで。
「そりゃ、ワシゃ普段から和服じゃし、こんくらいガッツリ変えないと見栄えがせんじゃろけ」
何なら、普段は着物に革ジャケットとジャージズボンだから、やるならここまでやるべきだ。
「まあ……、キミが楽しいならいいんじゃないか?ボクは……まあ、うん」
そうだ、コイツ女嫌いだった。意図せず友人の逆鱗を撫でたらしい。許してくれ。
「ほい、着付けおしまい。桜尾、次の
奴(やっこ)呼んでくれ」
微妙な距離を取りながら、桜尾は次に並んでいた奴を呼びに行った。今後の交流に支障は……、出ないと信じたい。

さて祭りの開催時刻。ちょっと日が落ちてきた頃合い。
我々の仕事は一つ。祭りの参加者に紛れ込み、内側から動乱を抑制すること。ようは私服警官のようなことだ。
『さあさあ皆さま!――(ノイズ)――の夏゙祭゙り゙!楽し(ハウリング)しょうか!』
うーん、相変わらず
ヘブの坊や(Go_to_HeavenⅡ)にマイクを持たせると五月蠅い。地声で充分届くと、あれだけ言ったはずだが。こうも音割れにハウリングまでかまされては、耳のスペアが欲しくなる。
上に伸びた耳をぺたんと折り、なんとか塞いでみる。それでも貫通するほどに五月蠅い。

「サフィちゃん、綿菓子、食べるかい?」
「サフィ先輩、焼きそば食べます?」
道の両端から同時に声をかけられてしまった。どちらか片方に行っても軋轢を生むだろうし、両方に行くには手も胃袋も足りない。一旦保留にしておこう。
「すまんの、もちっと回ってから決めるかいね。祭りは始まったばかりじゃし」

……で、何も頼まず、飲まず食わずで神社の本殿まで来てしまった。せめて、お面でも買っておくべきだったか。
本殿の賽銭箱の前に座っておく。ここなら、沿道がよく見える。

景色を眺めていたら、昼間見ていた夢の続きを思い出してきた。
その時も結局何も食わず、飲まず、遊ばず、本殿まで来た。一種の貧乏性だ。どうせ金はお母様から出るのだからと、何もしなかった。境内でずっと、友達か母さまが探しに来るのを待っていた。結局来なかったけど。
おかげで、私だけは生きていた。最後の生き残りとして、しかるべき存在に復讐することになったのだった。
それが私、████の物語だった。幕引きの頃には、浴衣の上から下まで、真っ赤になったのを覚えている。

「なにしてるの?」
知らない声だ。背後から聞こえる。ここの神様か何かだろう。
「別に、眺めてるだけじゃよ」
事実、眺めているだけだ。何もしていない。
「おまつり、きらい?」
嫌いという訳ではない。ただ、あの惨劇を除いては。

生きる世界が変わって、“
私(████)”ではなく“ワシ(Bombay_Sapphire)”になった今でも、祭り自体は好きだ。好きなはずだ。ああ、確かに。
昔ほど純粋に、手放しに楽しめてはいないが、それでも。
「好きじゃよ。祭りは、楽しいからな」

#ノート小説部3日執筆 お題【浴衣】 浴衣といえば(BL風味) 

「浴衣を着て夏祭り、興味ないか?」

 浩和に声をかけられた
祥順(よしゆき)は、目を輝かせるどころかじとっとした目で彼を見ている。それもそのはず、今年は――いや、今年もか――とても暑い。
 暑すぎるのである。そんな中、屋外で行われる祭りになど参加したら死んでしまう。夏祭りを否定するつもりはない。好きで参加するのは自己責任だし、楽しむ事は大切だ。参加する人には思いっきり堪能してほしい。
 ただ、それをするのが祥順ではないだけで。

「いや、暑いし……」
「そう言うと思ったよ。だから、俺は一考してみた。ここで夏祭りの再現をしてみるのはどうかなって」
「え? ここで?」

 夏祭りを再現。祥順の好奇心がくすぐられた。浩和と祥順は、二人だけで生活するにはやや広めのマンションを借りて生活している。
 スペースは、ある。ここは引き戸を開けて一部屋解放すると、大きなリビングができあがる変わった形の物件だ。他にも魅力的な要素があったとはいえ、そこに魅力を覚えて居住を決めたと言っても過言ではない。
 L字型ではあるもののひと続きとなった部屋は広々として良い。
 最近では
千誠(ちあき)達がしょっちゅう乱入してくるから、その引き戸は開けっ放しになっていた。

「家の中で夏祭を再現するんだ。屋台で食べられるものを自作して、浴衣着て……どうかな?」

 なるほど、再現から。祥順はこの部屋に並べられるであろうメニューを思い、口元をゆるませる。
 二人だけの夏祭り。楽しいかもしれない。



「――だと思ったよっ」
「ん? 何か言ったか?」

 二人だけの夏祭りではなかった。
 和菓子屋の息子でもある千誠は、りんご飴とその他フルーツ菓子を作って現れたのだ。もちろん浴衣姿で。
 そして、千誠がいるという事は
寛茂(ひろしげ)もいるという事である。彼は今日も荷物持ちをさせられて嬉しそうであった。
 彼らが現れたという事は……。

「やっほー!」
「お誘いありがとう。暑いから夏祭りを断念したとこだったのよね」

 やっぱり。祥順は予想が当たって諦めの笑みを浮かべた。
紗彩(さあや)と明寧(あかね)がかき氷アイスを手に現れた。いつものメンバー勢揃いだった。
 テーブルにたこ焼きが焼けるホットプレートを設置していた浩和が「全員揃ったね」とにこやかに言っている。二人だけで静かにやるものだと思っていた祥順は、なんとも言えない気持ちになる。

 いつもそうなのだ。
 浩和は社交的な性格をしているからか、イベント事となると、すぐに友人を呼ぶ。と言っても、祥順もよく知るいつものメンバーになるあたり、気を遣ってくれてはいるのだろう。
 二人の関係を知らないから、というのもありそうだが。

 少しだけ、本当に少しだけの不満を抱きながら、これぞ夏祭り、といった食べ物の数々が並べられていく様子を見つめる。
 祥順もただぼうっと突っ立っているわけにはいかない。祥順は祥順で、事前に作っておいたパック詰めした焼きそばをテーブルに持っていった。

「……作ってる時点で気付けば良かった」

 どう考えても、二人だけで食べきれる量ではない。焼きそばだけで二人前、お好み焼きとたこ焼きを足せば一般的な六人前くらいはあるだろう。
 それに、浩和から「これは何とかなるから」とか言われて用意せずにいた持ち込みされた品の数々。このあたりで察する事もできたはずだ。通販で何とかするのだと思っていた少し前の自分を恨めしく思う。

「お好み焼き、焼き始めるけど良いよな?」
「おう、ありがとな」

 売り物同然のりんご飴を陳列――気合の入っている事に、彼は陳列用の什器まで持ち込んでいた――しながら千誠が礼を言う。
 本気すぎて、二人きりではない残念な気持ちが吹き飛んだ気がする。

 気分が少し浮上したところで、完璧主義者の千誠を観察した。和菓子屋が実家だから、という理由ではないだろうが、彼の浴衣姿はとても様になっている。
 おそらく、姿勢が良いから着物が映えるのだろう。直線でできている着物類は姿勢が悪いと歪みやすいと聞いた事がある。そして凹凸がありすぎても皺が寄るのだとか。過去に付き合っていた女性がタオルを巻いて補正して大変なのだと言いながら浴衣姿を披露してくれた事を思い出す。

「ああ、所作も和装に合わせているのか」
「ん? なんだ。俺が魅力的すぎて困ってるのか?」

 流し目を送りながら笑う男は確かに色っぽい。そっと袖を押さえてりんご飴を持つ姿は実にこなれている。思わず自分の浴衣を直したくなるほどだ。
 千誠は俺の返事を待たずに視線を手元に戻した。

「ま、俺は何でも完璧だからな。でも、あんまり俺の事ばかり見ていると後で大変だぞ」
「大変……?」

 小さく首を傾げていると、近くで会話を聞いていたらしい紗彩がぷっと笑う声がした。分からないのは俺だけらしい。

「ふふ、まあ……お邪魔虫はすぐに撤退するからほどほどにね」
「ごめん、何の事か全然分からないんだけど」
「んーん。こっちの話。気にしないで」
「……」

 気にしないで、と言われても気になる。溶けてしまう菓子類を全て冷凍庫にしまい終えた紗彩は、かき氷以外にもベビーカステラを持参していたらしく、それを皿に盛りつけている最中だった。
 千誠はりんご飴の隣にチョコバナナを挿し始めた。そんなものまで作ってきたのか。自分の疑問を解決したい気持ちと持ち込まれた食べ物への感想を伝えたい気持ちで優先順位がぐちゃぐちゃになる。

「えっと……」
「祥順、手伝ってくれる?」
「あ、ああ」

 思考を止めるかのように浩和が声をかけてくる。ヘラを振りながら笑顔を向ける彼に、早足で近寄った。お揃いの浴衣――家の中から出ないから、と同じものにしてしまった――が乱れているのに気付く。
 彼に「ちょっと失礼」と一応声をかけ、上前をめくって裄を引っ張った。

「和装って、乱れやすい気がするな」
「多分俺達の動き方が駄目なんだよ。だってさ、ほら」
「あー……確かに」

 千誠は着崩れする気配もなく過ごしているし、浴衣慣れしているらしい女性二人も綺麗なままだ。寛茂は……自由だ。見なかった事にしよう。
 祥順は浩和の浴衣を整えて頷くと、そっと離れて皿を取った。

「はい、お皿」
「ありがとう」

 浩和がフライパンを傾け、ヘラを使ってお好み焼きを移動させる。持っている皿に熱が伝わり、すぐに熱くなった。

「二枚目焼き始めたらそっちに行くよ」
「分かった」
「勝手にたこ焼き、焼き始めてるからなー」

 祥順が顔を上げると同時に千誠が声をかけてくる。効率良く動く男に感心しながら、祥順はテーブルに焼き立てのお好み焼きを置いた。

「あ、ビール開けたよ」

 明寧がビールの入ったコップを掲げている。泡が黄金比を描いていて、見るからにおいしそうだ。
 ゆっくりする暇はないが、気の合う友人の笑顔は良い。二人きりの夏祭りではないが、これはこれで悪くはないかもしれない。
 賑やかな祭りの後で二人きりの夏祭りが始まる事を知らない祥順は、複雑な気分を誤魔化すようにそんな事を考えるのだった。

#書類不備です。

#ノート小説部3日執筆 お題:浴衣『かっこいいカレ』 

もはや世間話をするだけに利用しているキャバクラに久しぶりに来店した。
 レイカさん曰く、今日はどうしても来てほしいとのことだ。嬢と客というより、ただの友だちになっているので、彼女がこうして営業をかけてくることは滅多にないのだが、今回は違った。
 何日も前から、なんとかして来てくれないかというのだ。曰く、来れば分かる、と。ソフトドリンクだけでいいから、と。そこまで熱心に営業をかけてくるのだから、のっぴきならない事情があるのだろう。
 おれは深く追求せずに了承した。
 今になって思えば、深く追求すべきだった。そうすれば、心の準備とかなんとか、もっとできたはずなのに。
「いらっしゃいませ。Sirèneにようこそ」
 入り口で出迎えてくれたのは、いつものようにボーイさん。でもいつもと違っていた。
 なぜなら、浴衣を着ていたからだ。
「伊勢様、ようこそお越しくださいました。レイカさんもお待ちですよ」
 いつもスーツをビシッと着こなしているボーイさんが、黒い浴衣をビシッと着こなしているのだ。
 ボーイさんはにこやかな笑顔で席に案内してくれる。そして、すぐにレイカさんがやってきた。彼女も白地に紫の花が大量に咲き誇っている浴衣を着ていた。
「こんばんは、レイカです。みっちゃん来てくれてありがとう」
「聞いてないんだけど!」
 ボーイさんが浴衣を着ているなんてレイカさんは少しも言ってなかった。抗議をするとレイカさんはきょとんとした顔をする。
「あれ、伝えたはずだよ。浴衣デーだからみっちゃんも浴衣で来てね、って」
「それも初耳だけど!」
 だからボーイさんはおれをひと目見たとき、少しだけ驚いた顔をしていたのだ。よく周りを見てみると、嬢も黒服もお客もみんな浴衣や甚平を着ている。おれだけカジュアルな装いだ。
 おれは慌ててレイカさんからのメッセージを読み返す。すると確かに、当日は浴衣デーだから浴衣か甚平で来てねと追記してあった。おれはそれを見落としていたのだ。
「うう、いろいろ言いたいこととか聞きたいことはあるけど、どうしよう」
「ごめんねぇ、事前に改めて伝えればよかったねぇ。一応、レンタルもできるけど着る? 他のお客さんもそうしてる人もいるし……」
「……うん、着る」
 おれが頷くとレイカさんが軽く手を上げた。間を開けずにボーイさんがやってきて事情を確認すると、おれを別室へ連れていってくれた。
 そこは控え室というより、太客だけが入れるVIPルームのようなところだった。着物や他の客のものと思われる服が一か所にまとめられている。どうやらここを今日は着替えのために利用しているようだった。
「では、伊勢様。そこまで種類は多くないですが、お着換えを致しましょうか」
 ボーイさんはかしこまったような口調でそう促す。でもおれはそれどころではなくて、普段と違う彼にくぎ付けになった。とにかくカッコいいのだ。柄もほとんどないようなシンプルなものなのに、彼が着ているだけで途端にオシャレに見える。
「……カッコいい」
 思わず口をついてしまった。ボーイさんは小さく笑って、おれの頭を撫でてくる。
「ミツルくん、俺より女の子を褒めようね」
 ボーイさんの仮面が外れて秋鷹さんになる。その切り替わりにもきゅんとしてしまった。
「うーん、ミツルくんはどれが似合うかな」
 ときめいているおれをよそに、ボーイさんは浴衣を選んでくれる。彼が手にとったのは、黒地に鷹の刺繡が施された少し派手なものだった。
「うん、これが似合うよ。帯は明るい色にしよう」
 ボーイさんに言われるまま、浴衣へ着替えさせられる。自然と近くなる距離にドキドキする。店にいるときにこの距離感は経験したことがない。近くなるのは、だいたい彼の家にいるときだ。
「はい、できました。ではお席に戻りましょうか、レイカさんがお待ちです」
「は、はい」
 ドキドキした気持ちのまま、レイカさんの元へ戻った。
「みっちゃんよく似合ってるよぉ。かっこいいねぇ」
「ありがと。レイカさんも似合ってる……じゃなくて、マジで聞いとらんちゃ!」
 浴衣デーというなら、浴衣を着るのは嬢だけと、誰しも思うだろう。ボーイさんも着ているなんて寝耳に水もいいところだ。
 しかし、レイカさんは少しも悪びれることなく、小声で耳打ちしてきた。
「でもかっこよかったでしょ、佐伯さん」
「う……まあ、うん……かっこいい」
「でしょ。みっちゃんをビックリさせようと思って」
 レイカさんはニコニコと嬉しそうに笑っている。ドッキリが成功して喜んでいるようだ。
 確かに、ボーイさんはかっこいい。いつもと違うからなのか、浴衣姿というのが新鮮で、ドキっとしてきゅんとした。
 これで少し着崩していたら、もっとドキドキしていたことだろう。店ではきちっとしているボーイさんだからそんなことはないと思うが。
「写真撮っていいかな」
「さすがに怒ると思うから、あたしが撮ったやつ送るね」
 レイカさんはそう言ってこっそりスマホを取り出して、その画像を見せてくれた。ボーイさんのソロショットだ。
「……スパークリングワイン入れる」
「ほんと? ありがとーう」
 今日を逃すともう見られないかもしれないボーイさんの浴衣姿だ。かっこいいボーイさんをいつでも見れるのならスパークリングワインぐらい安いものだ。
 レイカさんはまたボーイさんを呼んでくれた。
 浴衣ではさすがに片膝を付けないので、正座をしてこちらを見上げてくる。その坐相のかっこいいこと。
「みっちゃんがね、スパークリングワイン入れてくれるって」
「畏まりました。銘柄はいかがいたしますか?」
「えあ……あ、いつもの……」
「承知しました。……浴衣、よくお似合いですよ」
 にこっとボーイさんは特大の爆弾のおれに投下して行ってしまった。
 もだもだと見悶えるおれにレイカさんは声をたてて笑う。
「みっちゃん、素直すぎるよぉ」
「だって……あげなの……かっこよすぎるって。ますます好きになるちゃ」
 録音しておけばよかった。二人っきりのときはラフに褒めてくれる。それも嬉しい。でも、仕事をしているボーイさんに褒められるのは、彼が『ボーイさん』でなければならない。
「……レイカさん、ボーイさんが着替える前に何枚か写真撮ってもらっとってもよか? デザート入れるけん」
「浴衣デー伝え忘れちゃってたし、今回はサービスしたげる」
 グッと親指を立てるレイカさんに土下座をする勢いで頭を下げたのだった。

『来夏は浴衣でも』 #ノート小説部3日執筆 お題「浴衣」 #みづいの スピンオフ 

『カンパーイッ!』
 浴衣を着た人々による、賑やかな酒宴。だが、それはテレビの向こう側で繰り広げられている光景でしかない。わたしたちの前にあるのは、オフィス用の机と椅子、それに部内連絡ツールが開かれたパソコンだけ。どこからどう見ても、日常。
 今日――八月十五日は観月の建国記念日だ。あちこちで大小問わず式典が開かれる。形式ばったお堅いものから、俗っぽいお祭りのようなものまで。人々は皆浮かれているのだ。
 しかし、お祭り騒ぎに乗じて世間を混乱させようと企む者も存在する。わたしたちは警察機関と手を組み、民間人を犯罪から守らねばならないのだ。正直言って、この時期が一年で最も疲れる。
「……毎年のことですが、疲れますね」
 ため息混じりに吐き出すと、両隣から苦笑が聞こえてきた。樺倉さんと、藤原さん。彼女たちは「
八月十五日(この日)」に思い入れがあるそうだから、わたしの「疲れるだけ」という言い分は理解されないだろう。
「おっと、この時間の担当は三人娘か。お疲れさん、交代の時間だぞー」
「渡会さん、お疲れさまです」
「お、お疲れさまです……!」
 交代要因としてやって来た渡会さんに挨拶し、わたしたちは連れだって第一班を後にした。
 階段で一階まで降り、エントランスホールへ。ここで解散してもいいのだが、二人には共通の目的地があるらしい。わたしにはこの後の予定もないし、同行しても構わないだろうか。
「お二人に同行してもいいですか? 無理にとは言いませんが」
 問いかけると、二人は「もちろん」と言いながらぎこちなく笑った。きっと、これから向かう先は楽しい場所ではないのだろう。心の奥にある記憶や思い出を蘇らせるような、彼女たちが己の傷と向き合うような。そんな場所に違いない。
 わたしの予想は外れていなかった。到着したのは古びた祠。本部ビルの裏、誰にも気づかれないような場所にひっそりと佇む木製の社だ。
 祠に何かを供えると、二人は合掌した。わたしもつられるように手を合わせ、目を伏せながら意識を遠くへ飛ばす。そういえば、今年はあまり蝉の声を聞かない。あの虫ですら暑さにやられているのだろうか。
「……
鈴(りん)さん」
 藤原さんの声でふっと意識が引き戻される。目を開くと、二人がこちらを見ていた。祈るフリを悟られるのも気まずい。わたしは彼女たちに問いかける。
「不躾でしたらすみません。お二人が今日ここへ来た目的は?」
 わたしは彼女たちの過去を知らない。知っているのは、国中が浮かれる「八月十五日」に痛ましく笑う顔だけ。
 偶然職場が同じだけの人間に明かせる話だろうか。話さなくてもいい、むしろ辛い記憶を一同僚に打ち明けられる方が少数だろう。話さないという選択を、彼女たちが気に病まないといいのだが。
 しかし、予想に反して樺倉さんが口を開いた。楽しくない話ですが、と切り出す。
「私は、以前まで国軍に所属していました。軍ではこの日、祭りと同時に式典が開かれるんです。平和への祈りを込めて」
 樺倉さんは「当時の上官に教わりました」と笑う。彼女にとって信頼できる人物であったのだろう、柔らかい笑みだ。
「……でも、そのことを教えてくれた上官は亡くなってしまいました。私が軍に入った年の、八月十四日に」
 だから、私は毎年この日は神社や祠へ行くんです。樺倉さんの声に涙が混じる。あの人の死を悼んで、あの人が守り続けたかった平和を祈って。涙で濡れた声が痛ましい。
「もう離れたとはいえ、私は軍人です。平和が容易いものではないと理解しています。……だから、続いてほしいと祈り続けるんです」
「……」
 何も言えなかった。わたしに、何かを言う権利はない。平和を享受する人々を疎ましく思い、ほんのわずかな奇跡でしかない「平和」に対して思いを馳せることすらしなかったのだから。
 黙ってしまったわたしと藤原さんに不安を覚えたのか、樺倉さんが慌て始める。
「すみませんこんな話しちゃって……! ふ、藤原さんや菊池さんはこの時期の思い出とかありますか?」
「いえ、わたしは特に。藤原さんはどうでしょうか」
「……私も、楽しくない話しかありません」
 ぼそりと呟いた藤原さんだったが、樺倉さんの不安げな表情を見てか躊躇いがちに口を開いた。
「……本当に面白くないし、樺倉みたいに深い話でもない。それでもいいなら、話します」
 わたしたちは揃って頷く。彼女の口から語られたのは、十年ほど前のこの日に失踪したという弟の話だった。
「地元の祭りに行くって出かけたきり、今も見つからない。……あいつの友達も、近所の人も、きっと『死んだ』と思ってるはずだ」
 それでも私は諦めない。藤原さんははっきりとした口調で言った。彼女の祈りは、願いは――弟を見つけ出すことに違いない。
 やはりわたしは、狭い世界しか知らないのだろうな。改めて感じる。わたしには祈りも願いもない。人生を漫然と過ごすことしかしていない、つまらない人間。もし、わたしにできることがあるとするならば。
「樺倉さん、藤原さん。わたしたちでお祭りを開きませんか? 小規模になってしまいますが、平和への祈りが伝わるようなお祭りを」
「え?」
「人が集まれば情報も集まりやすくなります。……そうすれば、弟さんのことを知っている方もいらっしゃるかもしれません」
「なる、ほど……?」
 単なる思いつきでしかないが、なかなか名案のような気がする。この組織でも祭りや式典を開いてしまえばいいのだ。さすがに異能者たちの総本山へおいそれと近づく犯罪者がいるとも思えないし。
 そうと決まれば、さっそく提案書を用意せねば。上層部には面白い企画を好む変わり者がいるそうだし、きっと賛同してくれるはず。
 来年のこの日には、彼女たちが笑っていられればいい。浴衣でも着て、祭りの賑わいに加わっていたら――それこそが「平和」ではないだろうか。

#ノート小説部3日執筆  「浴衣」 男三人寄れば? 

夏祭りの喧騒に程近い場所に2人はいた。後からくるもう1人を待ちながら。
「やっぱりこの格好なれないな」
「そりゃ高いからな」
「そういうことじゃない」
「それ以外に何があんだよ」
「着慣れないって言ってんだ」
「あ〜確かに」
年々暑くなってくるため、夏祭りの始まる時間にも気温は高いままということがあり、ここ数年は参加してこなかった。祭りの出し物は好きだが、熱中症にならないように気にしなければいけないというのは難しい。だから今までは、冷房の下でいつも通りの夕食を取ってた。
それがなぜ、今日は違うかといえば、後から来るもう1人が関係してくるのだが、それにしても遅い。スマホで今に到着の連絡を待っている2人にとっては、一応誘ってくれた張本人だから、待たねばと思っているが、時間と共に多くなる人々を見て、先に買い物した方が楽なのでは? と待つ2人は思う。
「もう先行くか?」
「そうだな、どこに何があるか知らないから、探すのに時間がかかるとして、」
「1時間後ぐらいに集合、ってところか?」
「それがいいと思う」

「オイオイオイ、主役の俺様を待たずに出陣か〜!?せっかちな臣下だな〜〜〜」
「お前が遅いからな」
「な」

「遅れたのはわりいと思ってるけどさ、親がさ〜、なかなか止まらんくてさ〜〜〜」
「そりゃ息子のお前が着るのを毎回拒否してたからだろ」
「おばさん泣きそうだったぞー『こんな若い男の子の着付けできるなんて本当に良かった』って」
「それだけくり抜くと俺の親が変態みたいに思えるからやめてくんね?」
「それはすまん。おばさんが土下座の勢いで頼み込んでくるから……」
「うん、そこは身内としてごめん。まさか親がダチに土下座するとは思わなかったから…………ってか浴衣なんだな」
「あっおばさんと同じ反応、親子だね〜」
「えっまじ? そこで血を感じたくはなかったけど、マジで?」
「まじ、俺らは浴衣」
「げ〜じゃあ俺も浴衣が良かった〜俺1人とか聞いてねえよあの親」

「いいじゃんうるせーお前にも夏着物ってね」
 その通り、口はうるさいが、いかにも高そうな着物は本人の隠しきれない品の良さを出している。いつもは乱雑に流している長髪も、まとめられて片側に流されていて美しい。
「何それ、馬子にも衣装って言いたいわけ? 喧嘩なら買うぞ」
「いやぁ改めて見るとお前って顔良かったんだなと」
「ひでえ〜」
「俺たち結構待ってたから財布係はお前ね」
「はあ?お前らの浴衣は俺のとこのやつだから高いって覚えけよ」
「それが既製品なんだなこれが」
「はぁ〜〜〜〜〜〜????????既製品を来させて気分よくなってたってわけ親。チョロすぎ」
「おばさんは、汚してもいいって言ってくれてたけど、一点物を汚すの申し訳なくて、既製品の着物を着させてもらったんだ」
「そんときはこいつが土下座しそうな勢いだった」
「まあ、既製品でも高い部類だけどな」
「うん」
「えっじゃあゴリゴリに一点物の夏着物でどう足掻いても注目されてしまうってわけ? この俺が?」
「嬉しそうにいうな」
「自意識過剰」
「既製品奴に言われても痛くも痒くもありませんなぁ!!!!!!!!!」
「うっさ」
「自慢したいのならとっとと祭りの中に行くぞ」
「ちょっと待て」
「は?」
「散々待たせたのに、なんだ?便所か?」
「んなわけね〜だろ……緊張してっからさ、このまま連れてってほしい金は出すから」
「何この面倒な女みたいなやつ。最初に俺様とか言ってたやつと同じ人間か?」
「同じ人間だよ! こんな格好正月ぐらいしかしねえから本当に見られててキツい」
「親に言ってこいや」
「だから!お前らが、一緒なら大丈夫だって思ってたのにお前ら既製品だし!」
「女子が一緒にトイレ行くのと同じ感情を持たれても困るんだが」
「俺待つからさ、今から着替えてきてくんね?」
「いやだ」「やだ」
「はぁ???俺の意見即却下かよ」
「俺らだってなれない浴衣着てんだから、許せよ」
「そうそう、なれないのは俺らも同じだ、な?だから行こう」
「俺を、汚れから守ってくれる?」
「知らね〜勝手に汚れてろ」
「自分で守れ」
「チッ仕方ねえな〜!!!!行くぞお前ら!」

「やっと普通に戻った」
「今日何人告りに来るか賭けるか?」
「いや、賭けても意味ないでしょ。自分より顔のいい男が高い服きてるんだから告る気にもならんでしょ」
「そりゃそうだ」

#ノート小説部3日執筆 お題『浴衣』 

私にとって、浴衣というのは何も特別な衣装じゃなかった。何しろ、周りを見渡せば幾らでも見る事が出来たからだ。何しろ私の実家は、有名な温泉地にある旅館の一つだからだ。
 家業を継ぐ必要こそ無かったものの、特に行楽シーズンともなれば是非もなしに手伝いをさせられた。特に県外からも見物客が訪れる花火大会の時には、まさに息つく暇もなかった。そういう訳なので、私からすれば浴衣は、自分が着ることより、人が着ているのを見る印象の方が圧倒的に強い。
 だから進学の折に上京した時、初めて気づいた。
 私は、祭りに行くための浴衣を持っていない。
 そんな訳なので、友達と祭りに行った時、半袖のTシャツと膝ぐらいの丈のスカートというラフな格好だった私。
結果、すごく浮いた。私以外にあと三人、一緒に行くメンツがいたのだが、全員夏らしい、綺麗な浴衣を着ていた。うちの二人は『浴衣じゃないん?』って感じで一言触れただけだったが、一人だけ私の姿を認めた瞬間、明らかにがっかりしたような顔をした。
その娘は入学して最初に仲良くなった娘だった。入学式で隣に座ったというそれだけのきっかけだが、私達はよく行動を共にした。彼女はよく私の容姿を褒めてくれた。『歯並びが綺麗』とか、『髪の艶がいい』とか。褒められる事自体は悪い気はしないが、親にも特に褒められたことのない容姿をここまで良く言われるのは、むず痒いものがあった。
私達は四人で一通り祭りと花火を楽しんだ。彼女は表向きはいつも通りだったが、時々残念そうな目で私を見た。
帰りの電車で、その娘以外の二人が降りた後、思い切って私は訳を聞こうとしたが――

「浴衣、見たかったんだけどな」

 彼女が小さく、しかし先手を打つように言った。私が思わず「浴衣?」と聞き返すと、彼女はコクリと頷いた。

「綺麗な黒い髪してるし、スラッとしてるから絶対似合うと思ったんだけど……」
「ん~~そうは言われてもなぁ……」

 私は旅館の娘に生まれたせいで、逆に浴衣の事を重要視していなかった事を話した。すると彼女は、信じられないものを見るような眼で私を見た。

「そこに生まれたからこそ、むしろこだわりたくならないの?」
「私はそうならなかったなあ」

 彼女は急に私の手を掴むと、有無を言わさぬとばかりの力強い眼を向けてきた。

「じゃあさ、ウチに来なよ。ウチ、呉服屋なんだよね」
「……え?」

 思わぬ事態に、間抜けな声しか出なかった。

「浴衣は勿論、和服の力を侮っちゃあいけないよ。着る人が着ればそりゃあもう一つの芸術にすら昇華されるんだから」

 どうやら私は地雷を踏んだらしい。
 身近だからこそ特別じゃなかった私と、だからこそ特別な彼女。運命というものがあるなら、随分面白い事をするな、と他人事のように思った。

『祈りのかたち』 #ノート小説部3日執筆 お題:浴衣 #果ての地のうつくしい千年 スピンオフ 元ネタ絵あり(添付) 

「リン。泰紀の衣装を調達してくれない?」

 私が虚空に呼びかけると、漆黒の闇がじわりと染み出し、そこから不機嫌そうな女の声が響いてきました。

「愛し子は私を何だと思っているの?」

「もちろん、世界の半分を司る偉大な夜の大精霊だよね。」

「よく分かっているじゃない。
 ただの便利屋だと思っていないなら構わないわ、できるわよ。
 でも、どうして?」

「ほら、今度主神様と泰紀で捧げられた平穏の祈りを叶えに行くことになったでしょう。
 主神様はお姿を変えない方が良いけれど、私は……
 せっかくお祭りもあるというし……」

「いつもと違う格好であの子を歓ばせたいということね。」

「口に出したら主神様に丸聞こえじゃないか……」

 私は無神経なリンの言葉で計画が半分台無しになったことにがっかりしつつ、
 あの方に黙ってことを運ぶという仕業の難しさを改めて実感しました。
 リンは暗闇の中で少し笑ったようでした。

「ま、分かったわ。
 何でもいいならすぐに出せるけれど、お祭りに相応しい衣服となると……
 ちょっと時間をもらえる?」

「どうして?」

「当然、流行りの意匠や腕の良い服屋なんかを調査して、最上のものを愛し子にプレゼントするためよ!」

 そう、この精霊は本来イタズラ好きで、私をからかうのを至上の楽しみとしていて……
 そんなリンに丸投げしてしまった自分の愚かさに、私はその時になってようやく気づいたのでした。

「リン! 主神様と一緒に歩いて恥ずかしくないやつでお願いね!」

 あわてた私の追加注文は、消え去った闇の向こうに響いていくだけでした。



 ということで、とても心配だったのですが。

「どう?
 あの子と同じ秘色の衣に、光を表す金色の帯にしてみたわ。」

「リンが……まともだ……!?」

「あら、シースルーの黒もあるけれどそちらがご所望だったかしら?」

「とんでもないよ、これがいいよ、ありがとうね。」

 母譲りの減らず口のせいで、リンとの会話はいつも綱渡りです。
 悪癖であるとは自覚してはいるものの、なかなか。
 早く体に見合った成熟した精神を持ちたいと願うばかりです。

「……その衣は浴衣と言って、模様にもそれぞれ意味があるんですって。
 蝶は不死・不滅。
 雲取は良き暮らし、輪廻転生。
 エ霞は永遠。
 流水は魔除け、清らかさ。」

「へぇ……ヒトはそうやって、モノにも祈りを込めるんだね。」

「健気なものよね。
 というわけで私からも祈りを込めてみたのよ。」

「うつくしい色合いと模様だとは思うけれど……輪廻転生?」

「時が経てば、いずれ分かるわ。
 精霊からの贈り物ですもの。」

「そっか。ありがとう……」

 大精霊の祈り。
 それはもしかすると、世界の命運に刻まれるレベルのまじないになるのかもしれません。
 私も主神様と永遠に仲睦まじくありたいと願っているので、有難く袖を通すことにしました。



 主神様との待ち合わせ場所は、祈りが捧げられた神宮という泰紀の聖地のそばの、人目につかない高台です。
 泰紀は不思議な宗教を持ち、彼ら自身の本来の信仰と極北の私達への信仰を習合という形で同一視しています。
 彼らの神は極北の私達の数よりずっと多いのだそうです。
 そういう土地ですから、主神様も彼らの神に配慮し、神宮に直接転移するのは避けているようでした。

「お待たせ、ラインハルト。」

 背後から声を掛けられ、私は微笑んで振り向きました。

「お先に着くことができて良かったです。」

 主神様はいつもの秘色のビシュトに身を包み、蒼い宝玉を胸元に煌めかせていました。

「その装束は浴衣、だね。」

「はい、リンに用意してもらいました。
 ……主神様と同じ色を纏う不敬を、
 このお祭りの間だけはお赦しください。」

「良いよ。美の神のお前によく似合っているし、
 私のものだということが判りやすい。」

「光栄です。」

 お祭りの雰囲気を、主神様も楽しまれているのでしょうか。
 普段はおっしゃらないような嬉しい言葉を聞いて、私は頬が上気するのを感じました。

「さあ、楽しむ前に仕事をしてしまおうね。」

「はい。参りましょう。」

 そうして私達は手を取り合い、ふわりと空に舞い上がりました。

 泰紀の夜は賑やかで明るく、何の憂いも無いように見えます。
 しかしこの国は今、疫病が広まり、死者を多く出している状況なのです。
 その弔いとよりよい明日のために、彼らは敢えて祭を催しているのでした。

「ラインハルト、手伝いを頼むよ。
 失われたとはいえ光の神名と死の
諱(いみな)を持つお前なら、
 私の真似もできるはずだ。」

『呼応。其は陰陽より出ずる時の精霊。集結。人為のそばにありて、生と死をあざなうもの。収斂。海一つ国一つ、求める者に求めるものを。執行せよ、〈
生命断罪(デュラータ・バランシャ)/ララ〉』

 主神様の詠唱に続いて私も同様に精霊魔法を発動させると、二つの魔力が束となって夜空を貫き、それから花のように開いて八天を満たしました。

「……この魔法は、厳密には人を救う魔法じゃない。
 生きたい者には生を、死にたい者には死を与える魔法だ。」

「……では、今多くの魔力が消費されたように感じたのは……」

「うん。かなりの人数を、命の巡りに戻したね。」

 平穏の祈りは一通りではありません。
 病苦から解放されたいという思いから、いっそ死を望んでしまうヒトが、それほど多かったということなのでしょうか。
 それとも私達は、本当は生きたかった者達まで……。

「お前は苦しまなくていいよ。
 この方法を選んだのは私だ。
 泰紀では元々今日……八月十五日に、死者の元へと願う者達の声が一番多くなる。
 それに乗じて疫病が弱毒化するレベルにまでヒトを減らしてみたんだ。
 どうやら遥か昔から……私達が生まれるよりもっと前、泰紀の人々が今の土地に居着き、民族として確立するより前からの慣わしだそうだ。
 血の記憶というべきものかもしれない。」

「……それも、私達の仕事、ということですか。」

「そうだね。問題はないよ。
 生を望む者の疫病は祈り通りに取り払われたし、
 楽しい祭りに水を差すものでもない。」

 それでも浮かない顔をしていた私の頭を撫でて、
 主神様は淋しげな笑顔を向けてきました。
 そう、私はこの方の御業を否定してはいけない。
 この方の真の味方は私だけなのですから。
 私はそれに思い至り、表情を戻して頷きました。

「さあ、ラインハルト。神の奇跡はこれで終わりだ。
 お前のうつくしい姿を民に広めにいこう。」

 ああ、と得心がいきました。
 神である私の装束は、人々の祈りでできているのです。
 彼らが目にするのは、蝶に流水、雲取、エ霞の模様。
 不死・不滅。永遠。魔を祓う清らかさ、良き暮らし、そして輪廻転生……。
 それは彼らの信仰のための模様なのでした。

 であれば、私は極北に住まう神の一員として。
 主神様のおそばに仕える者として。
 この姿も最大限意味のあるものにいたしましょう。

 あなたが統べゆく永遠のために。

#ノート小説部3日執筆 浴衣 

浴衣

 夏真っ盛り。夕方になってもまだむわっとしている。
 盆も過ぎれば暑さもやわらぐとはいうが、本当だろうか。
 ドンドンと太鼓が鳴り始めた。吊り下げられた提灯にも灯りがともる。
 市民広場の盆踊り会場では、浴衣や甚平を着た人々が集まっていた。
 その楽器の音とざわめきのなか、わたしはそれを聞いた。

「あら、左前じゃない!」

 驚いてふりむくと、声の主は中年の女性だった。
 そこにいた若い女の子の浴衣が気になったらしい。
 女の子は白地に紺のかすり、帯はお太鼓結びで帯揚と帯締もしていた。
 襦袢を重ねた胸元が、左前だった。

「お太鼓なんかしちゃって。浴衣はね、こんな帯しめたってダメよ」
「はあ、そうなんですか?」

 女の子はわからないといった顔で首を傾げた。
 たしかにこの気温で襦袢と足袋にお太鼓は暑そうだけど……。
 中年の女性は得意げな顔で言う。

「そう、まともな服じゃないんだから」
「はあ……」

「お太鼓だってちゃんと上がってないから形がおかしいし」
「そうですか?」

「おはしょりも雑。丈も短いんじゃない?」
「うーん、そうですかねえ……」

 女の子は自分の浴衣を見ておろおろしている。

「腰だって補正しないとみっともない!」

 そうかもしれないけどとわたしは思い、次には口に出していた。

「い、いいじゃないですか。こなれていて素敵だと思います!」

 確かにきっちりした着付けではないけど。
 わたしから見ると、着かたが雑というよりこなれているように見える。
 体の線に沿っていて、窮屈な、着せられている感がない。

「ね、もう始まるよ。あっちで踊ろ?」

 わたしは彼女の手を引いて、盆踊りの輪に繰り出した。
 おはやしの音に女性の声は聞こえない。
 踊ってしまえば、だれも着方なんて気にやしないだろう。




「ただいまー」

 帰ってくると、御年九十になるひいばあちゃんがまだ起きていた。

「楽しかったかい?」
「うん、楽しかった!」

 わたしはおみやげのたこ焼きを出して、女の子と踊ったことを教えた。
 気がついたらいなくなっていて、ちょっと寂しかったことも。

「あらそう。浴衣にお太鼓、おかあちゃんがしてたわねえ」
「そうなんだ」
「昔は野良着しかなかったから、浴衣といや上等なもんだったんだよ」

 ひいばあちゃんはぼそっと呟いた。

「まあ、帰ってらしたんでしょうね」

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