ピエタとトランジはシスターフッドもの、LGBTQリーディングもできるというレビューを見たので、読んだんだけど、その実ライトな舞城王太郎という雰囲気で、何度も作中で「二人はレズなの?」と聞かれるんだけどその度に二人はそれを肯定はしていない。ピエタは「どう思う?」みたいな態度。トランジは「性的な関係を持っているかというのなら答えはノーだ」みたいなことを言う。
でもピエタはトランジといればいつだって人生は最高(でもいつかトランジはいなくなって最高はここで終わるとも思ってる)と考えていて、トランジはいつか自分のせいでピエタの親しい人や家族が死んでしまってピエタが自分から離れるのではと不安に思っているっぽい。
それで多分トランジは自分の好きな生き方を抑えられなくて貫いてるけど、自分の体質は嫌で、ピエタはトランジといれば最高だから、その他のことはどうでも良い。人が殺されること、家族が死んでしまうこと、結婚をした相手を殺しかけてしまうこと、トランジがいなければ社会的に「きちんと」生きていけること、の全てがどうでも良い。だから世界が滅びても良い。
みたいな感じだから、これを「反出生主義のレズもの」

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って一言で言い切られて、あまりにも乱暴なその手つきにめちゃくちゃびっくりしてしまったんだけど…ただこの作品が子供を男女で産んで育てること、それを当たり前に熱望している社会や両親や、そういう生き方を選んだ、選びたいと思っている人を突き放して切り捨てるように書いているのも事実で、私はそういう生き方をほとんど憎んでいるからこそ読んでいてすごく気持ち良いなと思うのかもしれない。友達は子供も産んでるし、私と見る風景はきっと全然違うだろうな。どっちが良いとかもないですが。
ただその子が普段から「ホモカプが」みたいなこと普通に言う子だから「レズもの」と言う言葉にめちゃくちゃびっくりしちゃったんだよな。差別的な語彙過ぎて、なんかこう…気になってしまうのはそれはそれで敏感すぎるんだろうか…「今時はホモとかレズとかもう言わんよね」みたいに言った方が良いんだろうか…みたいなこと考えてた

· · Tootle for Mastodon · 1 · 0 · 0

多分私はこれをすごく嫌だというか、親しい友達との価値観の断絶というか、急に相手が理解不能の存在になったようで驚いたし怖いと思ったし、そうやって過激なカテゴライズをすることで現実にいる何かを切り捨てられるマジョリティの鈍さだよなって多分怒ったんだけど…なんか咄嗟に切り返せなかったし、切り返しは果たして必要だっただろうかと思って、なんかどうすれば良かったんだろうなあと思ってる。その場では「そういう話ではないよ!」と言うくらいしかしなかったんだよな…

この怒りとか悲しい気持ちとかを誰かに話して、共感してもらいたい

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