人間はストーリーを重視しがちということは科学的にも証明されているし、何かを語るときはストーリー然としてくるんだろうなぁ。
知性と暴力のアニメ、だそうなんですが。
真理と盲信
Evidenceと
いきすぎたNarrative
のアニメ、になっていって頂ければと思っています。
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多分なんですけど。
最初フベルトから始まって、地動説が人の間を渡っていくでしょ?
ラファウ少年、オクジーが運んで、バデーニさんやヨレンタさん……
全員その編の主人公でしかなく、全編通しての主人公というのがいない。
多分、このアニメの主人公が「知性」なんだと思うんですわ。
Narrativeを優先しすぎると、例えば
まだコロナ禍下なのに「晴れやかさを優先してマスクを外す」「マスクを外す勇気」とか言い出したりするわけですけど。
話題のアニメにも繰り返し「この理論なら教会の教義にも合っている」「合っていない」というフレーズが出て来る。
教会のNarrativeに合わせないと焼き殺されるからなんですけど
Evidenceに基づいた真理を追究するのに、本当は教会のNarrativeに邪魔されるいわれなんぞないんですわ。
医療者が Narrative Base に寄り添うことには弊害もあって。
例えば噛み砕いた結果若干の正確性が損なわれたことから
勉強している一般の方からは「ごまかしだ」「バカにしている」と言われたり。
(そこから入らないとダメな一般の方もいるので難しい、対応をより個別向けに考えなければならない)
あと、「根拠無き反ワクチンに乗っかる医療者」みたいなよくわかんない存在が出てきたのも
Narrativeに傾倒しすぎた(寄り添う通り越して迎合しちゃった)ため、って説を見たことがあります。気持ちはわからんけど……
科学的な考え方をする人間も、訓練でそうなってるだけ
(人間なので、根拠よりストーリー重視でものごとを見てしまう回路が必ず脳に存在してるところを、根拠を重視する訓練をしただけ)
なので……
ちょっとナラティブNarrativeとエビデンスEvidenceの話を書いておくけど。
26年くらい前に NBM (Narrative Based Medicine) というのが提唱されて
看護師なんかの患者さんと触れ合う機会の多い医療者からはじまって
多くの医療者の教育に取り入れられてきたんだけど。
(私の学生時代には間に合ってなくて、実は卒業後の生涯学習講座で聞きました)
多くの一般人はナラティブ、物語的な感性で世界を理解しているので
患者さんのナラティブにまずは寄り添って話を聞く医療者となる。
最終的にそれだけだと救えないケースもままあるので
そこからEBM (Evidence Based Medicine) への架け橋になったりするわけですけど。
箸ケーキはひとりぐらしは1回はやってるよね……
ひとりぐらしあるあるとしてはあと
●鍋が足りないとき味噌汁をフライパンで作る
●顔用保湿クリームを手にも使う(使い切れなくても一緒に使ってくれる家族がいないのに欲しいのが大きめのだった時
社会を運用する上でルールを守る必要はあるが(これは守らなくていいか)という軽めの無法を教えてほしい話…「合わないリップクリームはかかとに塗る」「ケーキを箸で食べる」など - Togetter [トゥギャッター] https://togetter.com/li/2469718
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