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読書備忘録『ヒナギクのお茶の場合/海に落とした名前』 

*講談社文芸文庫(2020)
*多和田葉子(著)
小説家と舞台美術家の不思議な交流を綴る『ヒナギクのお茶の場合』、飛行機事故で記憶喪失になった「わたし」がレシートを頼りに失われた過去を探す『海に落とした名前』などの表題作を始め、空想的で夢現な物語の波に浸れる短編小説集。この空想的な雰囲気は多和田文学では頻繁に認められる。それを醸成する要因の一つには、浮世離れした主役の語り口もあげられるのではないか。小説家は照明係を務めるラディカルなハンナを観察して、記憶喪失患者は過剰なまでに自分の世話を焼く兄妹を観察する。それをマイペースと表現するのは簡単かも知れない。しかしマイペースという設定を与えられているわけではなく、物語は躍動するし、主役は躍動する物語に否応なく突き動かされていく。ただしマイペースな性質は変わらないので、温度差が解消されることもない。哺乳瓶の乳首に変身する『雲を拾う女』然り、異常な読書欲に駆られる『所有者のパスワード』然り。空想的な語りが温度差を生み、温度差が空想を招くという不思議な円環構造を見出せる。

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