めちゃくちゃじっくり観た南洋行きにもかなり詳しく触れていて来てよかった〜
寺尾紗穂さんの本を読んでから、中島敦の南洋行きについて興味があり行ってきました。朝鮮での生活や南洋行き、当時の世相や文学の潮流など、みっちり解説されていてみっちり観た。お子さんへの手紙集的な本も買った〜そして「文字禍」の参考文献の実物の前で号泣しそうになった(ウッ戦前の情報不足のなか超分厚い英語文献読みこなして書いたんか……)
前田侯爵邸久しぶりに行ったら、綺麗に修復されてて、カーテンとか絨毯がピカピカで、かつ以前通り女中部屋なども見学できた [添付: 5 枚の画像]
みんなが好きなイングルヌックと執事と女中を呼ぶボタン
ボランティアの解説聞きながら周って、建てた前田の殿様が昭和17年のボルネオ戦役で戦死しているという事実を今反芻しているのだが、駐在武官としてヨーロッパが長かった陸軍の華族が、太平洋戦争始まって間もなく南洋に行って死んだのはなんでだろうな? ふつう華族って戦死しないんじゃなかろうか……たぶん立場的に「この戦争負けるから辞めようや」て言える(持ってる情報的にも、非常に高い地位的にも)数少ないひとの一人だったと思うが同じ敷地で開催されていた展示の中島敦も同じ年に病死している
パンフには最初は近衛で、駐英武官などやったあとに予備役に退いているが、対米開戦後司令官に命じられ、ボルネオ沖で乗ってた飛行機が「墜落」、という非常にふんわりとした書き方になっている(「誰が」「なぜ」が書かれていない)
へえ〜、東大とは本郷と駒場の敷地を交換してるのかこのパンフも邸宅の管理運営も、当たり前ではあるがかなり前田家に配慮してるな……
Wikipediaざっと読んだ感じ事故死で、ルポ的な本がいろいろそこらへんのことについて書いてるみたいだが、よくわからないんだろうな東条英機と仲が悪くて、陸軍の文化とは合わなくて主流にはなれなかったらしい(そりゃあ、イギリスかぶれの殿様侯爵だもんんな……)
前田利為死去後、本邸は中島飛行機(軍用機作ってた)の手に渡り(なぜ??)、敗戦後GHQが接収するのだが、中島飛行機の下請部品業者の社長の息子が宮崎駿というところまで調べた(???)
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パンフには最初は近衛で、駐英武官などやったあとに予備役に退いているが、対米開戦後司令官に命じられ、ボルネオ沖で乗ってた飛行機が「墜落」、という非常にふんわりとした書き方になっている(「誰が」「なぜ」が書かれていない)