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読書備忘録『砂の女』 

*新潮文庫(1981)
*安部公房(著)
二〇数箇国語に翻訳された『砂の女』は、不条理の表現者安部公房の名を世界文学史に刻み付けた不朽の名作。このたび数年ぶりに読み返したのだが、閉鎖的な砂の世界に立ち込める圧倒的な虚無に新鮮な感動を覚えた。主人公は仁木順平という教師。彼は歪な夫婦関係と憂鬱な教職に辟易し、空虚な日常から逃れ、昆虫採集に没頭するため休暇を利用して海岸沿いの部落を訪れる。ところが男は砂穴の底にある民家に閉じ込められて、住人の寡婦と砂掻きをさせられることになる。ここから始まる男の悪戦苦闘は壮絶である。脱出を阻む砂丘は蟻地獄を連想させる。砂はまるで生きもののように蠢き、部落を飲み込む勢いで休まず流動する。愛郷精神を旨とする住民は監視を怠らず、同居している寡婦は居場所を守るため男を引きとめる。友好的な態度を崩さないまま核心には触れさせない狡猾な住民たちは不気味極まりなく、脅迫めいた言動をしてもいないのに強固な抑止力を働かせる。そして、部落にも男にも従順な寡婦は逃走を妨げる蟻地獄の主であり、砂穴での監禁生活を日常に変えていく存在として象徴的に描かれる。

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