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『ヴィネガー・ガール』
著/アン・タイラー
訳/鈴木潤

シェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』翻案。面白くて一気読みしてしまった。登場人物たちの心情や行動がとても細やかで、ああいるよねこういう人、と思えて楽しかった。特に29歳の主人公には(当たり前だけど)一番共感した。私も酸っぱい系の《娘》だったので。

永住権獲得が目的の偽装結婚が、やがて相手と自分を少しだけ開放するための手段になって、本当の意味で愛しあうふたりになっていく過程がとてもよかった。本当に小さなことで揺れ動く心の描写は読んでいてキュンキュンした。いいラブコメだった。

個人的には妹ちゃんの最後の台詞もよかったな。あれはあれで正しいとおもう。登場人物たちが全員どこか滑稽で愛しくなった。あと台詞回しや仕草が映画のようで面白かったし役者が演じると映えるとおもうのでぜひ映画化してほしい。

原作の『じゃじゃ馬ならし』のあらすじにざっと目を通したら、DV男が妻を暴力で従順にさせる話だったのでウゲ…となった。原作は読まなくてもいいかな…。

『生きる LIVING』(2022)
監督/オリヴァー・ハーマナス

黒澤明『生きる』のリメイク。飛行機の機内で二回に分けて鑑賞。機内でもらえるイヤホンの性能のせいか、高音がキンキン響いてせっかくのBGMがあんまり楽しめなかったので、今度は万全の環境で観たい。

昔の映画風の雰囲気も大好きだったし、イギリスの街並みや公園の情景が美しくてだいすきだった。なにより主演のビル・ナイのお芝居が本当に素晴らしかった。感情を抑えた演技から孤独が滲んでいて、派手さは一切ない映画なのに画面から目を離せなかった。

『ゴンドラの歌』に変わるスコットランド民謡もよかった。歌詞がとてもよかった。昔を慈しみ、今まだ生きている自分を慰める歌だった。ラストシーンを思い出したら泣けてきた……。

原作映画の一番好きなシーンはハッピーバースデーの所なんだけど、終始抑制的な映画だったので、無くなっていたのは逆によかった。原作もだいぶ忘れているのでまた観たい。

世界的に有名な名作映画のリメイクは大変だったろうなあ。脚本も演出も演技も音楽も全部よかったです。

『決定版 快読シェイクスピア』
著/河合隼雄・松岡和子

お~~~~~~もしろかった!400年間も生きた物語は、人の心を鮮やかに映し出して、多彩に読み解くことができるんだな。

シェイクスピアは『リア王』の文庫本が自宅にあるのと、野田秀樹版の『真夏の夜の夢』を読んだのと、1968年の映画『ロミオとジュリエット』と、去年アトウッドの『獄中シェイクスピア劇団(テンペストのリブート)』を読んだくらいで、しかもどれも記憶がおぼろげなのだけれど、ちょっとちゃんと読みたくなった。

繰り返し語られる「シェイクスピアは女性嫌い」という説、後半のキリスト教的考え方でやっと多少理解はできたけれど、この本を読む限りはよく分からなかった。でも400年もそう言われているならそれが定説なんだろうな。

『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(2019)
『ナイブズアウト:グラス・オニオン』(2022)
監督/ライアン・ジョンソン

最高〜〜〜〜〜〜〜!!!!!
天才〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』も大好きなんだけど、こちらは全く毛色の異なる古典的探偵もの。画面からレトロさがにじみ出るカットに現代的価値観の問題が絡む脚本と演出で、隅から隅まで楽しめる娯楽映画だった。

世界一の名探偵と称されつつも、どこか胡散臭くてつかみどころのないブノワ・ブランが好きすぎる。一作目・二作目ともに女性が協力者だしダニエル・クレイグが演じているので実質胡散臭いジェームズ・ボンド。

紛うことなく超極上の娯楽映画ではあるのだけれど、一作目では移民問題、二作目では大富豪に忖度する成り上がり権力者たち(そして伏せられる不都合な真実)というテーマが絡まっていて、社会性も反映されているのが凄いし大好き。

三作目も準備中らしい。嬉しい……。
過去作の配信もおねしゃす……。

『生きのびるために』(2017)
監督/ノラ・トゥーミー

いつかは観なくてはならないと思っていた映画。もうすぐネトフリ公開終了なので急いで観た。以前読んだ『私のペンは鳥の翼』は、本を開けば女が逮捕される環境で文字通り命をかけで執筆されたのだなと思いながら観た。辛かった。

女であるというだけで外を自由に歩けず、買い物もできず、家長がいなくなれば飢えるしかない生活って、理不尽すぎてすごいな?なんでこんなものが現代で許されてるんだ?なんで???でも私はこの環境に、女が男にしいたげられ、こどもはおとなにこき使われ、戦闘機が頭上を飛び交い、明日戦争が始まる状況に、無知と無関心によって加担している側でもある。しんどかった。

序盤で「お話は役に立たない」と吐き捨てた主人公が、終盤でおはなしの力により道を開く展開が泣けた。おはなしは、アニメには、道を開く力がある。そう信じて作られた作品だなと思った。死んだ兄、死んだ妻、語られることのない大勢の喪われた人たちが見守るような青い月夜のラストが、悲しくて優しかった。

いつかお金を溜めて海に行くのだ、と夢を語る子供たち。戦闘機の下で交わされた「またね」の別れの挨拶が、どうか、必ず叶いますように。

『おやすみ、オポチュニティ』(2022)
監督/ライアン・ホワイト

アマプラ限定配信。90日間の運用を想定されて設計・開発された双子の火星探査機「オポチュニティ」と「スピリット」、火星着陸から15年間のドキュメンタリー。

メチャクチャよかった……。開発者たちがオポチュニティのことを「彼女」と呼んで、我が子のように慈しむ姿に見ているこっちも泣けてきた。AI議論のときによく持ち出される「海外は日本と違ってロボットに親しみがないから云々」ってやっぱ嘘やん!と思うなどした。映像のなかのオポチュニティが愛嬌があって愛らしい。あの鳴き声(通信音?)って本物なのかな。可愛い。

NASAでは宇宙飛行士を起こす為に地上から「朝のお目覚めソング」を流す伝統があるらしく映画内でもABBAの曲が流れていた。2015年の映画『オデッセイ』では主人公を励ますように始終ダンス・ミュージックが(当然ABBAも)流れているのだけれど、偶然なんだろうか。

『DUNE/デューン 砂の惑星』
監督/ドゥニ・ヴィルヌーヴ

観終わったあと「これ序章やん?!!」って叫んだ。ここから始まるのね。最初は勢力図がつかめなくて良く分からなかったけれど、見ごたえがあったし世界観も魅力的でメカもよかった。トンボ型の乗り物がすごく好き。

「異星の砂漠」の広大さと砂の描写の美しさに見とれた。真逆の環境だけど、過酷で美しい自然は『レヴェナント』を思い出した。スローモーションも多いし抒情的な雰囲気で、スターウォーズ適菜SFドンパチ映画と思って見たら肩透かし喰らった。星を支配する帝国との闘い的要素があるのも特に。

主人公がこのままこの星の救世主になってええんやろか……とモヤモヤしていたんだけれど、北村紗衣先生のブログに全部書かれてあった。「『アラビアのロレンス』っぽい白人酋長ものの気配」これだ……。
saebou.hatenablog.com/entry/20

『ブレット・トレイン』(2022)
監督/デヴィッド・リーチ

金をかけてタランティーノ的B級映画になろうとした凡作。伊坂幸太郎小説の映像化作品に成功した作品はないと思っているんだけれど、その論拠を一つ増やすことに貢献した映画だった。

トンチキ日本描写が話題だったけれど、トンチキ加減が20年位時代遅れのセンスでしんどかった。雨と霧とネオンのギラギラビカビカした日本像をいまも抱いてるのって、かつての栄光を知る日本人くらいでしょうよ。だっせえ。

ラスト15分位はまあまあ面白いし、真田広之の殺陣もあるし、ブラピの泣きべそ顔が可愛いし、サンドラ・ブロックも拝めるんだけれど、そこまで110分間我慢しなくちゃいけなかったのがしんどかった。その110分のなかにも10秒ずつくらいは要所要所でおもしろシーンがあって完全な駄作にもなり切れていないのがまたダサかった。

個人的に伊坂幸太郎と村上春樹は実写化じゃなくてアニメ化のほうが向いてると思っているので、アニメでやってほしい。『魔王』とか。

『オーシャンズ8』(2018)
監督/ゲイリー・ロス

初見ではなく二度目の視聴。派手な格闘もドンパチも一切なく、頭脳派ながらも古風な手口でスタイリッシュに颯爽と宝石を盗んでいく姿があまりにも尊い。拝んだ。会話のセンスが最高オブ最高で序盤からずっと悶えていた。あのセンスは一体どんな爪の垢を煎じて飲めば出てくるんだ。私にも飲ませて欲しい。

全然関係ないけど、デビーがルー(※この二人の関係も最高なんだな)を引き込むシーンの「食いつきなさい」に『七人の侍』のお茶碗のシーンを思い出していた。映画のごはんは名シーン。

2010年代中盤は『ゴーストバスターズ』のリブート版や、フェミニズムを強く意識した『マッドマックス/怒りのデスロード』があったりと、これまで男性の物語だった人気シリーズを意図的に女性の物語にした作品が出てきたけれど、最近やらないのかな。続編やってほしいなー。

『同志少女よ、敵を撃て』
著/逢坂冬馬

圧倒的なスケールと検証で紡がれる、ソ連の女性狙撃兵たちの闘い。一応あらすじは知っていたけれど、戦場という極限状態のなかでうまれる物凄く濃密な女性たちの連帯《シスターフッド》の物語だった。戦うか、しからずば死か。主人公は戦うことを選んで生き延びる。終盤、選択の外にあったものに気づく展開が熱い。

登場人物ひとりひとりも個性豊かで魅力的、ラノベだったら速攻でアニメ化(豪華声優陣!美麗作画!迫力の戦闘シーン!)されただろうなとおもう。ていうかそのうちされるとおもう。

これはこの物語の良し悪しとは全く関係のない問題で、私はこの物語は女性と戦争についてかなり気をつけて書かれた話だとおもうけれど、誤読や曲解のリスクは常に発生するんだろうなと感じた。たとえば『この世界の片隅に』を見て「慎ましやかに暮らした戦時中の人は偉かった」という感想を抱く人が存在するように、『同志少女〜』を読んで「祖国のために銃を持って戦う女性たちの逞しさに感動」する人はいるわけで。だから、『火垂るの墓』みたいに嫌な気持ちになる作品って大事なんだなとおもった。

変な感想で申し訳ない。小説は本当に面白くて夢中で読み切った。でも私はその「面白さ」自体を危ういと感じているのかもしれない。

『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』
著/ ジェスミン・ウォード
訳/石川由美子

すごい本読んじゃった。ミシシッピ州の田舎に生きる家族の物語。中盤はロードノベル。あらすじを説明するのが野暮になる凄さなのでとにかく読んでほしいと思う。全編に満ち溢れる魂のようなものを肌でビリビリ感じる本だった。凄かった。なんか全然凄さが伝わる気がしないけど、トニ・モリスン『ビラヴド』みたいなかんじです。あれもすごかったなあ。

こどもが酷い目に遭う話がとことんだめになったので、最終章を飛ばし読みして生存確認だけしたあと本編に戻った。いろいろと事情があるうえでの描写だけど、こどもがひどい目にあうのは苦しい。

『雨を告げる漂流団地』(2022)
監督/石田祐康

テーマよし。キャラデザよし。作画よし。音楽よし。雰囲気エモエモのエモ。
なのにどうしてこんなに面白くないんだ?????

序盤30分は結構わくわくしたんだけれど、それ以降が壊滅的に面白くなかった。なんだろうなあ、ロビンソン・クルーソー的な冒険と、喪失を抱えた心の描写が、うまいこと噛み合ってなかった感じがする。アクションシーンは見ごたえがあったんだけど、心の描写が薄味…というか、気合入れるとこそこちゃうねん、もっと関係性をちゃんと見せて欲しいねん、ってなった。

にしてもこの話、90分に収まったとおもう。無駄に引き延ばしたシーンが多い。例えば『のっぽくん』の正体は序盤からまあだいたいどっちかやな、って見当が付いてたし、いっそのことさっさと教えて欲しかったなあ…。ノスタルジーに訴えかける内容なので、その辺の機微を知らない小中学生がターゲットとも思えないし…。

雨が降って廃墟が出てきてオチが「僕達は大丈夫だ」でよく見たらキービジュアルもなんかうっすら『天気の子』感があったので、実質新海作品だったのかもしれない。

『心の傷を癒やすということ』
著/安克昌

阪神大震災のあと、被災地で「心のケア」に取り組んだ精神科医の本。この先生がいま生きてらっしゃったら、どんなことばが聞けたんだろうか。あまりにも早すぎる死が悲しくて泣けてきた。

名著、というのはこういう本にふさわしいのだとおもう。NHKでドラマ化されたときから気になっていた。読んで良かった。なにか気の利いたことを言いたいんだけど、貸出期限を意識しながら急いで読んだので全然味わい尽くせてない。手元に置いて何度でも読み返したくなるような本だった。

ただ側にいて話を聞く、というのは鷲田清一『「聴く」ことの力』にも登場した気がする。あちらもよかったな。また読み直そうとおもう。(元々は植田正治の写真に惹かれて買ったんだけど)

『本屋さんのダイアナ』
著/柚木麻子

ぱさぱさの金髪・母子家庭・若すぎる母・父親不明の女の子ダイアナと、ダイアナの友達の彩子、ふたりの女の子が自分の呪いを自分で解くまでの話。

ダイアナとティアラ(ダイアナの母の源氏名)の関係が最高で最高だった。マジカルグランマもそうだったけど、登場人物全員への視線が優しくてとてもまろやかな読み心地がする。もっと作中の世界に浸っていたいのにまた一日で読み終えてしまった…。くやしい…(?)

少女からだいぶ歳を食った私は、彼女らのように運命を切り開くことがどれほど難しいか知っている。知ってしまった。誰かのせいにしながら、自分の不甲斐なさに見て見ぬふりして、でもどこかで可能性を捨てきれず、みっともなくジタバタし続ける。登場人物たちのように屹然と顔を上げて生きていくのはどれほど困難なことか。

それでも、自分の人生の主人公は自分でしかない。アンの友達のダイアナ、この世のすべての決して何者にもなれない者たちに、あなたにもちゃんと力はあると小さな新しい地図を広げてくれる、そんな話だった。

中学生頃に読んでたら一生の宝物にしてたとおもう。私にとってその座は別の本にあるのだけど、この物語は娘氏にも読んでもらえるように本棚に置いておきたいな。

『シン・仮面ライダー』(2023)
監督/庵野秀明

真横に監督がいて始終ジッとこちらを見つめて「どや、かっこええやろ」って聞いてくるような映画だった、怖かった。いや怖いほどの偏愛をビシバシ感じたという意味で。ウルトラマンも大概だったけどそれ以上だった。

冒頭30分の演出がまぁ〜〜〜とにかくくどくて(古式ゆかしい特撮風)これが2時間続くのか…?耐えられるのか…?とめちゃくちゃ不安でしたがそこはさすがにそんなことはなく全然問題なくとても面白かった。多分原作履修してる人にならあの「良さ」が正しく伝わったんだろうな…いや様式美は私も感じたんだけど…。

あとは根本的に人間のお話への興味が薄いというか、なんというか。キャラ立てと人間味の描写って別なんだなぁ。
敵キャラの行動原理がゲンドウもガーゴイルもゾフィーもわりかし思考回路が似たり寄ったりなので、何かそういう方向の悪しか設定できないんだろうかと思った。あと「力を正しく(悪人を成敗できるように)使いたい」という決意はそれでええんか。モヤる。

おたくが喜びそうな小ネタを随所に仕込みまくりセルフオマージュ的なことすらやりながら、中盤でヒロインが観客席にむけて「広い世界を知って良かった」と訴えるのはなかなか皮肉やなとおもいました。好き。

『THE FIRST SLAM DUNK』(2022)
監督/井上雄彦

この作品をCGで表現してくれてありがとう、と思ったのは人生二度目(一度目は『宝石の国』)…といっても原作未読なんだけど。バスケのルールもよく知らず原作にも触れていない人間を、コートの中に放り込んで実際のプレーを体験させる、凄い熱量の映画だった。

原作者自ら監督しているためか、紙の手触りを感じさせるCGの質感が絵にピッタリで、よくあるゴム人形っぽさとか動きの硬さを全然感じなかった。(ブルージャイアントですら感じたのに!)試合中のカメラワークが基本的に選手の腰位なので、リストバンドとかユニフォームになった気持ちを味わえた。

大事なものを喪い、居場所を亡くしてしまった人間を「おかえり」って迎えるまでの映画だった。喪失の取り扱いが丁寧だったのもよかったなあ…。りょーちんに恋せざるを得ないストーリーだったけど個人的にはメガネくんが気になります。皆のことをもっと知りたくなるのでこりゃ原作も売れるわ。箱買いだわ。

とにもかくにもとてもよかった。劇場で見て没入感を味わい尽くすべき一作なので、予備知識ゼロでも劇場での鑑賞をおすすめします。

『ヒックとドラゴン』(2010)
監督/ディーン・デュボア、クリス・サンダース

島民全員が屈強なバイキングの島で一人だけ虚弱な主人公が、島の食糧を奪っていく天敵・ドラゴンと心を通わせていく話。

評判は前々から聞いていたけどおもしろかった!ラスト「大ボス倒してハッピーエンドて、それでええんか」とはちょっとおもったけどまぁイモータン・ジョーが倒されたみたいなものとおもえば、実質マッドマックスだったかもしれない。違うか。

2010年のファミリー向けアニメ映画で、異文化理解&家父長制的体制批判を組み込んでるので凄いなとおもったら、監督が『ムーラン』(1998)の脚本のかたで納得だった。一箇所アラジンやなとおもったらアラジンの原案もやってらした。そら名作ですわ…。

原題は『How to Train Your Dragon』だそうで、直訳で日本に輸入されなくてよかったなとおもった。

『ケアする惑星』
著/小川公代

誰かを傷つけることなく、時間的・空間的に遠く離れた他者を人間としてつながるための「ケア」の在り方を、文学・漫画・映画などの作品から探る。

「ケア」と聞くと、看病や介護や保育といった職業を思い浮かべる。この本で語られる「ケア」はもっと多角的だった。本来決して分かり会えない自分以外の他者と、分かり会えないままに手を取り合って共存するための方法、というニュアンスになるだろうか。そして、それは本来、性別や職業だけが担うものではなく惑星を形作る全員が参加するもののはずだ、ということが繰り返し語られる。そんなことも「ケア」なの?ケアと読んでもいいものなの?といくつも発見があった。

作品の海を少しずつ探りながら論を深めていくのが心地よかった。読んだことのある本や漫画がたくさん登場したので、新しい視点を見いだせたのも楽しかった。ヴァージニア・ウルフの作品を一つも読んだことがない。この本を読んで、とても読みたくなった。

『マジカルグランマ』
著/柚木麻子

「誰からも愛されるかわいいおばあちゃん」として役者で再ブレイクした75歳の主人公が、「理想のおばあちゃん役」から降りる話。

面白すぎて1日で読み切っちゃった。とても面白かった。出会えてよかった。

自分を束縛する「イエ」なるものから逃げたい一心で俳優に復帰し、オーディションを受け、稼げる「いい役」を狙っていたはずなのに、いつの間にか、あれほど逃げたくて燃えてもいいとすら思った古民家を中心に、新しいコミュニティを作っていく。集まるのは、夢みる上京娘に廃品回収のおじちゃんや、休職中のサラリーマン、会社を畳んだばかりの息子とその彼氏、痴呆症の友人…。「イエ」なるものを壊すのは難しくても、再構築してよりよい居場所にしていける。そんな希望を感じた。

中盤で主人公が自分が「いいおばあちゃん」を演じることで何に加担していたかを気づくシーンにぐっときた。社会の中で少しだけ居場所を見失ったひとたちに向けられる「どっちつかずでもいい」というメッセージが優しい。

これはマジカルでミラクルなおとぎ話だ。でも、主人公が巻き起こしたミラクルなおとぎ話を、きっと信じたくなる。信じてみたっていいじゃない。

『王とサーカス』著/米澤穂信

フリーの週刊誌記者が訪れたネパールで王族殺人事件が起こる。混乱する市街を取材する中、雑踏には新たな死体が現れて…という推理小説。

おもしろくて中盤くらいからぐいぐい一気に読んでしまった。推理小説というジャンルは作者の手の内で転がされるのを楽しむ分野と思ってるんだけど、とても楽しく転がされた。週刊誌がサーカスなら、推理小説も規模は違えどサーカスだな、とおもった。

どれだけ誠実に事象と向き合ったところで、物語になった瞬間から事実とは異なっていく。読者をサーカスに巻き込みながら、報道倫理や国外の貧困について真剣に(娯楽としてではなく)考えさせるようしむけるのは難しいな、というようなことを考えていた。ましてや国内で貧困が進行するいまは尚更。いや、別に推理小説がそれを担う必要もないのだけれど。

作中の時間は2001年でも、この本が出版されたのが2015年。2023年のいま、メディアは官邸主導のサーカスしか演じない。大刀洗さんはいま何を調査してるんだろうな。

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