原発事故で放射性物質が放出されてしまった後に被害をどう見積もるか? というお話と、意図的にALPS処理水を海洋放出する話は、まったく論点が違う。

前者は「起きてしまった事故をどうするか」。ここで「避難地域以外の放射線量の実測値はICRP勧告の範囲内なので大丈夫だ」と説明してパニックを抑えることには合理性はあるだろう。

一方、ALPS処理水を海洋放出する場合、「処理、希釈し、ICRP勧告の何分の1かの低レベル放射性物質なので、問題ありません! 反対する奴らは非科学的で風評加害者!」とする言説に正当性はない。ALPS処理水のような低レベル放射性物質には「リスクはほぼない」と考える科学者もいるが、「未知のリスクがある」と考える科学者もいる。科学的決着は付いていない。

IAEAの原則は、正当性、つまり「放出のメリットは、リスクを上回らなければならない」ことを求めている。本来はIAEAが下すべき正当性の判断を日本政府に丸投げしたとして、IAEAを批判する科学者もいる。

処理水の海洋放出は、東京電力にとって最も低コストな方法だ。だが太平洋諸国にとっては最も高リスク。日本政府はその正当性を説明する義務を十分に果たしていない。

物理学者と、生物学者や医師では、データや理論に対する見方が違う。

私は、応用物理学科で教育を受けた。物理学という分野は数理モデルを観測で実証するスタイルが基本。適正な実験を行えば、数理モデルの予測はほぼ当たる。「マイケルソン・モーリーの実験」や「プランク定数」のような意外な実験結果が出た場合には新理論が必要だ(この場合は特殊相対性理論や量子力学ですね)。そんな大きなイベントは滅多にない。

大学では生物学の授業も受けた。先生の話が非常に興味深かった。「学問によって確からしさは違う。物理学が言うことは、だいたい90%ぐらいは正しいだろう。一方、生物学が言うことは50%ぐらいと考えた方がいい。社会科学はもっと緩い」

人体、生物に関してはフロンティア——まだ未解明の部分が多い。例えば薬は化学物質で分子構造も明らか。だが人体という複雑系に薬がどのような機序で作用するか、完全な解明はできていない。だから二重盲検法で試験をした上で作用、副作用を確かめて認可する。いまだに「なぜ効くのか解明されていないが、効いているので処方する」薬がある。

「低レベル放射性の長期的影響」や「環境中に放出されたトリチウムの長期的影響」といった分野の知見はまだまだだ。「私たちは貧弱な知識しか持っていない」という前提で考えた方がいい。

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昨日の投稿 fedibird.com/@AkioHoshi/110995 の続き。

2011年の福島第1原発事故の後、いわゆる「放射能デマ」が問題となった。放射線を恐れること正当だ。だが、恐れるあまり放射線の安全性を指摘する意見を罵倒したり、福島県の農家を非難する人々が出た。

私自身は、当時「ICRP勧告の範囲内の被爆であれば、健康被害は考えにくい。被爆を不当で不快と感じることは仕方ないが、過剰な反応は被害の方が大きい。まず落ち着こう」との立場だった。

一方、2023年のALPS処理水海洋放出では、政府やネット世論(?)が一致して「処理水の安全性はIAEAのお墨付き。科学的に決着が付いており、反対するのは非科学的」との言説を支持した。「風評加害者」といったワードまで出た。

しかしながら、IAEA報告書は放出の正当性を日本政府に委ねる一方、日本政府はIAEAの報告書を安全性の根拠とする。つまり「誰も責任を取っていない」状態だ。太平洋諸島フォーラムの専門家パネルはALPS処理水の、そしてすべての原発トリチウム水の海洋放出に反対している。

「処理水は安全」という言説を信奉することは、科学的態度ではないし、倫理的な正当性もない。

関連投稿 fedibird.com/@AkioHoshi/110999 [参照]

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