トランスジェンダーへの「排除」や「差別」について改めて考えるために、原則的なところから議論を組みました。長いので読むのに時間がかかると思いますが、よければ読んで、拡散してください。記事の後半では、その原則的な議論を、公共の場におけるトイレのあり方に応用して、目指すべき未来についてわたしなりに説いています。本当はトイレの話なんかしたくないけれど、どこへ行ってもさせられるので、1回もう全部文章にしようと思いました。よろしくお願いします。
https://yutorispace.hatenablog.com/entry/2023/05/17/012332
転職活動であなたの挫折体験教えてくださいって聞かれるのほんとに嫌だな。性別違和を超える挫折なんてないよ。
うちの親が最近ツイッターいれてみて見るようになったとか言っていて目眩がしてしまった。
男性としてパスできなかった頃は周囲の目を気にして彼女と手繋ぐことってほぼなかったし、彼女から手を繋いでこようとしても基本的に全て払いのけていたんだけど、今じゃ普通に手を繋げるようになっていた。
ホルモン注射から得られるものって、細かいこと挙げ出したらいくらでもでてきそう。自分の望む性別で生活ができること、反対にできないことの間にどれほどの差があるか。
インターネット空間で急速に広がる言葉の簒奪
※ツイッターの話を耳にするだけで気が滅入る人もいると思うので情報として入れたくない場合は読まないで
たまたま目にした「誰々はトランス◯◯だから△△自認なんだよな〜」というツイートに嫌な予感がして「トランス 自認」で検索してみると案の定、「なりたいものを自称する大喜利」に使われていた
ひとつふたつではなく、もはやミーム化しつつあると言っていいのでは…
トランスジェンダーのジェンダーアイデンティティをバカにする意図で差別者が使っていた「◯◯自認」(動物を当てはめる)に込められた悪意がSNSを利用する「一般人」にまで十分に浸透した惨状を見た気持ちになった(当然、この「一般人」はみな「カジュアルな差別者」だと思っている)
マジョリティがマイノリティから言葉を奪いおもちゃにする行為、私には殺人と同じにしか見えない
オペして戸籍変更することに迷いはないんだけど、このことが自分の心身にとってベストな選択とは到底信じられないんだよなぁ、、。
どちらかというと社会の都合を優先した上で、自分の心身をよりベターなものに近づけるためにオペが必要になっているだけで、そんだけの都合で大金払って色んなリスク取るのって馬鹿馬鹿しいと思っちゃうんだよな。金銭、身体の健康、就職のこととか、一つずつのリスクがわりと大粒だし。
しかしそうは思いつつもその選択をしてしまうのは…それだけ性別が社会と自分の在り方を規定してしまうものだと信じているから…。それからこの変わらない社会に対する諦めもある…。
僕はオペすることにそこまでの執着もなければ大した意義も持てないや。社会のやつムカつくなとは思うけど、そこまでの怒りも持てない。かも。
まぁオペしたら色々すっきりするのかもしれないけどなー…。
自由選択に見せかけて、選ばされた道なんだよなこれ、って分かっていながらも歩まざるを得ないところはなんだかなぁと思うところ。
トランス男性。2021.10-ホルモン注射開始。