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恩田陸『Q&A』読了、少しネタバレ感想 

タイトルの通り、ひたすらQ&A形式で話が進む。主にある事件についての聞き取り調査のような形で、事件関係者となったさまざまな人から話を聞いていく対話形式が続く。
質問に答える人間はどんどん変わっていく。それぞれの視点の話をつなぎ合わせると、どうやらこういうことかと見えてくる(気がする)部分もあったり、つなぎ合わせても最後までどうにもはっきりしない部分もあったり。

結局あれは何だったのかという部分も最終的に多々残るため、推理小説的に明快な解答を求めて読むとスッキリしないけれど、淡々と語られるQ&Aの中のあちらこちらから人間の怖い一面が顔を出しているようで、ゾクッとするものはある。
普通のやり取りをしていた人から次第に歪んだところが見え隠れし始める会話、ごく普通の日常が壊れていく心理、集団となった人間が些細なきっかけで転げ落ちるように異様な状況に陥っていく様子など、負の側面の描写がひたひたと迫る。
ストーリー全景の曖昧さとは裏腹に、いやむしろ全貌が漠然としているからこそなのかもしれないが、「こういう人間の怖さは、わけのわからないうちに普通に自分の目の前にも現れるのではないか、あるいは、実は既にそこにあるのではないか」という身近な恐怖感を呼ぶ。

赤瀬川原平『新解さんの謎』

前半、新明解国語辞典(新解さん)の様々な項目に飄々とツッコミを入れていくのが軽快で楽しい。
この本の新解さんは第四版だが、家に第七版があったので比べてみたくなった。
例えば「よのなか」という語。

本によると第四版では
「同時代に属する広域を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。」

第七版では
「社会人として生きる個々の人間が、だれしもそこから逃げることのできない宿命を負わされているこの世。一般に、そこには複雑な人間関係がもたらす矛盾とか政治・経済の動きによる変化とかが見られ、許容しうる面と怒り・失望をいだかせる面とが混在するととらえられる。」

結構変化していて面白い。
第四版の方がやわらかい印象。「愛し合う人と憎み合う人」とかロマンティックな雰囲気も。第七版では「社会人」「政治・経済」と少し硬めの雰囲気になると共に、「逃げることのできない宿命」あたり、悲愴感さえ感じられる。世相を反映したりしているのだろうか。
家の新解さんも、もっと使いたいと思った。

後半は、紙にまつわるエッセイ。デジタル化した現代から見ると、隔世の感がある。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』ネタバレ感想2 

後半にかけても、どんどんテンポよくストーリーが展開していくため、ページをめくる手が止まらない。

とにかくロッキーと主人公のやりとりが良い。
悲しいことや残念なことは「悪い」「悪い」と互いに慰め合うことができ、良いことがあれば「よい」「よい」と共に喜ぶことができる嬉しさ。トラブルがあって落ち込むことがあっても、相談しながらプロジェクトを進められることの心強さ。

主人公の内心の思いは作品内で語られるが、ロッキーの内心にも思いを馳せる。
ロッキーにとって、思いがけず新しい「友だち」ができたことは、いかばかりの喜びだっただろうか。
そして、クライマックスで船体の外から聞こえた「友だち」の声は、それこそどれほどの「しあわせ」だったことだろうか。
身体を弾ませるロッキーを思い浮かべる。

「しあわせ」「しあわせ」と言い合えることの幸せ、「おやすみ」「おやすみ」と言う相手がいることの安堵を噛み締めたい。

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『プロジェクト・ヘイル・メアリー』ネタバレ感想1 

前半は、主人公があれこれ実験をしてアストロファージの性質を研究したり、試行錯誤しながら異文化コミュニケーションをしたりするところなどがとても楽しい。

一貫して、主人公が何かを疑問に思ったりトラブルが起こったりして、それを検証しようと実験などを行い、結果を考察して一段階知識を増やすという、ある意味では実験のお手本のようにストーリーが進んでいく。そのため、読んでいる側も、主人公と共に謎が1つずつ目の前で解明されていくような気持ちになれて、爽快感がある。
主人公の思考は現実の物理法則や知識をベースにしているから(アストロファージの特性や異星の技術などの前提面では、少々ぶっ飛んだ設定だなと思うところもあったけれど)、これがこうだからこうなるという因果関係も楽しんでたどることができる。
それでいて同時に、太陽系から飛び出して未知の生命体と意思疎通するという大スケールのわくわくする話も成り立っているのがすごい。

個人的には、魔法が出てこようがわけのわからない未来技術が出てこようが全く平気で楽しく読めるのだが(むしろそれも大好き)、そういうファンタジー設定に馴染めない方でもこれなら楽しめるのではないか。これは確かにサイエンス・フィクションだなと思った。

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』読了。

とても面白かった。
時間の空いた時をねらって正月中くらいに読もうと思っていたにも関わらず、うっかり年内に読み終わってしまった。
おかげで大晦日もお正月も大忙しになるけれど、悔いはない。

次投稿よりネタバレ感想いきます。
560字におさめることは潔く諦めました。とてもおさまりませんでした。

リチャード・パワーズ『ガラテイア2.2』読了 

主人公は人工知能ヘレンを育て上げていく。ヘレンは徐々に人間らしくなり、愛について質問したり、意識らしいものを持つようになる。
無垢な子どもから大人になっていくようなヘレンが魅力的。個人的には、主人公やその恋愛相手よりも「人間」に思える部分があった。(主人公の恋愛がずっと並行して語られるが、そのあたりが合うかは人を選ぶかも。個人的には少々きつかった…)

また、二人の男の挿話が印象に残る。
外の世界を語り聞かせる窓辺のベッドの男と、外が見えないベッドで聞く男。ある時、語る男が発作を起こす。空いたベッドに移って、聞く男がはじめて見た外の世界は、煉瓦の壁だけだった。

たった二頁の挿話だけれど、本編もこれをなぞるように続く。
英文学、愛、世界について、聞かせる主人公。それを聞くヘレン。とうとう「窓際のベッドに移してもらった」ヘレン。
「わたしの代わりに世界を見てきて。」最後、ヘレンはどう思ってそこに至ったのだろうかと想像する。

人間と人工知能は何が違うのかという素朴な疑問が湧く。
理不尽さや勝手なところだらけなのが人間なのだろうかとも思うが、ヘレンの方がよほど好ましい人間らしさがあるようにも思えて、では我々人間はどう生きるべきなのだろうかとも考える。

スー・タウンゼンド『女王様と私』読了。

よくある感じの作者註が最初にあります。「『女王様と私』はフィクションであり、登場人物…はいずれも作者の想像力の産物であり…」といった、本当に普通の注意書き。
ところが、次のページの「主な登場人物」では、イギリス女王エリザベス二世、フィリップ(エディンバラ公)、チャールズ(皇太子)、その他どう見ても見たことのある名前が並ぶため、前述のただの注意書きが何だか愉快な代物に見えてきます。そんなところからして面白い作品です。

内容は、選挙で共和党政権が樹立され、君主制解体が突然決まったイギリスのお話。
女王様一家は、宮殿から公営住宅に急遽引っ越すことに。一家の中には、馴染んでいく人も、適応できない人もいるのですが…。
「なんでも試してみなければ」と挑戦する女王様。当座のお金のために、役所の窓口に人々と一緒に並ぶ女王様。知り合いになった隣人と、バス代が高いと文句をいい合う女王様。
お話の中のそんな「女王様」はチャーミングでたくましく、したたかなところも見え隠れして、個人的には楽しく読みました。
思いっ切り風刺のきいた作品ですが、端々に女王様への親しみが感じられます。

米原万里「ロシアは今日も荒れ模様」。
ウォトカが好きで大雑把、でもどこか人が好いロシア人の人物像が鮮やかで、ロシアへの愛情が感じ取れるエッセイです。本書は1998年刊行で、ソ連崩壊の頃のこともたくさん書かれていますが、激動の時代を経た人々のたくましさはすごい。
著者が出会ったいろいろな人のエピソードが出てきますが、エリツィンにゴルバチョフ、ロストロポーヴィッチ、タクシー・ドライバーに日本語ガイドに…といった具合で、有名人も一般人もとても個性豊か。
「ペレストロイカ」などの言葉を大昔に受験勉強で丸覚えした程度の自分にとっては、ロシアの政治家はテレビの向こうの人物でしかなかったわけですが、当然ながら彼らだって、良いところも面白いところもダメなところもある一人の人間なのだとあらためて思わせてくれます。
そしてきっと、ロシアだけでなく、どこの国の人だってそうであり、それぞれに魅力的なのだろうとも思います。

一方で、世界の現状を思うと…。一人一人が魅力的で良い関係を築ける相手であっても、国と国の問題が大きくなると良いところが見えにくくなることもあるでしょう。
このエッセイが書かれてからもう20年以上で、著者の米原万里さんも既に亡くなっていますが、もし現状を見たらどう言われるだろうかと複雑な思いです。

吉村昭「ニコライ遭難」読了。
明治の日本を訪問したロシアの皇太子ニコライが警備の巡査に襲撃されて怪我を負うという、いわゆる大津事件を中心に、その前後の出来事などを描いた小説。

事件発生後、ロシアへの忖度と司法権独立をめぐる日本側の対応の顛末も興味深いのだけれど、個人的に印象に残ったのは、襲撃時にニコライを助けた人力車の車夫。
国賓一行を乗せる人力車の車夫に選ばれたのだから、きっと真面目で優秀だったのだろう彼らが、襲撃の際にニコライを助け、莫大な褒賞を受けるが…。ラスト数ページで書かれたその後の様子を読んで、思うところがあった。
真面目に仕事を頑張り、大事な仕事に抜擢され、さらに人を助けたりもした彼ら。おそらく、政治とか思想とかのためというよりは、単に目の前でお客さんが襲われたから咄嗟に助けに入った、という部分が大きかったのではないか。それは等身大の大変真っ当な生き方であるように思われるのに、しかし「その後は幸せに暮らしました」とはならなかった。後日談は短い淡々とした描写だったが、まさに歴史に振り回された小さな一個人という感じで切ない。

いつの時代でも、ここまでではないとしても、自分にはどうしようもないことに振り回されつつ何とか生きていかざるを得ないこともあるよね、と少し思った。

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