生ぬるい風が吹き続け、断続的に雨が強くなる。傘が裏返る。そんななか、シギシギと蝉が鳴いている。
笠原十九司さんの『日中全史(上)』の序章にはこんな記述はある。
『美輪明宏は…17歳頃まで原爆後遺症に悩まされた。美輪は、悲惨な被爆現場を目撃した体験から、平和問題についても積極的に発言し、「戦争って言葉をなくせばいいんです。【大量殺人】でいいんです。」「兵隊は殺し屋です。」と、戦争の本質をずばりとつく発言をテレビなどでおこなっている。
戦争とは、国会あるいは民族の名において、敵とみなした相手国の兵士とさらには民衆を殺害、それも美輪明宏がいうように大規模、大量に殺害する事である。
…
日本は、1937年から45年にわたる長期の日中戦争において、膨大な軍隊を中国戦場に送り込み、駐屯させ、戦闘に従事させた。
派兵数は年ごとに増え、1937年末には40万以上、39年末には85万以上(関東軍を含めるとおよそ100万)という膨大な数になっていた。この膨大な日本兵が、いつ、どこの中国戦場において、どのようにして中国軍兵士・民衆を殺害したのか、戦時中はもちろん、戦後の日本社会においても、学校教育・社会教育などにおいてもほとんど教えず、メディアなどでもあまり報道してこなかった。したがって今の日本国民は、日中戦争において、日本兵がどのように中国兵士・民衆を殺害したのか、実態を知る機会がないために、日本側が加害者であったという歴史認識が持てない人は多い。
…
戦争は国家による「大量殺人」であるから、15年間の中国侵略戦争において、「殺し屋の兵隊」によって膨大な人が殺された。日本の歴史書では約1000万の中国軍民が犠牲になったと記され、中国側の公式見解では約3000万の中国人が死傷したとされる。殺し、殺されるのが戦争であるから、日本軍兵士の戦死者も膨大で、日本政府は日中戦争・アジア太平洋戦争を含めて日本軍人の戦死者は230万人という概数を明らかにしている。
…』
「宮崎や鹿児島でスポーツ選手が合宿をおこなう際に、知覧特攻平和会館訪問を日程に組み込むことは、よくあります。」
「「特攻平和会館で選手たちは「みな、肩をふるわせて泣いていた」けれども、それは特攻隊員が可哀そうだからではありません。眞鍋政義(一九六三年生)監督はその経験をふまえて「日の丸の重みを認識させ」、「我々が負けると日本が負ける」と言い続けたそうです。彼女たちの涙は、究極の「日本代表」である特攻隊員と自分たちを重ね合わせ、日の丸の重圧をプライドとパフォーマンスに転化するために流されたのです。」
井上義和『未来の戦死に向き合うためのノート』(創元社、2019年)118-119頁より
*上掲の眞鍋監督のエピソードは、注によれば伏見学「勝利をたぐり寄せる全日本女子バレー・眞鍋監督のコーチング哲学」に拠るとのこと。
冗談にしてもクソすぎるやろ
ガチやったら完全アウトやし (N ὢ -᷄ )
見留 洋子
「非正規仲間の報告。無期雇用に転換された仲間が「正社員になぜしてくれないのか」と勇気を出して管理者に直談判。管理者「正社員採用は二親等の範囲で厳しい身元調査が行われ合格した優秀者です」と説明。非正規は身元身辺が怪しいとでも言いたいのか。みんなで落ち込んだ。固定化された身分制度か!?」
https://x.com/EtobicokeYm/status/1823496032044581175
#非正規 #非正規差別
ぜんぜん別の話で別の絵本だけど豊福まきこ「わすれもの」を思い出していた。
https://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=115010
特攻隊員の献身があった「から」今の日本があるわけではもちろんなく(「から」という言葉の粗雑すぎる使用、因果関係の捏造)、特攻隊員は当時の日本政府の愚劣極まる戦争方針の犠牲となって、勝機に全く結びつかないやり方で死を強制されたのであり、そのような若者の死は戦後日本がゼロからどころかマイナスから再出発せざるを得ない要因の一つとなったし、「今の日本がある」という言葉に暗黙のうちに込められているであろう肯定的な評価とは一切関係がない。逆に、特攻における若者の命の軽視が今日では非正規雇用に代表される悪辣な労働条件の中に脈々と息づいているということであれば、冒頭の特攻隊員の献身があった「から」今の日本があるという命題は多少の意味を持つと思う。
表紙は「永瀬正敏」、特集は「あした美術館へ」/8月15日発売の『ビッグイシュー日本版』485号
https://bigissue-online.jp/archives/1083539621.html
#bigissueonline
夕飯前に、5歳の下の子が泣きながら私のところへやってきた。手にはヒグチユウコさんの絵本『いらないねこ』を開いて持っている。話を聞くと、途中まで一人で読んでいたそう。子どもはパニックになって「連れてかれちゃったの」と涙が止まらないでいる。
絵本の内容は、猫のぬいぐるみ、ニャンコが育て手のない子猫を世話してかわいがっていたのだが、自分の持ち主である男の子のお母さんに、知らない猫がいることが見つかって、カゴに入れられ連れて行かれてしまい…というもの。
その先を最後まで私が読み聞かせ、めでたしになったのを一緒に確認した。子どもは涙を拭いた。笑顔で今度は途中でアノマロカリスのアノマロがまっすぐになって飛んでる面白いページなど、遡って教えてくれた。
物語の世界と彼女の間にほとんど何の邪魔もなさそうな感じに打たれた。
こないだサングラスをして自転車で駅に向かっていた。道路脇の、お盆休みで中の暗い不動産屋のガラスに自分の姿が映ったのが通り過ぎざまに見えた。とてもMr.マリックにそっくりだった。一人で笑いながら自転車漕いで駅へ急いだ。誰も見てなかったんならいいけど。
A型作業所の賃金+障害年金でギリギリ一人暮らしできている障害者もいるのに、国はどうしてこんなことをするのか。福祉をもっと分厚くしないと、生きていくことすらままならないよ。
障害者5000人が解雇や退職 事業所報酬下げで329カ所閉鎖 | 共同通信
https://nordot.app/1196066947529819092
そういえばブラックジャックは飛び飛びでしか読んでない。大学の寮の本棚にあったんだったかな。文庫で買おうかな。
久しぶりに思い出したけど、「どろろ」も好きだったな〜。身体の48箇所がない、それらを妖怪を倒して取り戻すという目をむくような設定。
日常生活のこと多め。メンタル面など、ぼやきあり。文の練習の側面もあり。フリーランスで翻訳や校閲やリサーチなどのお仕事してます。いろいろあって人生初の就職検討中の氷河期世代(どうやら)。