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#ノート小説部3日執筆 お題【わけあいっこ】 おっさん聖女は分け合うのがお好き(ふんわりBL風味) 

「うーん、一緒に食べたりとか、そういう経験って大切だと思わない?」

 俺の聖女はそう言って笑った。
 魔界の扉を封印する為の戦いには波がある。聖女ラウルは束の間の休憩時間を己の回復に費やすことなく、俺との交流に力を入れていた。



 突然姿を消したと思えば「今日はどっちが良い?」と両手に食料を持ってやってくる。この時はパンに肉類などが挟まったものだった。
 魚と肉がそれぞれ挟まったパンを俺に見せつけながら「どっち? 俺、まだきみの好みを把握しきれていないからさぁ……」などと言ってくる。
 どちらが好きだとか考えたこともなかった俺は答えに詰まり、口をつぐむ。
 すると、ラウルは気にする様子もなくにこやかに笑いながら提案してくる。

「選べないなら半分こずつにしような。俺もどっちでも良いからさ。とりあえず、きみはそっち食べて。俺はこっち食べるから」

 ずいっと渡されたパンを手に取ると、彼はにかっと笑んだと思えば手元に残ったパンを頬張った。

「あ、ちゃんと半分だぞ。食べ過ぎたら俺もその分食べるからな」
「……あ、ああ」

 俺は戸惑いながら魚が挟まったパンを眺めた。フライにした魚と野菜。味付けはどうだろうか。
 まずは一口。塩気が強いが、戦いに明け暮れている俺たちにはちょうど良い。

「どう? そっち、うまいか?」

 ラウルが咀嚼している姿を観察しながら俺に声をかけてくる。何が面白いのか分からないが、彼はなんだか楽しそうだ。

「俺が食べてる方もうまいからな。楽しみにしてろよ」
「……分かった」

 分かった、と答えたは良いが、何も分からない。分かるのは、ラウルが優しいということだけだった。



 別の日は、今度は体温を分けてこようとしてきた。
「今日は冷えるからなぁー」
 と言いながら突然毛布を抱えて現れた時には、何が起きたのか分からず完全に目が覚めてしまったものだ。動揺する俺のことなどお構いなしに、俺の寝台に潜り込んでそのまま寝てしまった。
 いったい本当に何だったのだ。その日、俺は彼のぬくもりを感じながら眠れぬ時間を過ごす羽目になった。



 他にもいろいろある。とにかく食事は半分こ、何かあれば共有する。彼の厚意は嬉しいのと意味が分からないのとで半分半分だったが、不思議と嫌ではなかった。
 ラウルの言動が、俺にとって“押しつけがましい”と“さりげない”の中間だったからだ、とでも言えば良いだろうか。
 とにかく不快感はなかった。だから、だろうか。俺は拒否したいとも思えなかったのだ。

 そんな風に、色々と分け与えられることに慣れたからだろう。ラウルから、ではなく俺の方からそういう行為をするようになった。
 束の間の休憩に入るなり、有志で飲食物を提供してくれる人々の出店に向かうと、ラウルが好きそうなものはないかと探すようになった。彼は好き嫌いなく食べる素晴らしい人だが、やはり男性らしく肉が好きなようだ。
 俺はその中でもちゃんと野菜も食べられるものを探す。そして、二人分を確保すると彼の元へと向かうのだ。



「ラウル」
「お、なになに。今日はきみが取ってきてくれたの? 嬉しいな」

 ぱあっと明るい笑みを浮かべた彼が振り向いた。魔獣と戦い、疲れているであろうに、その姿をおくびにも出さない。
 聖女としての振る舞いが板につき、誰よりも「なんでもない」を装うようになってしまっていた。

「今回はかなりの数を倒したからな……疲れているかと思ってスープにした」
「やっさしー。さすがは俺のベルン」

 聖女に褒められて悪い気はしない。が、どう反応するのが正しいのか分からない。悩んだ末、無難な言葉をひねり出す。

「ちゃんと、二種類選んであるから分け合える」
「はは、わけあいっこするのが習慣みたいになっちゃったな」

 クリーム系とトマト系のスープを交互に見ながら彼は笑う。その様子を見て、ふとどうして分け合いたがるのか気になった。

「ラウルはなぜ、半分ずつにしたがるんだ?」
「ん?」

 首を傾げる姿にちょっとした何かを感じた気がしたが、余計な感情は後回しに好奇心を優先させる。

「だって、共有するものが多ければ多いほど、良いだろ?」
「良い……?」
「そ。バディとしての一体感っていうかさ、そういうのもほしいけど、何より一緒に何かするって幸せじゃない?」

 幸せ、なのか。

「少しでも楽しい時間を過ごしたいだろ。ずっとあんな獣相手に戦い続けてるんだぞ。癒しが必要だって」

 ラウルの主張は確かに、と思う。が、疑問が残る。

「俺にだけで良いのか?」
「ん?」
「他の騎士は……」

 俺につきっきりで、他の騎士との交流をしているように見えない。それを指摘しようとしたら、ラウルはトマトスープを俺からするりと奪った。

「ああ、あいつらはいいの。俺が明るく強く旗印たる態度を取って、聖女として神聖魔法で癒すだけで満足してくれるから」

 そう言ってスープに口をつける。「うん、ちょうどいい塩加減」などと言ってスープを飲み始めたラウルを見ながら、彼の発言の意図を考える。
 騎士の信仰心からくるラウルへの気持ちと、俺のラウルへの気持ちに何らかの区別をしているように聞こえた。
 だが、俺の聖女ラウルへの気持ちは、他の騎士と違っても仕方がないと思う。彼とは相棒なのだ。ただ聖女の神聖魔法の加護などを受けるだけの騎士と、直接聖女と意思疎通を行って魔獣を倒す為に先陣切って戦う俺。
 スタンスがまったく違う。

「確かに、彼らは聖女ラウルが“いつもありがとう”と一言声をかけるだけで満足するだろうな」
「なに、きみはそういう労いの言葉だけじゃ満足できないって?」
「そ、そんなことは言っていない」

 全然違う方向に話が向かっていきそうになり、俺は慌てて否定した。

「はは、知ってる。前にも言ったけど、きみのことはさ、何でも知っておきたいんだ。俺の唯一無二の相棒だからね」
「……」

 これ以上ない言葉だ。ラウルがこの言葉を他の騎士に捧げる姿を見たら、俺は絶望してしまうかもしれない。表情が崩れそうになり、俺はぐ、と口に力を入れる。

「俺と同じところに立って戦ってくれるきみとの静かな時間を大切にしたいんだ。きみが嫌じゃなければ、ね」

 時間だけではなく、すべてを共有したいと言外に言われているように感じる。きっと、彼のことだ。そんな風には考えてもいないのだろう。
 そうは思うのだが、特別扱いされて嬉しくないわけがない。

「俺のすべては聖女ラウルの為にあるのだから、ラウルの好きにしてくれ。俺は、可能な限り一番お前に寄り添える存在になりたい」
「言うねぇ……照れちゃうな」
「……ふっ」

 あまりにも堂々とした表示で「照れる」と言うものだから、つい笑ってしまった。ラウルはそんな俺を見てきょとんとしたあと、嬉しそうに笑う。
 …………話がずれていって、何の話をしていたのか分からなくなっていたが、ラウルの笑顔の前ではそんなことなど、もうどうでも良かった。
#おっさん聖女 #おっさん聖女の婚約

#ノート小説部3日執筆 わけあいっこに関する弟と姉の話です 

https://misskey.io/clips/9u02fdzcl34s05j4 に置いてあるこれまでのノート小説を踏まえないとわからないかもしれません、すみません


 姉ちゃんがもうすぐ臨月なので、LINE通話で出産祝いの希望を聞くついでに、結婚したら咲さん側の姓に変えたいと思っていることを話した。

「あーそう、その人と結婚できたら、名字変えるの……」
「なんていうか、お父さんにわかってもらうにはそれしかないかなと思ってさ」
「いやー、あいつがわかるわけないよ。でも、改姓したらあんたを跡継ぎその2にするのは割と大変になるから、いいと思う」
「でも、お父さん怒るかなと思って、怖くて」

 だから、今姉ちゃんに事前相談をしている。

「あいつが怒る前に私が激怒するから平気」

 姉ちゃんはサラッと言った。

「どういうこと?」
「まあね、私普段から、後継ぎは私だけだよね、私に全部くれるよねってあいつを詰めてるんだけど。父親があんたを詰める方向に行きそうになったら、「私に全部くれるんじゃなかったの!?」ってキレる」
「それで大丈夫なの?」
「さらに畳み掛ける。私後継ぎやるために何でもしたよね、お父さんの勧める男と好きでもないのに結婚してセックスして子供作ったよね、私がいなきゃもう回らないくらいお父さんの秘書やってるよね、それでも娘より息子の方がいいの!? ってキレる」
「こ、こわ」

 姉のセックスとか想像したくないな……でも、そこまで言われて反駁できるかって言うと、かなり難しい気がする。

「えっと、じゃあお父さんに俺が結婚したら改姓するって言うとき、姉ちゃんそれやってくれない?」
「頼まれなくてもやるから。今更あんたに半分持ってかれたらたまんないもん」
「取るつもりなんてないよ」
「それはわかってる、八百長ってことよ」

 わかってくれてるならいいけど。

「ていうか、その、好きじゃない相手と結婚しなきゃいけなかったの、俺のせいでもあるよね、ごめんね」
「別にあんたのせいじゃない、お父さんのせい。私は政治の世界に入りたかったし、別に嫌いな人でもないし、一緒に住んでみたら意外といい人だったし」
「そっか」

 俺は、少しホッとした。

「まあさ、あんたはあいつから、欲しいものだけ持っていけばいいの。あいつが死んだ後の金とか。幸いにも、あんたと私の欲しいものは被らないから、わけあいっこできる」
「うん……」
「でさあ、出産祝い何でもくれるの?」

 なんか露骨に話を変えられた。でも、多分あんまり悩むな、私に任せろっていうことなんだということはわかる。

「本当、何でも送るよ」
「じゃあ、スープストックトーキョーのスープとカレー16セットふたつ」
「ん? スープなんかでいいの?」
「けっこう高級なのよあれ。ていうか、こういうお祝いって赤ちゃん用品ばっかりで、私のためのものなんにもないの! 私だって人一人ひり出すわ骨盤は開くわ母乳出すわで大変なんだからね!」
「そ、そう……」

 お母さんが大変なのはわかるが、ひりだすとか言われるとちょっとな……。まあ、希望を聞かなかったらおむつケーキとか送っちゃうところだったから、聞けてよかった。
姉ちゃんとは、性格も好みもぜんぜん違う。姉ちゃんが俺をかばって父親の跡継いでくれるまでは、正直あんまり仲良くなかった。でも、性格も好みもぜんぜん違うから、取り合いじゃなくて、分け合いができるんだろうな。

#ノート小説部3日執筆 『地球人と異星人と九十九神が、糖分を等分する』お題:わけあいっこ 

セミがにぎやかに鳴きまくる午後四時に、家へと着いた。玄関を閉める。室内は寒いくらい冷えている。クーラーがきいた涼しいリビングでは、頭部型異星人と本の九十九神がホールケーキを分け合っていた。
「おかえり正樹」
「おう。ただいまエゼット。おいしそうだな」
 台所で火照った顔を洗うと幾分か生き返った。カバンからフェイスタオルを取り出し、水気を拭う。冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出す。足元で「僕たちの分もちょうだい!」と小人姿の九十九神がねだってきた。
「ケーキなら炭酸ジュースのほうがいいよな。九十九さんはどれにする?」
「いつもの!」
「分かった」
 本の九十九神に名前はない。ただ書物を敬ってくれれば嬉しいのだと本人は言っていた。名前がないのも不便だろうから、俺たちは九十九さんと呼んでいる。九十九さんが好きな炭酸ジュースを供える。ペットボトルはあっという間に空になった。相変わらず豪快な飲みっぷりだ。
「正樹は麦茶でいいのか? せっかくのケーキだぞ」
「え。俺の分もあるの?」
 ケーキはパンを切る包丁できれいに三等分されて、皿に取り分けられていく。衛生手袋を魔法で操るエゼットは「ほら」と言って、ケーキを差し出してきた。
「地球人は何事も分け合うのだろう? 三人で分ければ三倍おいしいはずだ。なぁ九十九さん」
「そうだよ!」
「ありがとう二人とも。いただくよ」
 体はまだ熱を持っているし、甘いものをがっつり食べるには喉が渇いている。それでも、こういう気遣いは嬉しい。
「ところで、どうやって買ったんだ。日本の通貨なんて持ってたのか?」
「案ずるな。正樹のへそくりで支払っておいた」
「おまえなぁ⋯⋯。まあ、おいしいからいいけどさ」
 かれらの気遣いが罪悪感由来のものでないことを祈る。

#ノート小説部3日執筆  お題「わけあいっこ」 

「はい、これあげる」
「……有難う」
 さらりとした言葉と同時に差し出された、二個入りアイスの片方を私はお礼を言って受け取る。
 
 同じクラスの彼は食べるのが好きで色々な美味しい物を知っている。…………以前、見た事のないパッケージのパンを彼が持っていて、それがまた私の好きなチーズ系のパンだったため、気になって声をかけた。
 ただそれは通販限定品、すでに販売終了したものだった。残念に思っていたら彼がパンを半分に割って分けてくれて。……その時、私はよほど美味しそうに食べていたらしく。それからというもの、限定品やお菓子を私の分まで持ってきて分けてくれるようになった。
 流石に申し訳ないので最初は断っていたが「美味しそうに食べる人と食べる方がより美味しいから」と言われて断れなくなり……結果、金曜日の放課後に空き教室で待ち合わせをして、雑談をしながらお菓子を食べて、それから帰るという習慣が出来上がっていた。
 
「今日は暑いからアイスが良いかと思って、さっき買ったんだ」
 そう言いながら彼はフタを切り取り、コーヒ味のスムージーアイスを食べ始める。私もそれに倣ってフタを取ってから口をつけた。……口の中に入ったアイスはひんやりと冷たく、舌の上で柔らかくなって溶ける。
 じわりと感じる冷たさに涼を感じなから味わっていると、先に食べ終わった彼は目尻を少し下げ、少し楽しそうな顔でこちらを見ていた。……落ち着かない。
 私は早々にアイスを食べてから口をティッシュで拭き、まとめてゴミ箱に入れて彼に顔を向ける。
 
「美味しかった。ごちそうさまでした」
「ん、ごちそうさま」
 食べ終わった後のいつものやりとり。それから他愛もない雑談をしてから解散するのだけど。
 今回は彼にどうしても言いたい事があったので私から口を開いた。
 
「……ね、前から言おうと思ってたんだけど」
「うん? 何?」
 首を傾げながら聞き返してくる彼に対し、私はひとつ息をついてから言葉を続ける。
「毎回もらってばかりじゃ申し訳ないから、今度は私のおすすめを持ってきたいんだけど……駄目かな」
「………………」
 その言葉に彼はきょとんとした顔をして──それからすぐに安心したように笑った。
「僕が好きでやってる事だから気にする必要はないけど、君のおすすめは気になるから提案に乗っかろうかな」
 ふわりと笑う彼に私はホッと息をつく。
 
「……でも、ちょっと内心ドキドキしちゃったなぁ。真剣な顔してたから『もう止めよう』とか言われるのかと思っちゃった」
 机の上を片付けながら発せられた、若干苦笑いを含んだ彼の声に今度は私がきょとんとする。
「……君が止めるなら私は別に構わないけど」
「いや、止めないよ。……だから、もうしばらくは付き合ってね」
 私の言葉に対し、彼は首を横に振って否定してから柔らかい笑みを浮かべた。

 ……これは、ふとした事からつながった彼と私の物語のほんの一部。分け合いから始まった、何てことない日常のひと幕の話だ。

#ノート小説部3日執筆 アンパンが食べたいのじゃね/お題「わけあいっこ」 

「つーか、なんで、アタシら張り込んでるんだっけ……」
「文句言うなし、これも仕事っしょ?」

「これが仕事ねぇ……」

 アタシは今何をしているんだと、自分に問いかけてみた。
 当然、答えは出ない。

 友達のギャルに誘われ、
 用心棒としてコイツの張り込みに協力していることは分かる。

 でも、なんだろう。

 肌寒い夜中に、コート着てる状況って異常だ。
 閑静な住宅街、路地の物陰に二人立ってる光景は、非日常が過ぎる。

 まるで、刑事の張り込みなんだけど、
 少なくともアタシみたいなヤンキーがすることじゃないことは確かだ。

 どれだけ、こいつは本気で探偵ごっこをするつもりなのか――

 アタシの目の前にいるギャル、ヤンキー座りで煙草吸ってるし。
 金髪の髪、サイドテールにまとめて、キラキラしたカラコンいれて、ドーリーウインクのつけまつげで、ばっちばち……ネイルだって、ゴールドのラインのラメに、星型のスワロフスキーとちいさなシェルが散ってて、薬指の爪だけピンクのグラデーションで、ホログラムみたいな虹色の花柄でかわいーやつ。

 ピンクのペディキュアがよく見えるピカピカなサンダル履いてるのに、アタシより身長も高いし、ていうか、張り込みにサンダル履いてくるなよな……

「これが、仕事ねぇ……」
「なぁに? まだ文句言ってるの? ほれ、あんパン半分あげるから――機嫌とかなおそ?」

 あんパンかぁ――

 きっと、張り込みだから、そーゆーノリで買ってきたんだろうな。
 そーゆーノリで動く女なことは知ってる。

 そう思ってたら、目の前でギャルが器用に袋空けて――
 本当の本当に、あんパンを半分ちぎって渡して来た。

「悪ィ」
「ども~♪」

 まぁ、そのノリに乗ってしまうのが、アタシのダメなところでもある……

 あんパンか……そう思って見つめる。
 ふわふわとしたパン生地の半分、ずっしりと餡子が詰まったパン。

 深い小豆色の餡子が、なめらかで、しっかり餡子の匂いを感じる。
 そんなパンが半分―― 

 ていうか、あんパンなんて、食べたのは、いつ以来だろ――
 アタシはふと、空に白い息を吐きだしながら考えてみた。

 中学、高校……?

 思えば、あんま自分から選ぶ感じじゃない気もする?
 あー、でも、小さい5個入りのやつは、たまに食べるか――

 でも菓子パンが食べたいときだって、クリームとかメロンパン。
 あとは、ドーナツが選択肢に入る。

 誰かとあんパンを食べるシュチュエーションって、難しい?

「久々だ」

 そう思いながら一口。
 歯を立てると、別に、なんてことはない。

 パン生地はふわっと歯を受け止めて、
 半分にちぎってるからすぐに餡子が口に下に当たる。

 うわー甘い。いや、この甘さが、疲れた体にちょっと嬉しい。
 控えめな小豆の風味の中に、しっかりとした粒あんが触れて、食感の対比っていうの? そういうのが美味しい。

 ていうか、半分ってのがいい――
 一個食べてたら、集中力切れてたかもしれんし……

 自分のポケットに入れてるナックルダスターのことを思い出して、
 ちょっとばかしやる気を出す。

 あと、なんだかんだ。
 夜空を見ながら食べるあんパンって、悪くない。

 なんだか、物語がある気がする。
 そういうの、よくわからないけど――

 せっかくもらったものだし、ゆっくりと噛む。
 口の中で、あんぱんはもちもちと溶けて、餡子と混じっていく。

 ウマ
「美味」
「結構いいでしょ。ノリで買ったらおいしかった♪」
「そんなことだと思った――」

 まぁ、そのノリに救われた感じではあった。

 アタシが残ったあんパンを全部口に入れて見つめると、
 ギャルはちょうどあんパンを食べ終わったところだった。

 視線はずっと、張り込んでる玄関の扉を見続けている。

 たとえるなら、今日が全国大会の決勝ですみたいな――
 真剣で、何かをやり遂げようとする意志を持った目だった。

 そりゃ当然、アタシみたいなヤンキーを、連れてくるような用事なんだから……
 本人としては、これ以上ないマジなんだろうけど――

 空気が重すぎて、むせそうになってくる……
 そう思ってたら、目の前のギャルが急にドッキリを暴露する芸人みたいに笑いだした。

「だめだーw 黙ってるの間が持たせるの無理w」

 そういって、コートのポケットから煙草を取って――
 青いパッケージをとんとんする。

 びっしりラメでデコられたジッポライターで火を付けて、
 手慣れた手つきで、煙草を吸い始めた。

 瞳を閉じて、作り物の人形みたいな顔が微笑んで、
 ため息をつくみたいに、ほぅ――と、煙を吐き出すと――

 にっと、口角が上がり、表情が満面の笑みに変わる。

「うま~★」
「お前さぁ……」
「なぁに?」
「めっちゃ旨そうに、煙草すうのな……」
「でしょ~? ヤンキーちゃんも吸う?」

 アタシは、差し出された青色のパッケージをとんとんと叩く。
 叩いたところで、万が一を考えて、ライター持ってきてないことに気づく。

「悪ィ、火ないわ」
「しょ~がないな~♪」

 そういって、立ち上がるギャルは、ウチよりちょっと背が高い。
 何したいのかは分かったから、煙草をくわえて待つ――

 すると、ちょっと真剣さが残ったギャルの顔を、ウチは見上げる形になる。
 めっちゃ小顔にギラついた――吸い込まれるような大きな瞳が、嫌でも目に入る。

 まるで、お姫様みたいに綺麗、つけまが長くて――
 いや、そうじゃなくて、兎も角、咥えた煙草が、ウチの目のまえに……迫る。

 ごくりと、喉が鳴る……
 
「わけあいっこ、わけあいっこ♪」

 でも、その表情はすぐに、いつも通りのにへらっとした笑顔に変わる。
 わけあいっこ――か。

 どうせなら、ピノか雪見だいふくでしたかったな。

 なんだか普段通りのコイツって感じがして――
 ちょっと安心して、煙草越しにキスしてみる。

 葉が焦げる音が微かに聞こえる。

 別に、コイツのこと本気で好きってわけじゃないんだけど――

 そう考えながら、最初の一吸い。ゆっくりと煙を口に含む。

 煙は口の中に広がって、 舌で転がすと、まだ熱い。
 苦くて、ちょっと甘い香り――しっかりとした煙草の味。

 葉の香ばしい、どこか爽やかな後味。

 ゆっくりと、煙を肺に送り込む。
 喉を通る、かすかな刺激。

 タバコの先端が赤く光る。

 煙を吐き出す前に、一瞬だけ口を開くと、煙が少しだけ漏れ出す。
 その瞬間、タバコの香りが広がり、煙の感覚が、鼻を抜けて――

 ウマ
「美味」
「ヤンキーちゃんも、めっちゃ美味しそうに煙草すうね♪」

「そーかな……」
「そーだよ♪」

 そういって、二人で並んでもう少し――
 タバコの煙のように儚い、二人きりの時間を楽しむコトにする。

 張り込みの夜は、まだ終わらないみたい。

『いずれ天才となる少年』#ノート小説部3日執筆 お題:わけあいっこ #ある夭逝した天才の記憶 スピンオフ 

【未読メッセージ:三件】
 視界モジュールの端にずっと表示されていた未読件数が一つ増えたので、僕は仕方なく拡張現実内の端末を開いた。本当は視界に通知を引き出しておくのも鬱陶しくて嫌だ。でも、こうしないと面倒くさがりの僕は端末なんか見ないし、放置するとうるさい奴がいるから。
 案の定、三件ともクリスからだ。一件目は『おはよっ』のスタンプだけ。これで開かなくて良かった、内容の無さに苛々するとこだった。その後、『今日どっかの時間で遊べない?』そこから五時間経った今さっき、『リノちゃんもお昼食べた? 俺の母様からおやつ貰ったんだけど一緒に食べない?』と来ていた。うん、やっぱり三件溜まるまで放置しておいて正解。僕はにまっと笑って返信を入力した。
『甘いやつなら。今から来る?』
『今行く!』
 画面越しにもクリスが跳び上がって喜ぶ姿が見えた気がして、思わず吹き出してしまう。
 二つ歳上の、茶色い大型犬みたいな奴。まだ子供なのに、多分僕の母様と同じくらいの背がある。そしてなぜかは知らないけど、僕と友達になりたいらしい。王位争いの相手だというのに呑気なことだ。ま、文字通り神童である僕が勝つのは自明の理だし、あいつに付き合うと宮殿内での人気もとれるし、悪くはない。おやつも貰えるし……それなりに楽しいし。
 クリスの第一声を予想する。来たよ!かな、お待たせ!かな……。お待たせ、リノちゃん会いたかったよ!かもしれないな。ここのところ忙しいって断り続けてたもんな。義務教育の進度制限解除の申請論文が通ったから、次の制限が掛かるところまでさっさと終わらせてしまいたかったんだよね。これで多分、クリスに追いついた筈。あいつがダブらずに進んでいれば、だけど。
「お待たせー! リノちゃん、会いたかったよー!」
 僕の部屋の扉が開き、予想通りの明るい声がして、僕は満足の溜息をついた。
「……やっほ、クリス。おやつ何?」
「え、めっちゃ機嫌良いね、何かあった?」
「おやつ何って聞いてんだけど」
「こっちを見てくれれば分かると思うんですけどね」
「今動画見てるから。お前が前に来て」
「ねーえー! 折角遊びに来たんだから後でにしてよー!」
 勿論動画なんか見てない。僕の視界モジュールに何が映ってるかなんてクリスには分かりっこないんだけど。単に、クリスが来て喜んでると思われるのが癪だっただけだ。
 クリスは文句を言いながらも僕の前まで来て机にトンと透明な籠を置いた。白い滑らかな塊が四つ、カップの上まで盛り越している。
「……アイスクリーム?」
「正解〜! なんと味変の拡張パッチ付き!」
「ハァ? アイスにわざわざそんなもん付いてんの?」
「暇に飽かせた王族の遊びってヤツ!」
「大人ってどんどん馬鹿になってくよね」
「人生を楽しんでるだけでしょー?」
「じゃ、最初から馬鹿なんだな。くだらないアウトプットにかまけていられるなんて」
「こういうとこから発展する技術もあるんじゃない?」
「残念ながら、味変なんてリッチなだけの枯れた技術だよ。今の流行りはね、個人間の感覚の差異をどう算出するか、だ」
「へー、そうなの?」
「『ミルク味』のアイスに『ナッツの風味』を足すことを意図して拡張パッチが作られたとしても、人によっては『猫の毛が混入した』みたいな味に捉えられかねない。ただ味成分と香り成分をプラスするだけじゃ駄目なんだ。まずは人それぞれに異なる感覚のマッピングを把握して、そこで過去の類似記憶から想起させるやり方が今研究されている。でも僕はそれだと『知らない味』を表現できないと思うんだよね。だから僕がそのうち作りたいなと思ってるのは……」
 僕はそのままクリスに感覚補正モジュールの構想を話そうとして、クリスが満面の笑顔になっていることに気付いた。
「……なに? 気持ち悪い笑顔だな」
「んーん。リノちゃん、可愛いなと思って」
「……顔の話?」
「それは当然、世界一可愛いよ。金髪の三つ編みも綺麗だし、小鳥みたいに華奢だし。じゃなくて、好きなことになると止まらなくなるリノちゃんが可愛い」
「……もう喋んない」
「なんでぇ!?」
 そりゃ、恥ずかしいと思ったからだけど。たった十二歳の凡人のクリスにナノマシン技術の話なんか理解できる訳ないのに、得意気に語ってしまった僕が俗っぽ過ぎたからだけど。
 ……あと、クリスに可愛いって言われるのも。ついでに。ちょっと。
「……だんまりですか? まーいーや、アイス食べよー!」
 クリスが諦めてカップを取り出す。どうぞ、と手渡されたので感謝のリアクションで返事した。喋ってやんないもんね。
 スプーンは付いてない。指のスクープモジュールで浮かせて食べるもののようだ。不器用な奴には向いてない食べ方なんだけど、クリスはぱくぱく食べ進めている。こいつ、見かけによらず手先が器用なのか!
 負けてられない。僕はサクッと空気のナイフをアイスに差し込み、一口掬い取った。帯電の加減を見計らって、口元で反発させる。
 よし、ちょっと唇掠めただけでちゃんと食べられた……。
「美味し……」
 安心して、思わず素直な感想が出た。しまったと思ったが、もう遅い。クリスが嬉しそうに僕を見てきた。
「ねー! 美味しーねー。一人で食べるよりわけあいっこした方が良いね、やっぱり!」
「……味は分かったから、一人で食べたいなら残り食べていいよ」
「話聞いてた!? あ、もしかしてスクープ難しい?」
「別に。疲れただけ」
「味変気にならない?」
「面倒くさいが勝った」
「仕方ないなぁ……」
 クリスが僕のカップを取り上げ、ひょいとスクープで僕の口元にアイスを持ってきた。
「リノちゃん、あーんして」
 子供扱いしやがって。でも、美味しいアイスを放棄するのは正直惜しい。あ、と口を開けると見事にアイスがロスなく舌に着弾した。悔しいけど、僕より上手だ。僕は諦めてされるがままに餌付けされた。
「も一個の方にパッチ使う?」
「うん……」
 僕が頷くと、クリスは二つのアイスにパッチシートを被せた。みるみる溶けて染みてゆく。先にクリスが食べて、んー?と首をひねる。
「何の果物だろ、これ?」
 そして僕にも。
「……ブドウじゃない?」
「あー確かにー! 面白いなー、全然味が違う」
「感覚が騙されてるだけだけどね……、」
 おっと、また技術の話をしそうになった。クリスがじっと僕を見てくる。僕は黙って口を開けた。
「……ねえ、リノちゃん」
「ちょーだい」
「ほい。……あのね、俺、大丈夫だから。ちゃんとリノちゃんの研究の話聞きたいし、役に立つかは分かんないけど、なるべく理解できるように頑張るから、さ」
「無理でしょ」
「かも知んないけど……」
 クリスが一瞬情けない顔になり、それから真面目な顔つきに戻る。

「……俺はリノが目指すものの邪魔をしたくない。でも、一緒にいたい。だからそうやって口を閉じるの、やめてくれ。俺にも分けてよ、お前の世界」

 なんだ、急に。
 僕の心臓が変に跳ね上がる。
 アイスの食べ過ぎ?
 いや、これは。
 何?
「……分かった、もう知らない。好きにしろ」
「おう、大好きだよ」
「違うって……」

 アイスで冷えた反動だろうか。
 頭の中が、妙に熱っぽかった。

大遅刻、申し訳ありません!【#ノート小説部3日執筆 】「ベランダに、夫婦の歴史が揺れている」(お題:Tシャツ) 

***

 ベランダに、Tシャツが並んで揺れている。


夫婦でTシャツを洗濯して、干す。年により、旅行に着て行ったものや部屋着にしたもの、その両方などいろいろだけれど、ともあれそれは、お盆休みの最終日の定番行事になっている。

 一番端に干された、山吹色に「Flower」とだけ描かれたTシャツを見て、夫が「それってあの『USA』で買ったやつなんでしょう」と笑う。

夫とわたしはたまたま出身大学が同じで、「USA」とは大学近くにあった格安カジュアルファッションショップだ。どこから仕入れてきたのか、店頭には500円均一のTシャツが揺れ、秋冬になると店内にはチェックのネルシャツが並ぶ、そんな店だった。なお、チェーン店ではない。

「お義母さんが泊まりに来たときの?」
「そうそう。パジャマ持ってきてないっていうから」

という話になっているけれど、その実、大学時代に付き合っていた彼女とのお揃いだ。「恋人同士みたい」「恋人同士でしょ」とキャッキャと買った、色違いのペアルック。たしか彼女は真っ白のものだったはず。

別れは苦かったけれど、妙に着心地がよくて、捨てられないうちに部屋着の定番になり、やがて思い出は抜け落ちた。どれだけ着てもなぜか伸びない首回り、一体どうなっているのかと思うけれど、ここまで来たらどこまで着られるか試したくなって、できるだけ丁寧に扱うようにしている。

 その隣に揺れるのは、結婚どころか交際もまだだった夫と、Perfumeのライブに行ったときのもの。淡いペパーミントグリーンに多角形が3つ並んでいる、あのユニットらしいデザインだ。

 夫とはじめてふたりで出かけたのがこのライブだった。定番の「チケットが余っているから」というやつ。高倍率のチケット争奪戦を勝ち抜いたものの、一緒に行く人がおらず、探していたのだという。

ほんとうは、夫は、誰かと一緒に行くためにこのチケットを2枚取ったのではないか、という気がする。ともあれ、あの出来事がなかったら、グループ会社内での同期という間柄だったわたしたちがふたりで出かけることがあったろうか?

「物販に並んでいるとき、アキさんと違うデザインにしようと思って、チラチラ見てたんですけどねえ」と、このTシャツを見るたびにする、夫の定番の思い出話。

「まだ付き合ってもいなかったしね」
「でも、他のデザインはどんどん売り切れてしまって……」

結果としてお揃いのTシャツを買うことになり、やがてペアルックになっても問題なし、という関係になったというわけだ。

 ペアルックなんて……夫もわたしも、独身時代はベタなことが嫌いな
タイプだったはずなのに。しかし、この件でタガが外れたのか、それとも実はベタなことがやりたかったのか、次に干してあるTシャツは、褪せた紺のLサイズと茶色のレディースサイズのTシャツに大きく「Aloha!」とプリントされているものだ。

招待客に席次に親戚のホテルの手配。結婚式の準備に奔走するなか、すべてがめんどうになり、「新婚旅行先はハワイでいいよね」「ベタが一番」と決めた新婚旅行先のホノルルで買ったもの。iCloudには今も、このTシャツを着て親指と小指を立てるあの「シャカサイン」をして、ワイキキビーチで撮った写真が残っている。

 その隣に揺れているのは、迷いなく揃いのものを買った、スピッツの30周年記念ツアーのライブTシャツ。

そして……デフォルメされたぶあついステーキ肉を挟んで、上部に「NIKU KUE!」、下部に「powerrrrrr!」と大きくプリントされたTシャツ。夫が休職した夏のある日、「これから我が家はどうなるんだろう」とひとりでフラフラ歩いていた会社帰り、雑貨店の店頭で見かけて、ふふっと笑ってしまい、MサイズとLサイズを買ったのだった。

「なんか笑っちゃって」

青白い顔でベッドに寝たままの夫に着て見せると、うっすら笑って、「快気祝いは、ステーキで」と言ったのだった。

「じゃあ、ふたりでこれ着て行こうよ」

うれしくなったわたしがそう言うと、「ごめんなさい、ペアルックとか、そういうベタなのは、ちょっと……」。

それを思い出しながら、「あれ、ひどくない? ライブTシャツはお揃いじゃん」と抗議すると、夫は、「ライブは非日常? とかそういうのですし、色違いならまだしも、本当におんなじですし……」と気まずそうに言い訳をする。

夫は結局、リワークやら会社の配置換えやらを経てゆるやかに復職した。そこには「快気祝い」といった節目はなく、自動的に「ペアルックの危機」は回避されたのだった。

 そして最後は……このお盆休みに遊びに行った温泉地で買ったTシャツ、2枚。白地のTシャツに「月怒川」と、飛び散る墨も荒々しいタッチで筆書きされている。よくあるデザインに思えるが、前面の8割を覆い尽くさんとするその勢いにほれ込んで、思わずふたりで買ってしまった。並んで揺れている2枚のTシャツは、色違いでもなく、デザインもサイズも同じだ。

「これとか完全なペアルックじゃん。しかも、こんなネタみたいな」

このTシャツを着て、ふたりで外湯巡りもしたのであるが……。夫は気まずそうに「NIKU」Tシャツをつまむ。

「これ買ってきてくれたとき、アキさん、ペアルックって言っていたでしょう。そういうの、好きなのかと思って。あのときは、目立つことがすごく怖かった。でも、いまは気にならないし、旅行先ならいいかと思って」

ノリでお揃いを買ったと思っていたこのTシャツについて、そんなに深刻に考えていたとは……。

「今は気にならないんだ? じゃあ、今度こそ『NIKU』Tシャツ着て、ステーキ食べに行こうよ」

ニイーッっと笑ってわたしが言うと、「いや、これを着てステーキはちょっと……」と、夫は言葉を濁す。予想通りの反応だ。が、その直後。

「せめて、この『月怒川』で行きましょうよ」

ペアルックはいいんだ!?

「嫌だよ、白だよ!? 汚れたらどうすんのさ」

予想外の譲歩案に、思わず頓狂な声が出た。

「まあいいや。今夜は肉買ってきて焼こうか、ステーキ」
「その頃には、この『NIKU』Tシャツも乾いているでしょうしね。家の中なら、まあ……」
「けっこう気にしてるんだね……」


 夏の太陽が傾いていく。ベランダにはTシャツと、夫婦の歴史が揺れている。

遅刻申し訳ありません! #ノート小説部3日執筆 お題:魔法 

「今回も全然テストダメだった〜」
「ねー、時間停止魔法でも使えればいいのに」

テスト期間、毎日のように聞く対話。私はそっと、“時間停止魔法がそんな簡単に使えたら毎日使うわ!!ちょっとシャーペンを宙に浮かすだけで一教科分テスト受けた気になるのに何だと思ってんだお前ら!”とツッコむ。そっと。

魔法なんて使えても全然役立たない。今までそれで得したな、と思った経験なんて、踏切が降りてくる最中に踏切内に入ろうとするおばあさんの頭に水を垂らして止めた時ぐらいだ。
人助けは出来るが、みんながみんな憧れるような魔法なんて簡単に現実には使えない。

『魔法』なんて夢の中の存在で、冗談として使えるような人生が良かった。魔法がこの現代社会に存在するなんて知らずに、魔法が使える人間がいるなんて知らずに、この人生を歩みたかった。

そんなことを考えながら帰り支度をする。世間一般の中3は夏季講習が始まる。私の思考に沿うように、近くの席の男子たちが「中学受験しておいて良かったな!!俺らは呑気に過ごせるぜ〜」なんて騒ぐ。
成績に影響するこの期間中もいつも通りで本当に気楽だな、と彼らを尻目に学校を出る。

私の家は学校から離れた場所にある。だから昼間のこの電車にはほぼ人が乗っていない。こんぐらいが楽だ。悠々と席に座る。

イヤホンを鞄から取り出し、曲を選択したところで気づく。
目の前に座ってる子、同じクラスの文芸部部長だ。

相手は気づいているのだろうか。何故同じ電車なのだろうか。色んな疑問がぐるぐると脳内を駆け巡る。

冷静を保とうと電車の窓から外を見る。いつもと同じ、何の変哲のない風景。移動しようか、しまいか。明日声をかけられるのだろうか。大丈夫だろうか。

視覚情報と脳内情報がぐちゃぐちゃしてきたその時、彼女が降りた。扇子を置いて。


……あぁ、簡単に瞬間移動魔法が使えたらどんなに良かっただろうか。
私は迷った末、彼女の扇子を持ち帰った。

翌日、私が目の前にいた事実を知らないことに賭け、誰もいない教室で彼女の机の中に扇子を入れる。
何事もないようにテストを受け、すぐに帰れば大丈夫なはずだと言い聞かせる。
彼女に話しかけられるタイミングが来ないように、時間になるまで教室を離れた。

その日のテストは惨敗だった。彼女に気を取られすぎていた。
あぁ、記憶力を高める魔法すらも、私には使えない。
その落ち込みのせいで、私は気を抜きすぎていた。帰ろうとした時、彼女に話しかけられた。

「ねぇ、柊さん。これ貴女が拾ってくれたのでしょう?ありがとうございました」

気づいていた。声をかけられた。少しだけ自信をつける魔法を使い、自身を鼓舞する。

「いえ、とんでもないです…。昨日落としているのを見まして…」

こういうと大体の人は会話を打ち切るのに、ずり落ちた眼鏡を持ち上げながら、彼女はこう続けた。

「本当にありがとうございました。帰り道、一緒なんですね。良ければご一緒したいのですがどうですか?」

悩む。ここで断ると眼鏡の向こうの目に突き刺されるかもしてないし、でも私は嫌だ。ネタになれば…とかぶつぶつ言っている彼女に若干の恐怖を覚え、私は了承した。

彼女と共に電車に乗る。一緒に帰る、と言っても彼女から時々話題を振られない限り私は黙っているから、話さない時間の方が多い。それでも彼女は少し嬉しそうだった。

電車を乗り換えるために駅を降りる。その時だった。彼女の真上にある工事現場から何かが落ちてくるのを視界が捉えた。

危ない!

そう言ったのは、誰の声だっただろうか。
気づいたら私は、反射で時間停止魔法を使っていた。

私と彼女以外の時が止まる。
静けさが辺りを支配する。
あぁ、使ってしまった。
100mを一気に泳いだかのような疲れが押し寄せる。
それと同時に、バレた現実も押し寄せる。
何と言おう。何と言われるだろう。
先に口を開いたのは彼女だった。

「貴女…魔女?」
「……」
「そんなの…ネタにしかならない!!」

…喜ばれた。やはり文芸部部長は構えというか、常識から外れた考えを持ってるというか……。

「このこと、誰にも言わないでください…」
「大丈夫、フィクション9割の作品にするわ」

微妙に話が噛み合ってない気がするが、誰にも言わないで、の返答が大丈夫、だから大丈夫だろう。

彼女なら、もう何を言っても驚かれないし、逆に大喜びでネタにするのではないだろうか。

『魔法』なんて夢の中の存在で、冗談として使えるような人生が良かった。

そんな言葉を心の中で吐いたことを忘れてしまうほど、今はあなたのことを信頼してる。


柊さんはそう言って、あの時、私たちが出会った時のことを語ってくれた。いきなり私が頼んだのに、よくスラスラと話せるもんだと感心する。
スマホの録音機能に入ったそれをにやりと見つめ、ノワを撫でながら私は自室に籠り、筆を取った。

ギリギリ間に合った……!『僕の魔法学園初日』#ノート小説部3日執筆 お題:魔法 #七神剣の森 ウルスラ君スピンオフ 

「いいか、味方……友達を作りなさい。大丈夫、ウルスラならきっとできる。お前はとびきり可愛いし、賢い子だからね」
 そう送り出され、僕は生まれて初めて集団生活をすることになったのでした。

 僕は他の人と違って、左の耳がありません。だから見られないように灰色の髪は長く伸ばしています。それから、他の人よりも耳が良いらしいです。父は属世界の生まれで、この国の人達とは人種というものが違うそうです。耳がないこと、それでも耳が良いことは、「音の民」の特徴だと教わりました。父にはその特徴は出ていないので、この世界では僕ひとりだけが「音の民」でした。
 母はいません。父は軍人で、遠征している間、今まではナニーと住んでいましたが、これからは学園の寮でずっと暮らしていけます。
 イグラス魔法学園。六歳になった翌年にこの都の誰もが入学できる大きな学園です。父は魔法を使えませんが、それは属世界に学校がなかったからだといいます。
「良いですか、魔法は本来誰もが使えるものです。得意分野は人それぞれですし、属世界の子は驚くかもしれませんが、あなた達皆に魔法を使う力があるのです」
 説明会で担任のロゼンジ先生がキリッと教えてくれたことが思い出されます。直前まで親の膝で暴れていた子も、つられてキリッとしていましたね。ああいうのは父に恥ずかしい思いをさせるので真似しません。でも味方を増やすなら、まずは同級生から、です。

 友達を作らなきゃ。僕は初日の教室で意気込んでみましたが、作り方なんて分かりません。プレスクールに通っていた子達はもうグループを作っています。多分そのまま一緒に帰るんでしょう。寮生になる子だけが残って寮の案内を受けるのです。
 放課後、誰に話しかける勇気も出ない間に、ロゼンジ先生がまた教室に戻ってきました。沢山の荷物を魔法で宙に浮かせて運び込んできます。あ、僕の荷物もありました。
「寮は男子寮と女子寮に分かれています。自分の部屋番号を覚えてね。皆さんは三年生の先輩と二人部屋です。部屋についたらきちんと挨拶をしましょうね。
 二つの寮が分かれる手前はラウンジで、遊んでも良いところです。ここは八時に消灯します。ラウンジからは食堂にも繋がっていますが、朝ご飯を食べようとして寝ぼけて別の寮に入らないように」
 ロゼンジ先生が荷物を配りながら慣れた様子で説明を進めていきます。正確に魔法を使いながらお喋りするなんて、すごい技術に違いありません。
 その後食堂まで行って解散になりました。今からお昼を食べて良いそうです。誰かと一緒に食べたいけど、前に並んだ子に今話しかけると驚いてスープをこぼすかも、と気にしていると、
「ねぇねぇ!」
 突然後ろから声をかけられて、僕がスープをひっくり返しそうになりました。
「あっ、と、僕ですか?」
「そう! 同じ教室だよね? ロザンジ先生の」
「ロゼンジ先生ですよ」
 僕がようやくトレイの上をなだめて振り返ると、元気そうな女の子がこちらを見ていました。金髪より茶色い、狐色の髪を後ろで二つに括り、目は生粋のイグラス人の黒です。銀色の目をしている僕は、情けないことにそれだけでちょっと尻込みしてしまうのでした。
「わ、あなた綺麗な目ね! あの人みたい。黒天騎士団のディゾール百竜長!」
 突然父の名前を出され、僕はなんだか照れてしまいました。
「……それ、お父さんです」
「そうなんだー! そっか、それで寮に入るのね」
「あの……君は誰?」
「あっごめん、私はカレン! あなたは?」
「ウルスラです」
「ウルスラ、同期の寮生同士よろしくね!」
 僕はそのままカレンと二人でお昼を食べました。
 カレンには生まれた時から父親がおらず、寮に入る権利があるそうです。お母さんはいつもいるから大丈夫なんだけど折角だから入ってみたの!と笑っていました。僕も家から通えない距離ではないので父がいる時は帰りたいという話をすると、お兄ちゃんが同じ騎士団にいるし、いつ帰ってくるかは分かるかも、その時は一緒に帰ろうね、と言ってくれました。カレンはもう魔法が使えるらしく、家族と離れていても念話でやり取りできるそうです。お母さんが偉い人だから、練兵場にもたまに遊びに行っていて、それで僕の父のことも知っているのだと教えてくれました。
 僕と同じようで、全然違う。僕の耳がいくら良くても、父の軍が帰ってくる音を聞き分けることはできません。軍に遊びに行くなんて、絶対おねだりできません。羨ましいな、すごいな、と思いながらも、僕はだんだん嫌な気持ちになってきました。
 友達になりたいのに。
 僕の目を見ても属世界出身だとバカにしなかった、綺麗だと言ってくれたのに。
「……ごちそうさま。それじゃあ僕、部屋に行かないと。先輩が待ってるかもしれないから」
「じゃあ一緒に行こう!」
 そう言われると断れず、ラウンジまで一緒に来てしまいました。でも、ここでお別れです。僕が男子寮に行こうとすると、
「ウルスラ、そっちじゃないよ!」
 突然見えない強い力に押されて後ろに倒れてしまいました。
「え……?」
「そっちは男子寮だよ!」
「……あの、僕、男子なんだけど」
「え、ええっ!? ごめん……!」
「今の魔法? 乱暴だなぁ、もう……」
「ごめんね! 可愛いし、髪も長いからてっきり……あれ、ウルスラの左耳、どうしたの?」
 言われた瞬間、僕は左手でそこを隠してそっぽを向きました。
 最悪。お前なんか、大嫌い。
 そんな言葉を口にできるほど、僕は強くなくて。
「……そういう体なの。左耳だけ無いから、髪も伸ばしてるの」
「そうか……でも、ただ伸ばしてるだけだと今みたいに見えちゃうよ」
「じゃあどうしろって言うんですか!」
 僕は思わず大声を出していました。恥ずかしくて、涙も溢れてきます。
 同い年の女の子に当たる、なんて。
「そうね……よし!」
 カレンは僕を起こし、ラウンジの長椅子に座らせました。左隣に座って、どこからか取り出したブラシで僕の髪を梳いた後、何やら作業をしています。僕に怒鳴られたのに、怖くないのか。それとも優しい子なのか。
「できたよ、これで首を振っても見えないはず!」
 カレンは僕の髪を左側でしっかりと三つ編みにしていました。差し出された鏡でそれを見た僕は、言われた通り首を動かしてみました。大きく振っても頬から髪が離れません。
「……すごい……魔法みたい」
「これは魔法使ってないよ! さっきは本当にごめんね……」
「ううん……僕も、怒鳴ってごめんなさい」
「怒鳴ってた? 全然大声だと思わなかったな」
 カレンが立って、僕に手を差し出しました。僕は何気なくその手を取り、引っ張られて少し恥ずかしい思いをしました。男子だから自分で立てるのに……。
「改めて、これからよろしくね、ウルスラ!」
 カレンはそんなこと全然気にせず、満面の笑顔で僕の手を握りしめました。
「うん……ありがとう、カレン。これからよろしくね」
「毎朝三つ編みしたげるから、ここで待っててね!」
「えっ、それは恥ずかしいかも……」
「なんで?」
 きょとんと首を傾げる彼女に照れ笑いでごまかしながら、僕は自分でも三つ編みの練習をしようと決意しました。
 できれば魔法じゃなく、自分の手で。

#ノート小説部3日執筆 『魔法とは何か、と問われれば』 

魔法とは何か、と問われれば、三者三様の答えが返ってくる。
ある者は「魔法とは、高度に体系化した自然法則である」とした。
ある者は「魔法とは、人智を超えるものすべてである」と提言した。
そして、ある男は「魔法なんて存在しない」とのたまった。

世間は彼を憐れんだ。外には魔法生物が闊歩し、市民たちは保全結界の中でしか安心を得られない。それらは全て魔法によるものだからだ。良いも悪いも、魔法によるものだ。
しかし、彼はそれを否定した。とんだ酔狂だと、周りの者は嘲笑した。

魔法が存在しないなら、どうして外の生物は生きていけるのか?あんな形のものが動くのだ。魔法に他ならない。
彼は答えた。「当然、我々と同じ“生き物”だからだ。他に何がある?」
これを訊ねた者は嘲笑した。そんなはずがないからだ。空を飛ぶのも速く走るのも、魔法でしかない。

ならなぜアレたちは、魔術師などの魔力のある者を優先して襲うのか?戦士を襲う魔物はごくわずかだ。
彼は答えた。「それは単に、魔術師の動きが遅く、狙いやすい獲物だからだ。戦士は武器を持っているから、襲えば返り討ちに遭うことを知っているからだ」
これを訊ねた者は憤慨した。魔術師が役立たずだと言われたようなものだからだ。実際、森に捨てられる魔術師は多いが、それは本人の問題だと信じたかった。

なら、アレたちはなぜ町に来ないのか?保全結界に近付けば、アレはみな逃げていく。これは結界の強い魔力から逃げているのではないのか?
彼は答えた。「あれは城門の篝火から逃げているのだ。生物にとって火は恐れるべきものだ。城門の火を落とせば、あいつらはこちらに近付くだろう」
これを訊ねた者は少し腑に落ちなかった。しかし検証するには、城門の火を消す必要がある。そんなことはしたくない。


町の者は、彼をホラ吹きだと結論づけた。まもなくして、彼は異端審問官に突き出された。
魔法などないと言い出した、気の触れた哀れな者は、日を待たずして処刑された。

魔法は常にこの地にある。それは常識であり、この世界の摂理だ。

――
長い時を経て、一つの町程度の大きさにしか組み上げられなかった保全結界が、国をまるごと囲えるようになった。
人間たちはあちこちに保全結界を張り巡らせ、やがて世界のほぼ全てを覆い尽くすことに成功した。

結界の外に出る必要が無くなり、戦士も魔術師も誰も彼も、揃って平和になった。
戦士たちは町内の治安を守ることに専念し、魔術師は魔法の研究に時間を割くようになった。

魔法生物の研究が進み、魔力の仕組みを上手く扱えば手懐けられることが判明した。
無力化した魔法生物には新たな名前が付けられ、家畜化されて姿を変えていった。それでも危険がある生物は、人里離れた場所に捨てられてしまったが。

魔術は誰でも使えるように簡略化され、専用の道具が揃っていれば、いつでもどこでも様々なことができるようになった。あまりにも簡略化されすぎて、仕組みを理解するには相当の勉強が必要になったが。

魔術師は魔術以外も学び、いつしか“科学”という学問を編み出した。魔法のあらゆることを再定義し、より分かりやすいものにしたのだ。

やがて世界では、魔法が当たり前になり、わざわざ呼称する必要性もなくなった。
それは“常識”であり、“摂理”だからだ。
――
魔法とは何か、と問われれば、三者三様の答えが返ってくる。
ある歴史学者は「自然科学を追求しようとした名残り」と考えた。
ある科学者は「人智の及ばなかったものを便宜的に呼称したもの」と仮定した。
そして誰かが答えた。「この世界の全てだ」と。

#ノート小説部3日執筆 ねるねるねるねが食べたいのじゃね/お題「魔法」 

お菓子売り場で封筒のようなパッケージを見かけ、
物珍しさから不意に手に取った。

「ねるねるねるね」
いわゆる一つの知育菓子。

そういえば、子供のころに
魔女に扮したおばあちゃんが、作って食べるCMを見たっけ。

そんなことを考えていたら
いつの間にか買い物かごに。放り込まれていた。

そこまで含めて、
まるで「魔法」みたい、なんて思ったり……

兎にも角にも、レジを通してしまったものは仕方ない。
実験器具と書類だらけの机の上をかたずけて、パッケージを開けてみる。

中に入っていたのは、切り離すところがついたトレイとスプーン、袋がみっつ。

トレイには、ここで明らかに混ぜてくださいって感じの窪みと
ちょっとかわいい、キャラクターの形の窪みが二つ。

そういえば、ねるねるねるねって、混ぜた中身を粉につけて食べるんだっけ。
まぁ、良いか――説明を読みながら、実際に作って食べてしまおう。

まずはトレイの端っこを何度か折って切り取る。
丁度いい感じ、サイコロくらいの四角い窪み。ここに水をくむみたい。

仕組みがわからないから、おとなしく水を汲んでくるといたしましょう。
ふつふつととろ火で煮込まれた鍋の脇、蛇口をひねってお水を取ってくる。

そしたら、まずは一番の袋の中身をを混ぜるところに入れて、水を入れる、と――
白い粉が一気に青い色に変わる。

わぁすごい。
これは一度見た方が、分かりやすいかも。

そしたら粉を水に溶かしていく。
徐々に淡々として、あっさり溶けるから面白い。

粘り気を感じるくらいになったら、二番の袋を混ぜて入れる。
袋には、ご丁寧に「グレープ味」の文字。

粉を混ぜると、いっきに膨らむ。
ねればねるほど、色が変わって一気にふわふわになる。

すごいすごい。
小さいころにCMで見たとおり……

最後に、三番の袋をキャラクターの所に入れて完成。
あとは、スプーンで練ったふわふわを、ラムネにつけて食べるだけ。

そっと、一口。
うん、見た目通りの食感。

ねっとりとして、どこか軽い。
口に入れると、すっと消えて、まるで雲みたい。

お菓子って感じのグレープ味は、甘さと酸味が優しい味わい。
ラムネの甘い味がアクセント。

もっとパチパチすると思ったけど、そんなこともなく――
癖が全くなくて、苦手な人なんていないんじゃないかって思えてくる。

ほとんど噛まずに消えていくから一口は、あっさりと消える。

でも、結構量はある。
それでも、贅沢にラムネを付けて食べてみちゃったり。

この見た目、まるで宝石を食べているみたい。
本当にそういうことをする連中には憧れないけど――

だからと言って、何かちょっと変わったりはしない――
「ねるねるねるね」の甘い味、ちょっとだけ残る硬い食感が美味しい。

案の定、ラムネはすぐになくなり
ねるねるねるねが、そこそこに残る。

そういう日もあるよね。
ため息をつくこともなく、スプーンを口に運ぶ。

うん、別にこれ単体でも十分美味しい。
寧ろ遠慮なく、口に運べるからちょうどよかったり。

「ウマイノカ!! ウマイノカ、ソレ!!」
「けっこうこれだけでも、いけるよ」
「ケイカクセイ、ケツジョ!! オマエバカ!!」

煩いなぁ、使い魔のオウムが勝ち誇ったように笑うのを尻目に、
完食したトレイを捨てて、パッケージを虫ピンで、資料の所に張り付けてみちゃったり。

気分転換に食べてみたけど、美味しかった。
普段やってることより、よっぽど「魔法」みたいな時間。

現代に生きる魔法使いが言うことでもないけど――
そう思いながら、鍋にさし水をしに立ち上がる。

この話はこれでおしまい。

#ノート小説部3日執筆 『魔法』 

「「ごちそうさまでした」」

 夜七時半。二人の男女が食事を終え、手を合わせた。

「思い付きで作ってみたけど、なかなか良く出来たでしょ。また作ろうと思うんだけど……どうかな?」
「そうだな。今の季節にも合うし。美味しかった」
「えへへ、やった」

 男の頷きに、少女は花のように笑って拳を握った。その喜びようは、単純にレパートリーの追加を喜んでいるだけでないのは明らかだった。
 男――滝本純は、目の前の少女――山崎愛花の笑顔を見て、あることを思い出した。
 今日で、彼女と『この部屋で暮らす』ようになって一月が経った。
 彼らの現状を説明するには、少々込み入った事情がある。
 まず、彼らは夫婦どころか、恋人ですらない。だがある意味では、それら二つに劣らぬ強い想いがある。というのも、二人は十年来の幼馴染。そのうえ一つ年齢差があるものの、小中高を同じくしていた。
 その彼らが一つ屋根の下で暮らす事になったところで、勝手知ったる仲である以上、特段軋轢もなく平和な共同生活が続いていた。

「……純? どうかした?」

 憮然とした表情の純に気付き、愛花が結ばれた長い茶髪を解きながら、声を掛けた。しかし、共同生活の感慨にふけっていたと口にするのは少々気恥ずかしい。純は誤魔化すように、しかし以前から思っていたことを口にした。

「いや……愛花は料理が上手いなと思って……」
「……へへ、ありがと。まあ、練習したからね」

 真正面から褒められた愛花は、頬を桜色に染めて微笑んだ。純は視線を落とし、自分の右手を見た。愛花の細く綺麗なそれとは真逆な、大きく太い手だ。

「俺は不器用だから、料理なんてまるで出来ない。食材を組み合わせて調理して……それであれだけ美味いものを作れるんだから――」

 純は苦笑しつつ、呟くように言った。

「俺からすれば、『魔法』だ」

 『魔法』。心の底から出た純粋な賞賛の言葉。
 しかし、それを聞いた愛花は――目を大きく見開き、「えぇ~~」という声を出していた。それは照れや喜びというより、呆れに近い声だった。

「魔法って……。それ、純が言う?」

 愛花は本格的に呆れを顔に出しながら、背もたれに身体を預けた。

「なんかこう……本当の『魔法使い』にそれ言われると……ちょっと大げさじゃない? って気持ちが勝っちゃう……」
「むっ……そういうものか?」
「というか、そもそも純が魔法を使えるから、今こうして一緒に暮らしてるわけだし」
「いやまぁ、確かにそうなんだけど」

 愛花は背もたれに体重を預けると、反動を利用するように前に倒れ、机に上半身を乗せた。純は何を言ったものか、と言葉を詰まらせている。
 純が現在所属している『魔導協会』は、まさに魔法を研究する機関。そこで魔術師をやっている純は、まさに魔法使い。愛花と同居しているのも、魔術師として彼女を『護衛』する任務があるからだ。本来なら協会にて隔離するべきところを、東京支部長の温情からこのような、多少の身体的自由を確保出来る状況に落ち着いているのだ。

「そうは言うけどな……」

 『魔法』とは便利な言葉だ、と純は思う。
 『高度に発展した技術は魔法と区別がつかない』という言葉がある。この言葉はそもそも、魔法に対して『何でも出来る』という共通認識あってのものだ。
 しかし、純たち魔導協会の扱う魔法は、決して何でもありではない。手から炎を出す、のような簡易なものならイメージ次第で可能だが、複雑なものは少なくとも純には無理だ。ではその魔法で純が出来る事と言えば――

「俺が魔法でやれる事は、殴り合いだけだ」

 純は今日までの、愛花を守るための戦いを思い出していた。敵もまた『魔法使い』であり、それぞれ特異な能力で純の前に立ちはだかった。
 『愛花を守る』という大義こそあれど、争い以外に出来ないのは間違いない。

「……だけ、ね……」

 愛花は小さく呟くと、表情を曇らせながら立ち上がった。食器を幾つかまとめて持ち、流し台に置いた。純もまた自分の分の食器を流し台に持って行った。

「……ありがと。けどいいよ、私がやるから」

 純を横目で見ると、彼女は口を尖らせながら(彼女にしては)不愛想に言った。
 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。

「そうか……」

 下手に謝っても火に油を注ぐだけだ。純は大人しく部屋に下がった。



 洗い物を終えた愛花は、ベッドの上に座っていた。未だ先のやり取りで生まれたもやもやが、彼女の表情に陰を作っている。
 『殴り合いしか出来ない』という純の自虐に、思わず苛立ってしまった。

『いや……愛花は料理が上手いなと思って……』
『俺からすれば、『魔法』だ』

 純は愛花の料理を魔法と言った。それなら、純はどうだ。殴り合いの魔法しかないなら――『作った料理を純と一緒に食べる』こと。それに対して感じる愛花の幸せは一体何なのだろうか。
 愛花の純への想いは、『魔法に掛けられる』と形容される感情(モノ)を多分に含んでいる。他にも感謝や尊敬など、様々な感情が混ざり合っている。

「……ばか」

 蚊の鳴くような声で、愛花は悪態を吐いた。
 愛花の勇者は、魔法使いの自覚が無い。それが彼女にとって、目下最大の悩みだった。

#ノート小説部3日執筆 お題:魔法『光魔法に照らされて』 お祭りと勇者と僧侶 

光魔法で手元を照らす。垂れてきた緑髪をヘアゴムで束ねている間に、大通りはますます盛り上がっていた。日記帳のページをめくり、ペンを走らせる。
 勇者が世界で初めてドラゴンを討伐してから、300年が過ぎた。今日は、ニホンという異世界からきた勇者がドラゴンを『調理』した記念日だ。つまり祝日と称した、飲んで食べる祭りが開かれている。
 国王直々に「勇者ヴェルトに命ずる。いい感じに節目となる年だから、ドラゴン種をたくさん狩ってくるように」と、食料調達の任を与えられたときは冷や汗をかいた。ドラゴンたちには申し訳ないが、どうにかなって本当によかった。
 会場の隅でワイバーンとダンシングキノコとコンニャクの煮物をスケッチする。伝承によれば勇者がコンニャクを発明したらしい。この地域でしか作れないコンニャクだが、彼のいたニホンでは全国的に食べられていたというから驚きだ。大通りから、ピンク髪の僧侶が軽快に走ってくるのが見えた。両手に何か持っている。
「やっほー。楽しんでる?」
「うん。日記を書くのがはかどるよ」
「勇者様は真面目だね。一緒に食べよう!」
 ペンと日記帳をテーブルに置き、ニーナからドラゴンの串焼きを受け取る。自分たちで狩った獲物とはいえ、こうして調理されてしまえば、おいしそうに見えてくるから不思議だ。僧侶が肉を、それもドラゴンを食べていいのか気になるが、せっかくの楽しい行事だ。水を差すのはやめておこう。
「ありがとう、ニーナ」
「どういたしまして!」
「善なる神々よ、この命を糧とし――」
「見て見てヴェルト。光魔法ハナヴィを打ち上げていくみたいだよ!」
 300年前に発明された光魔法が、夜空を彩り始める。
 会場のどんちゃん騒ぎに、僕の声がかき消されていく。まぁ、今日くらいは神様たちも見逃してくれるだろう。
 串焼きをかじりつつ横目でニーナを見る。ハナヴィに照らされた彼女の笑顔は、とてもきれいだった。

#ノート小説部3日執筆 『魔法』 『魔法使いに自覚なし』 このお題を前に自キャラを使わない選択肢は無かった…… 

「「ごちそうさまでした」」

 夜七時半。二人の男女が食事を終え、手を合わせた。

「思い付きで作ってみたけど、なかなか良く出来たでしょ。また作ろうと思うんだけど……どうかな?」
「そうだな。今の季節にも合うし。美味しかった」
「えへへ、やった」

 男の頷きに、少女は花のように笑って拳を握った。その喜びようは、単純にレパートリーの追加を喜んでいるだけでないのは明らかだった。
 男――滝本純は、目の前の少女――山崎愛花の笑顔を見て、あることを思い出した。
 今日で、彼女と『この部屋で暮らす』ようになって一月が経った。
 彼らの現状を説明するには、少々込み入った事情がある。
 まず、彼らは夫婦どころか、恋人ですらない。だがある意味では、それら二つに劣らぬ強い想いがある。というのも、二人は十年来の幼馴染。そのうえ一つ年齢差があるものの、小中高を同じくしていた。
 その彼らが一つ屋根の下で暮らす事になったところで、勝手知ったる仲である以上、特段軋轢もなく平和な共同生活が続いていた。

「……純? どうかした?」

 憮然とした表情の純に気付き、愛花が結ばれた長い茶髪を解きながら、声を掛けた。しかし、共同生活の感慨にふけっていたと口にするのは少々気恥ずかしい。純は誤魔化すように、しかし以前から思っていたことを口にした。

「いや……愛花は料理が上手いなと思って……」
「……へへ、ありがと。まあ、練習したからね」

 真正面から褒められた愛花は、頬を桜色に染めて微笑んだ。純は視線を落とし、自分の右手を見た。愛花の細く綺麗なそれとは真逆な、大きく太い手だ。

「俺は不器用だから、料理なんてまるで出来ない。食材を組み合わせて調理して……それであれだけ美味いものを作れるんだから――」

 純は苦笑しつつ、呟くように言った。

「俺からすれば、『魔法』だ」

 『魔法』。心の底から出た純粋な賞賛の言葉。
 しかし、それを聞いた愛花は――目を大きく見開き、「えぇ~~」という声を出していた。それは照れや喜びというより、呆れに近い声だった。

「魔法って……。それ、純が言う?」

 愛花は本格的に呆れを顔に出しながら、背もたれに身体を預けた。

「なんかこう……本当の『魔法使い』にそれ言われると……ちょっと大げさじゃない? って気持ちが勝っちゃう……」
「むっ……そういうものか?」
「というか、そもそも純が魔法を使えるから、今こうして一緒に暮らしてるわけだし」
「いやまぁ、確かにそうなんだけど」

 愛花は背もたれに体重を預けると、反動を利用するように前に倒れ、机に上半身を乗せた。純は何を言ったものか、と言葉を詰まらせている。
 純が現在所属している『魔導協会』は、まさに魔法を研究する機関。そこで魔術師をやっている純は、まさに魔法使い。愛花と同居しているのも、魔術師として彼女を『護衛』する任務があるからだ。本来なら協会にて隔離するべきところを、東京支部長の温情からこのような、多少の身体的自由を確保出来る状況に落ち着いているのだ。

「そうは言うけどな……」

 『魔法』とは便利な言葉だ、と純は思う。
 『高度に発展した技術は魔法と区別がつかない』という言葉がある。この言葉はそもそも、魔法に対して『何でも出来る』という共通認識あってのものだ。
 しかし、純たち魔導協会の扱う魔法は、決して何でもありではない。手から炎を出す、のような簡易なものならイメージ次第で可能だが、複雑なものは少なくとも純には無理だ。ではその魔法で純が出来る事と言えば――

「俺が魔法でやれる事は、殴り合いだけだ」

 純は今日までの、愛花を守るための戦いを思い出していた。敵もまた『魔法使い』であり、それぞれ特異な能力で純の前に立ちはだかった。
 『愛花を守る』という大義こそあれど、争い以外に出来ないのは間違いない。

「……だけ、ね……」

 愛花は小さく呟くと、表情を曇らせながら立ち上がった。食器を幾つかまとめて持ち、流し台に置いた。純もまた自分の分の食器を流し台に持って行った。

「……ありがと。けどいいよ、私がやるから」

 純を横目で見ると、彼女は口を尖らせながら(彼女にしては)不愛想に言った。
 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。

「そうか……」

 下手に謝っても火に油を注ぐだけだ。純は大人しく部屋に下がった。



 洗い物を終えた愛花は、ベッドの上に座っていた。未だ先のやり取りで生まれたもやもやが、彼女の表情に陰を作っている。
 『殴り合いしか出来ない』という純の自虐に、思わず苛立ってしまった。

『いや……愛花は料理が上手いなと思って……』
『俺からすれば、『魔法』だ』

 純は愛花の料理を魔法と言った。それなら、純はどうだ。殴り合いの魔法しかないなら――『作った料理を純と一緒に食べる』こと。それに対して感じる愛花の幸せは一体何なのだろうか。
 愛花の純への想いは、『魔法に掛けられる』と形容される感情(モノ)を多分に含んでいる。他にも感謝や尊敬など、様々な感情が混ざり合っている。

「……ばか」

 蚊の鳴くような声で、愛花は悪態を吐いた。
 愛花の勇者は、魔法使いの自覚が無い。それが彼女にとって、目下最大の悩みだった。

#mud_braver

#ノート小説部3日執筆 お題:Tシャツ『彼シャツ』 

「アカン、寝過ごした!」
 昨夜、久秀さんと映画を見ながらしこたま酒を飲んだあと、気が付いたらソファの上で寝落ちをしていた。
 久秀さんもキッチンの床で寝落ちしていたらしく、青い顔でぼんやりとしている。
 今日は舞台稽古初日だというのに、すっかり寝落ちしてしまい、気が付けば集合時間まであと一時間半しかない。マネージャーからの電話がなければ、盛大に遅刻していたことだろう。
 自宅にはいないので、久秀さんの家まで車をまわしてもらうようにお願いして、ひとまず身なりをなんとかしなければと、自分の様相を確認する。
 着ていた服はシワシワでとにかく酒臭い。顔もむくんでいる。服を脱ぎ、ほぼ裸のまま荷物の確認をする。どうやら台本と譜面はカバンの中に入っているようで安心した。
 そのまま慌ててシャワーを浴びて、浴室から出たところではたと気が付く。
 着替えがない。
「久秀さん! 服貸して!」
 パンツ一丁でリビングに戻ると久秀さんは相変わらずぼんやりしたようすで、のんきにタバコを吸っていた。
「勝手に持っていっていいよ」
「おおきに!」
 久秀さんの寝室に入ってクローゼットを漁る。ボトムはジーンズ。彼のほうが身長は高いが、足はオレのほうが長いので、ほぼサイズはピッタリだ。インナーは手前にあった黒のタンクトップでいいだろう。誰も服のなかなぞ見ない。
 問題は上である。今からコーディネートを考えるの時間が足りないので、たくさんあるTシャツでこの際、手抜きをするしかない。
 なにせ久秀さんはわりと個性の強いTシャツを持っている。アメリカのハードロックバンドのTシャツや、洋画の登場人物の顔が前面にプリントされたもの、キレイな水着のお姉さんがプリントされたもの、もはやなにか分からないようなとにかく雑多な柄がプリントされたものなど。
 このなかから、自分に合いそうなものを選ばなければならない。
「これは……いや」
 どれも個性が強すぎてアウターを選ぶのも苦労しそうだ。
 一番、合わせやすそうなのはバンドTシャツだろうか。黒字にそのバンドのマークがプリントされているだけなので、ジャケットが派手でも違和感はないかもしれない。
 オレはバンドTシャツと、明るめのジャケットを拝借し身につけた。一応、違和感がないか鏡の前で確認する。
 こうして服を着てみると、いかにオレと久秀さんの身長差があるのか分かる。久秀さんはオレが普段着ているもののひとつうえのサイズを着ている。
 なので、少しだけ丈が余ってしまう。
「彼シャツ……」
 ぽつりと呟いてしまい、急に恥ずかしくなった。これから仕事だというのにオレはなにを言っているのか。
「ラスティ、マネージャーさんから電話だぞ」
 ふいに声をかけられて我に返る。
 慌てて久秀さんからスマートフォンを受け取り応対した。
「すみません。今行きます!」
 マネージャーは久秀さんのマンションの下についたようだった。
「そのままにしといていいよ。いってらっしゃい」
 幾分か覚醒した久秀さんはそう言って、オレをハグしてくれた。そして、背中をドンと叩く。これは、オレと久秀さんが気合を入れるための一つの儀式だった。
「ごめん、久秀さん! いってきます!」
「ほい、がんばって」
 久秀さんに見送られて、オレはバタバタとマネージャーの車に乗り込んだ。
 遅刻ギリギリだとか飲み会もほどほどにだとか、形ばかりのお小言をもらって適当に謝罪をした。
 幸い、久秀さんの家から稽古場まではすぐそこである。これなら遅刻することもない。昨夜は適当に切り上げて終電までには自宅に帰るつもりだった。それが無理なら、朝早くに自宅に戻って身支度を整えてから稽古場に向かうつもりだったのだ。
 それが、思わぬ深酒をしてしまい、まさかマネージャーの電話で起こされるとは思わなかった。
 己の不覚さを反省しながら、ふと何気なくジャケットのポケットを漁ると何か異物感を覚える。それを引っ張り出すと、くしゃくしゃになったタバコの空き箱だった。
 ふわりとバニラの香りがする。
 それはきっとタバコの空き箱からではないだろう。今日、身につけているものはすべて久秀さんのものであり、久秀さんの匂いがする。
 Tシャツのセンスはともかく、大切なひとのにおいというものは落ち着くものだ。
 お泊りのとき、寝間着を借りることはあっても、普段着を借りることはない。オレも久秀さんも服の好みが違うから。
「たまには……ええかもな」
 マネージャーに聞こえないように独り言ちで、空き箱を自分のバッグの中に押し込んだ。
 借りたお礼に、帰りに彼の好きそうなTシャツでも買って、次に会ったときにプレゼントしよう。
 そう心に決めた。

#ノート小説部3日執筆 「高度に発達した科学は魔法と区別がつかない」 お題:魔法 

ダナスは探検の末に、『新大陸』と彼らの間では呼称されている忘れ去られた大陸の都より、大量の資料を持って帰還した。
本当なら図書館の蔵書丸ごと持ち帰りたいくらいだったのだが、厳選に厳選を重ねてどうにか台車1台分に収めた。そしてそれはお世辞にも広いとは言えない上に本が山積みになっているダナスの家に収納するにはギリギリの分量でもあった。
かくてダナスは新大陸のロストテクノロジーを学ぶ機会を得たのである。
そしてまず知ったのは、新大陸が現役だった時代には「魔法」という概念はなく、何の知識や素質がなくても魔法同様の事象が起こせる「科学」なるものが普及していたということだった。
瓦斯なる不可視の可燃性素材、電気なる不可視のエネルギー体、そういったものを精製・集積しては各家庭に配布する仕組みがあり、人々はそれらを利用していつでも竈に火を熾したり食料保存用の人工氷室を維持したりしていたらしい。
もちろん今のダナスたちの魔術でも似たようなことはできなくもないが、その恩恵にあずかれるのは一部の金持ちか魔術士たちだけである。しかもそれも維持するためには対応する
魔術素子(マナ)を呼び集めるための触媒ないし魔力を湯水のごとく使う必要がある。
ゆえに現代では魔術を組み込んだ道具というのはあまり一般流通せず、魔術士が個人的に利用する以外は一部の数寄者が魔術士に大枚はたいて作らせるくらいなのだった。
それを新大陸では大規模に構築してあまねく人々に利用させていたというのだから驚きである。
しかし根が魔術士であるダナスはこうも思うのだ。
その瓦斯やら電気やらと呼称される存在も、元を辿ればマナの集合体ではないのかと。
彼らは自然界に散らばるマナを効率よく容赦なく集めることに成功し、それらを活用する魔術具を多く開発するに至ったが、それらが普及するにあたってマナや魔術の概念が忘れ去られ、別の名で呼ばれるようになっただけなのではないかと。
それであれば新大陸が高度な技術を持ちながら滅んだことにも納得がいく。
マナは普遍的に存在するものであるが、無限ではない。いちどきに大量に使えば当然枯渇する。魔術士であれば誰でも知っていることだ。
しかし新大陸の人々はマナの何たるかを忘れ、あるいは知らないままに濫用し、それ故にマナの枯渇を招き、魔術具頼りの生活は破綻し、まだマナが残る土地の奪い合いをするなどして自滅したのだろう。
「まぁ何事もほどほどが大事ってことだよねぇ」
ダナスは魔術文字を刻印した「中身が冷めないカップ」で香茶をすすりながらひとりごちた。
ちなみに若き頃のダナスがやろうとして街ひとつ消し飛ばした挙げ句失敗し、とある狂った研究者が世界を生贄に実行しようとして阻止された『異世界の扉を開く魔法』は、新大陸の技術を以ってしても実用には至らず実験施設は封印され、小規模な大陸内ワープゲートの実装に留まったらしい。
「やっぱり、オレや貴方がやろうとしたことは机上の空論、夢物語に過ぎなかったんだよ」
異世界というフロンティアには夢がある。けれどそれは新天地から持ち帰ったものを還元する相手があってこそだと今のダナスは思うのである。
異世界に探し求めていた人がいるとわかった以上、異世界との往来を可能にする魔術の研究を諦める気はない。
けれどそれは新世界の研究者たちが遺したレポートの山を読み尽くし、傾向と対策を十全に学んでからでも遅くはない。
「でもオレはいずれ成功させるよ、誰も何も、犠牲にしない形でね」
飽くなき探究心。それこそが魔術士を魔術士たらしめる。
ダナスは狂った研究者の遺品たる眼鏡に話しかけると再び書籍に目を通す作業に戻ったのだった。

おわり

#ノート小説部3日執筆 お題【Tシャツ】 

「クールビズの恩恵を受けたかった」



 毎日暑い、暑すぎる。
 上着片手に眞壁は大きくため息をついた。

 クールビズ、というものが浸透してきているようではあるが、結局のところ会議だの接待だのといった場では上着はいるし、その場の空気感ではネクタイも必要だ。いつ必要になってもいいように、仕事鞄の中にネクタイ常備しているし、なんならデスクの引き出しの中にだって入っている。
 クールビズ、と決めたらその期間は上着もネクタイも無くしてくれ、その場の空気感で着用するかしないかを決めさせないでくれ、と切に思う。
 
 外回りを終え、眞壁は部下の女性社員と一旦帰社する。クーラーの効いた涼やかな空間の一部女性社員は、何やら盛り上がりを見せている。そろそろ昼休憩にもなる頃合いか、と眞壁は腕時計に目をやった。
 眞壁たちに気が付いた彼女たちは労いの言葉を言い、眞壁がそれに応えるとまた本来の話題に戻ったらしい。その賑やかさは聞く気がない眞壁の耳にも届いてくる。眞壁と同行していた女性社員もその輪に加わった。
「……えー!? 室賀さんがここのフロアにきたの!? うっそ、拝みたかったーーー!」
 室賀?と思わず眞壁は反応してしまう。なぜ室賀が彼女たちの話題になっているんだ、と仕事をするフリをして眞壁はつい話題に意識を向ける。
「あんたの最推し社員だもんね、今回のはレア度高かったよー。なんと言っても、Tシャツ姿だったんだから!」
「……ていうか、フツーに白系のTシャツ1枚に社員証を提げてあんな似合う人そうそうこの会社にいないもんね」
「……うっわ……それは拝みたかった…………」
 クールビズにより、システム開発部はとてつもなくラフな格好が許されているらしい。尤も、クールビズ初日に部長がアロハシャツに短パンでビーチサンダル姿で現れたくらいなのでそれも頷ける。ついでにサングラスを持っていたことも抜かしてはならない。
(……もとより、システム開発部の面々とは社内で遭遇することも多くないが…室賀のTシャツ姿ってそんな珍しがられてるのか?)
 毎日、家の中ではTシャツの室賀を見慣れているせいか、彼女たちのテンションの高さが理解できず首を傾げたくなる。
「…いやもう職場であのラフさだからいいんだよね〜!」
「……ヤバい、わかりすぎる……」
「家とかで寛いでる時と絶対、空気感とか違うわけじゃん!? ポロシャツの時も良かったけど、Tシャツはまた生地が違うし」

(……!)

 それは確かにそうだ、と思わず眞壁も同意した。家で見慣れているのではない、職場というある意味、限られた空間で仕事という用向きがあり上司と部下という社会的な関係性を保ったまま遭遇することは、限りなく貴重な機会なのではなかろうか。
 正直、ポロシャツ姿も飽きるほど見ているが、職場で社員証を提げて仕事をしている姿は見たことがあっただろうか、いや、恐らくない。

(……彼女らの言うとおりだ……それはレア度がかなり高い……)

 室賀は人当たりもよく穏やかな性格であり、武術嗜んでいるだけあって姿勢もよく程よく筋肉質なバランス取れた体型をしている。それはTシャツという薄い布になったからこそ、より顕著にそのシルエットがわかるのだ。それは彼女たちの話題にしっかり上がっている。
「めっちゃいい身体してるし」
「……社内にいるじゃん、ただ筋トレ趣味の何人か。別に悪くないけど、なんか質が違うっていうか」
 彼女らはよく見ているしわかっているな、と眞壁は心の中で頷いた。
 その賑やかさはランチタイムも続いている。眞壁はデスクで弁当を広げて昼食を摂りながら、さて、どうしたら自分もその貴重な機会に遭遇できるかと考える。

(……社内回覧、紙ものだったら室賀に持ってきてもらうよう、根回ししておくか……)


 
 しかしそれが叶った日に限って眞壁は取引先に長らく捕まってしまい、帰社したオフィスでその事を知りそっと絶望して残業に勤しむのだった。
#ノート小説部3日執筆

#ノート小説部3日執筆 お題【魔法】魔法少女になれるかな? 

魔法少女
私、えみ!小学4年生!「ま法少女♡リカ」っていうテレビが大好きなの!
 ふつうのリカが、ちっちゃいマスコットに出会って、てきのアクゴーンとたたかうのはかっこよくてすごい!この前、お母さんにリカのステッキをおねがいしたら、
「絵美。私言ったわよね、そういうのもう卒業しなさいって。お友達できなくなるから」
「でも、ステッキ………」
「ステッキなんか買わないで、ちゃんと勉強して、お友達を作りなさい、良い? お母さんを笑われ者にしないで」
 お母さんの言うことはむずかしかった。かってくれないのと、友だちを作るってことしかわからなかった。
友だちはいない。小学一年生の時にリカをまだ見てることを笑われた。ようちえんでいっしょだった子も目をそらして笑ってた。
とかい? でもなくて いなか? でもないので、クラスは2つ。2年になれば、ほとんど同きゅう生と同じクラスになる。
2年は1年より上だから、当たり前みたいに笑われた。リカちゃんや、なりたいま法少女を書いてたのを男子に見られて笑われた。
「かえして」って言ってもかえしてくれなくて、何日か後に書いてたところはマジックで塗りつぶされてて、何も書いてないところには、
 げひんなことが書いていた。その時のわたしはよくわからなくて、お母さんに聞いたら、お母さんは真っ赤に怒って学校に行った。
 その後、何があったのか知らないけど、男子にからかわれることはなくなった。
 小学3年にもなってリカちゃんのテレビを見てたことは、どうやら、他のお母さんも知ってしまったようで、私のお母さんは笑われものになってしまった。
 だから、リカちゃんを見てたら、チャンネルを変えるし、リカちゃんのグッズをねだればさっきみたいにおこられる。
 お父さんはしごとでめったに見ない。でも、ある日夜にトイレに行こうとしたら、お父さんとお母さんが頭をかかえて何かを見ていた。きっとわたしのことだと思う。リカちゃんを見るのはやめたくないし、からかわれるのはいやだ。かといってお母さんがこわい顔をするのもいやだ。

 「あきらめた方がいいのかなぁ」
 リカちゃんを好きなことをあきらめて、べんきょうがんばって、まじめにしてたら、お母さんもお父さんも元気になるかなぁ。
 1人公園のブランコにのりながら考える。むずかしい。
 やっぱりわたしはリカちゃんみたいにまほう使えないのかな。

「やあ、お嬢さん。もう帰る時間じゃないかい?」
 たばこ? を吸いながら、髪の毛を金色に染めた、パーカー? 姿のお姉さんがやって来た。
 お母さんから言われてる。おかしい人に会ったらすぐににげること。
 わたしは、お母さんのいうことを聞きたいけど、お姉さんがすごいおかしい人には見えなかった。
 お姉さんは、わたしのとなりのブランコに座った。ちいさいふくろの中にたばこをしまった。
「逃げなくていいの?」
 お姉さんはかた足をひざにおき、そこにさらにうでをつけて、聞いてきた。
「お姉さんはわるい人には見えないから」
 そう言うとお姉さんは大きな声でアハハと笑って目をこすった。
「そんなこと言ってると、本当に悪い奴に捕まっちゃうよ」
 それもそうかもしれない。けど、お姉さんはわるい人とは思いたくない。
「で? こんなところで1人でぼーっとしてるのなんでかな?」
 そう聞いてくれるのはお姉さんがやさしいからだと思った。
 わたしはなやみを少しずつ話した。お姉さんはたびたびうなづきながら聞いてくれた。
「知ってるかい? お嬢さん。 昔すごい禁止されたものは大人になって後悔してしまうんだ。だから君はリカちゃんを好きなままでいいとお姉さんは思うなあ」
 はじめていいよって言われてとてもうれしかった。
「じゃ、じゃあわたし、リカちゃんみたいな、ま法少女にになれる?」
「魔法少女かぁ……う〜ん成れると思うよ」
「本当に!?」
「本当に、本当に」
「ステッキは用意できないけどそれでもいい?」
「うん!」
「マスコットもいないよ?」
「それでもいい!」
 お姉さんはブランコから立ち上がると、わたしのところにやってきた。
「魔法少女になるには悪い敵や、妖精さんが見えなきゃだめなんだ。目を瞑って」
 お姉さんに従うまま、目をつむる。お姉さんの手が目にかぶせられる。
「じゃあ、お姉さんが魔法をかけてあげるね」
 そういうと、お姉さんはじゅもんをつぶやいた。
 終わる少し前、お姉さんの指の間から見た、お姉さんの顔はわるいかおをしていた。
「はい、終わりだよ、色々見えるでしょ?」
「うん!」
 どろどろのバケモノや金色に光るようせい、まさにリカちゃんが見ている景色と一緒の景色が見れた。
「はいこれ」
 お姉さんから、渡されたのは、丸い玉がいくつもついているブレスレット。
「これで殴れば化け物はいなくなるからね」
 わたしのステッキはこれなんだ。そう思うとキラキラして綺麗に見えた。
「じゃ、お姉さんは帰るね」
「ありがとう、お姉さん!」
 そう言うと、お姉さんは後ろすがたで手をひらひらさせてくれた。
 私は、さっそく、どろどろのバケモノにパンチした。
 そうするとどろどろのバケモノは消えた。
 わたし、本当に魔法少女になっちゃったんだ!
 嬉しくて、真っ暗でお母さんに怒られるのも忘れて、てきをパンチしてた。
 おなかがぐーっとなってそこでわたしは家に帰らないといけないことを思い出した。
 いつもはお母さんがこわかったけど、今はこわくない。
「お母さんただいま!」
「絵美!こんな時間までどこほっつきあるい……絵美?」
「どうしたのお母さん!」
「なんでそんなに血まみれなの」
 お母さんのかおは青くなっていた。どうしてだろう?
「てきをたおしてきたんだ!わたし、ま法少女になれたんだよ!」
 お母さんはこわがっているようなかおで、わたしを抱きしめた。
「ごめん、ごめんね、絵美。私がしっかりしていたら、こんなことにはならなかったのに」
 おかあさんは何を言ってるんだろう? くびをかしげながら、頭がいたいことを思い出す。
 そこをこすると真っ赤になった。でも手も真っ赤だからしかたないよね。
 リカちゃんみたいに早くなりたいなぁ!

#ノート小説部3日執筆 魔法のTシャツ 

インスパイア元:ど根性ガエル

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#ノート小説部3日執筆 お題【Tシャツ】 Tシャツ戦争(GL) 

「私、Tシャツとか似合わないんだけど」

 
紗彩(さあや)はそう言って顔をしかめた。明寧(あかね)はそんな彼女も可愛いなと思いながら、事前に考えていた言葉を紡ぐ。

「お揃いのTシャツ着て出かけるの、楽しみにしていたんだけどなぁ。私とさーや、ファッションの方向性が全然違うから、ペアファッションとかしにくいし」
「……それは、そうかもしれないけど」

 お揃いの洋服を着る。それは明寧にとってのちょっとした夢だ。可愛い女の子二人組が、ふわふわしたお揃いの姿で歩いているのを見かけると羨ましく思ってしまう。
 残念ながら明寧はそういうファッションが似合うような外見をしていないし、そういうファッションが好きなわけでもない。そして、恋人の紗彩はフェミニンな格好を好んでする――本人曰く、それが一番社会的に有利らしい――人間だ。
 当然ながら、明寧はフェミニンな格好も似合わない。ただお揃いの洋服を着て外を出歩きたいが為に周囲の目を引く姿をす――他者の視線を悪い意味で集める――るのは、プライド的にも、外聞的にも許せなかった。

「Tシャツなら無難だって思うんだよね。私がさーやのファッションに合わせると浮いちゃうからさ。それに、さーやは髪の毛をアレンジすればTシャツも可愛く着こなせるじゃん」
「うーん……」

 まだ渋るか。明寧は思いの外手ごわい紗彩に向け、言葉を重ねていく。

「まずはさ、私たちに似合うTシャツを買いに行こう? デートしようよ、デート。それで、似合うTシャツがあったら買うの。買ったら、次のお出かけでペアファッション。駄目?」

 つれない女の子の誘導の仕方は慣れている。明寧は段階を作って抵抗感のないシチュエーションを、イメージのしやすい予定を提案した。
 紗彩が渋っているのがペアファッションという部分ではないとはっきりしているからこそできるプレゼンである。だが、彼女がこういった分かりやすい提案を好むという経験則からきている。
 その考えを証明するかのように、彼女の表情は最初に提案した時よりも柔らかなものへと変わっている。徐々にそのつもりになってきているのだ。

「……私がTシャツ選べるなら、いいよ」
「やった!」

 勝った。明寧は思わずガッツポーズして叫んだ。

「そんなに喜ぶことぉ?」

 そう言いながら呆れたような顔をしている紗彩だったが、口角が上がっている。ちょっと素直じゃないところも好きだ。「しかたないなぁ、出かける支度してくるよ」と言いながらデート用の洋服を物色する紗彩の背中を見ながら、明寧はそう思うのだった。
#書類不備です。

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